傷もの令嬢
「はじめまして。わたくしリリアン・オーブリーと申しますの。あなたはどちらのご令嬢かしら?」
母親同伴の交流会といえども、会が進めば大人と子どもは分かれるものである。会場内は母親同士が歓談している場と、子ども同士がお喋りしている場に分かれていた。
その中から、さっきサイラスが名指しした令嬢が他の二人を伴ってクロエの元にやって来る。
「はじめまして。クロエ・マディソンと申します」
「……マディソン? マディソンといえば、あの?」
挨拶をされたからには返事を返さなければならい。
そう思い答えれば、目の前のご令嬢は眉間に皺を寄せて不快感を表している。そして手に持っていた扇を口元に広げると、すぐそばにいた令嬢に扇の陰で何か囁いた。
「殿下にエスコートされて入場して来たからまさかとは思いましたけど……あなたがあの辺境伯令嬢ですのね」
あえて『あの』と強調する言い方は、決して好意的ではない。
(殿下が注意を促すような言い方をされていたのは、これが原因かしら……?)
リリアンからはクロエに対する敵意が感じられた。
「なんでも、殿下のお情けに縋っていらっしゃるとか」
「!」
『お情け』という言い方には蔑みが込められている。それがわからないほどクロエは鈍感でなかった。
「どういう意味でしょう?」
「どういうも何も、これ見よがしに殿下を庇って怪我をして、殿下の罪悪感につけ込んで婚約者に収まったのでしょう?」
それは明らかな侮辱だった。
「殿下のことを考えることなくその立場に居座れるくらいだもの。クロエ様はとてもお心の強い方なのね」
リリアンはにこやかに微笑みながら毒を吐く。
ひどい侮辱にクロエは一瞬唇を噛み締めたが、次の瞬間リリアンを真っ直ぐに見つめるとこう言った。
「リリアン様は殿下が思慮の足りないない方だと思われているのでしょうか?」
「なんですって⁉︎」
「リリアン様のおっしゃりようですと、殿下が罪悪感で重要な立場となるご自身の婚約者をお決めになったことになりますわ」
第二王子の婚約者は国の政治と無関係ではいられない。
リリアンの言い方では、その地位をサイラスが考えなしにクロエに与えたことになってしまう。
「な……なんて失礼な方なの!」
(失礼なのはあなたの方よ)
心の中でそう思いながら、クロエはリリアンの出方を見極める。
クロエの視線の先で、ワナワナと震えたリリアンは扇を閉じ右手に握りしめた。
そしてクロエに一歩近づき、扇でクロエを指しながら囁くように言葉を吐き捨てる。
「あなたはしょせん『傷もの令嬢』よ! 殿下の婚約者にはふさわしくないわ。今はわからないかもしれないけれど、これからそのことを実感することになるでしょうね」
『傷もの令嬢』
その言葉は思わぬ力でもってクロエの心を傷つけた。
「一生消えない傷を持ちながら、殿下の隣に立ち続けることができるかしら? 王子妃は令嬢たちの憧れの存在でなければならないの。流行のドレスすら着ることのできないあなたに、それができて?」
リリアンの言葉はまるで遅効性の毒のようだ。
言葉を重ねられるたびに、クロエの心が重く沈んでいく。
「あら。あなたもやっとそのことに思い至ったのかしら?」
クロエの表情が変わったことをリリアンは見逃さなかった。
どことなく愉悦を浮かべた笑顔でそう言うと、扇の先でクロエの顎を持ち上げる。
「ご自身の立場をきちんと認識されることね」
そしてそう言うと、後ろに控えていた令嬢たちを伴ってその場を後にした。
♢♢♢
「クロエ嬢、こちらにいたのですね。姿が見えなかったので心配しました」
バルコニーの扉を開けてかけられたその言葉を、クロエは自身の背中越しに聞いた。
空に浮かぶ月を眺めていたクロエはサイラスの言葉にまだ振り向くことができない。
「クロエ嬢?」
サイラスの声にはクロエを案じる気持ちが込められている。
(このままでは殿下に余計な心配をかけてしまうわ)
そう思ったクロエは、何度か深呼吸をしてから振り返った。
「今日は月が綺麗に見えたので、ついついバルコニーに出て来てしまいましたわ」
「たしかに満月だから月の光が明るいですが、お一人でここにいるのは少し不用心かと。月が見たいのでしたら私を誘ってください」
会場内であれば人の目もあるし、近衛騎士も警備にあたっているからよほどのことは起こらないだろう。もちろんバルコニーの先、庭園にも騎士は配置されている。
それでも、女性が、ましてやまだ少女ともいえる年のクロエが一人でバルコニーにいるのが危ないのはたしかだった。
「心配をおかけしてしまい申し訳ありません」
いたずらにサイラスを困らせたいわけではない。だからクロエは謝罪の言葉を口にする。
「謝らないで欲しい。元はといえば、エスコートをしていながら途中で席を外した私がいけないのだから」
「いいえ。殿下には殿下のご都合もあると思います。言われた通りの場所で待っていなかった私が悪いのですわ」
サイラスに何を言われても、クロエは否定的な気持ちになるのが止められなかった。
「クロエ嬢、何かあったのだろうか?」
そんなクロエを訝しく思ったのか、サイラスがそう聞いてくる。
「……いいえ、何も」
即答できなかったのはクロエの弱さだ。その少しの間に、サイラスなら異変を感じるだろう。
「何かあったのなら教えて欲しい」
重ねてかけられた問いに、しかしクロエは答えられない。
「サイラス殿下、今日の交流会の解散は自由ですよね?」
「ああ。終わりのおおよその時間は決まっているが、必ず最後までいなければならないものではないからいつでも帰宅することはできる」
「でしたら、今日はこの辺でお暇してもよろしいでしょうか?」
クロエは問いに答えず、違う話題へと変える。
王族に対して失礼だと言われかねない態度ではあるが、サイラスはそれを咎めなかった。
「もちろんだ。ではマディソン邸まで送ろう」
「ありがとうございます」
そう答えると、クロエは差し出されたサイラスの腕に手を添える。
まずは一緒に交流会へやって来た母を探し、それから邸宅へと戻ることになるだろう。
歩きながらも視線が足元へ落ちそうになるのをグッと我慢し、クロエは前を向いた。
サイラスの隣を歩いている限りはうつむくことなど許されないと、そう思ったから。
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