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第46話 告解室

「殺しているつもりはないの」


梶原が言った。自分自身に向かって確認しているような声だった。


「あの部屋は告解室なの。建物が聞いてくれるの」


告解室。カトリックの教会にある、罪を告白するための小部屋。壁で仕切られた空間。声が壁を通じて神父に届く。


「父が死んだあと、私は父の設計した部屋にいるようになった。母は仕事に出ていて、私は一人で家にいた。父が死んだ部屋には入るなと母に言われていた。けれど私は入った。壁に手を当てた。コンクリートの壁。冷たかった。——そうしたら、壁が聴いてくれたの」


梶原の目が、一瞬だけ遠くなった。七歳の梶原が見えた。父を亡くした子供が、壁に手を当てている。


「壁に向かって話した。お父さんがいなくなった。寂しい。怖い。どうしていなくなったの。誰にも言えないことを、壁に言った。壁が受け止めてくれた。あの部屋にいるときだけ、私は泣けた。母の前では泣けなかった」


梶原は理帆を見た。


「——あなたと同じね」


理帆の胸が痛んだ。六歳の理帆が母の嘘に合わせた夜。母の前で「そうなんだ」と言って、壁の声を封印した夜。七歳の梶原も泣けなかった。壁の前でだけ、泣けた。二人は同じ原体験を持っている。そこから理帆は壁に背を向け、梶原は壁に向き合った。


「だから私は告解室を作ったの。人が声を預けられる場所。壁が聴いてくれる場所。事故物件には、たくさんの苦しみが残ってる。それを壁が聴き取って、蓄えて、少しずつ浄化する。——そのはずだった」


「はずだった?」


「壁は聴くだけじゃなかった。求めるの。もっと声を。もっと苦しみを。壁の中の空洞は、一度声を蓄えると、もっと多くの声を求めるようになる。父の手帳にもそう書いてあった。『空洞は飢える』と。告解室は——養分を求める器官になった。私の意図を超えて」


梶原の手がデスクの上で組まれていた。指先が白くなるほど強く。理帆はその手を見た。梶原の指先。——白い。左手だけではない。両手が白い。梶原の手は理帆の左手より、さらに進行している。全体が壁の色に近づいている。


「佐々木健人さんのことは知ってるわ。あの人は壁に声を預けすぎた。壁に向かって告解し続けた。壁がそれを聴き取り、もっと求めた。もっと深い告白を。もっと深い苦しみを。そして壁から離れられなくなった。最後に壁が求めたのは——」


梶原は言葉を切った。目を閉じた。睫毛が震えていた。


「あの人自身だった」


沈黙が落ちた。事務所の窓から入る午後の日差しが、梶原の横顔を照らしていた。


「久住さん。あなたが初めてあのビルに入ったとき、空気が変わったのが分かった。ビルが喜んでいた。あなたを待っていたの」


梶原が目を開けた。理帆を見た。


「あなたは壁と共鳴できる。父の技法に反応する体質を持っている。私が二十年探してきた人よ。宮内くんは耐えられなかった。他の誰も——壁が受け入れなかった。あなただけが、壁に受け入れられた」


「……『柱』」


「そう。壁を支える柱。壁の中の声を聴き、壁に自分の声を返す人。あなたがいれば、壁は安定する。養分を求めて暴走しなくなる。あなたが——」


「私が犠牲になれば、他の人は死なない」


理帆は言った。梶原は答えなかった。その沈黙が、答えだった。

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