エリア女子会
読んで下さる皆様、心より感謝致します。
ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。
花見の翌日。
沙代里は仕事の合間にコーヒーを啜りながら、眉ひとつ動かさず真剣に考えていた。
(桜ちゃんと皐月ちゃんをエリアに誘うには……まずは自然な接点作りよね。
でも私ひとりで誘ったら警戒されるし……特に愛生ちゃん、めっちゃ警戒されるし……)
ボインと揺れる胸元を腕で隠しつつ、沙代里はふっと目を細めた。
(……ひらめいた!)
源蔵の孫・桜の家は “桜食堂” という老舗の定食屋――
――だったのだが、最近リニューアルし、お洒落な 町の洋食喫茶「チェリーズ・カフェ」 に生まれ変わっていたのを思い出した。
そしてそこは、愛生が大好きな フワフワパンケーキ と さくらんぼパフェ で人気の店でもある。
(そう。ここに愛生ちゃんと花音ちゃんを連れていけば……桜ちゃんのお父さんもいるし、自然に会話が生まれる。
そこで “今週の土曜日に女子だけでエリア行くの、どう?” と言えば、断りづらい状況が整うわけよ……!)
沙代里の作戦はこうだ。
圭介を経由して、愛生と花音を「チェリーズ・カフェ」に呼び出す
桜の父親の前で、自然な流れで桜をエリアに誘い出す
桜がOKを出せば、皐月もほぼ同時に誘い出せる
その後、女子だけのエリア会を開催して仲良くなる
そして次回からは、源蔵・三郎の両おじいちゃんも自然に呼べる
沙代里は机を軽く叩いて満足げに微笑んだ。
(完璧。これなら愛生ちゃんも私への警戒心を解いてくれる……はず!)
◆まずは愛生をどうやって動かすか
帰宅後、圭介にさりげなくLINEを送る沙代里。
沙代里:「ねぇ圭介くん。今週の土曜日、愛生ちゃんと花音ちゃんを“チェリーズ・カフェ”に連れてきて欲しいの。ちょっとお願いしたいことがあって……」
圭介はすぐ返した。
圭介:「愛生と花音に?わかったよ。聞いてみるね」
すると、その日の夜。
圭介はリビングでパソコンを閉じ、ソファでくつろぐ愛生に声をかけた。
「愛生。沙代里さんがね、今週の土曜日に一緒にチェリーズ・カフェに行きたいんだって」
愛生は、ソファから半分だけ顔を上げる。
「……え、なんで?」
「ちょっと話があるらしいよ。どうかな?」
愛生は警戒した目になった。
「……沙代里さんと? やだよ。なんかボインボインで落ち着かないし、いつもお兄ちゃんにくっつくじゃん」
圭介は苦笑した。
「……でも、あそこのフワフワパンケーキ、愛生好きでしょ?さくらんぼパフェもあるみたいだよ」
愛生の目がカッと見開いた。
「……さくらんぼパフェ……?」
「うん。季節限定で出てるって」
愛生は唇をつんと尖らせながら、目をそらした。
「……し、仕方ないな。
お兄ちゃんの顔を立ててあげるために、行ってあげるよ。
パフェはパフェ、これはお兄ちゃんのためだから」
圭介は優しく笑った。
「ありがとう、愛生」
◆花音への依頼
次に圭介は花音の部屋の前でノックした。
「花音ちゃん、ちょっといい?」
花音はノートを閉じて顔を出す。
「どうしましたにょん?」
キョトンとした視線で圭介を見る花音
「今週の土曜日なんだけど……沙代里さんが、花音ちゃんにも来てほしいって頼まれてて」
花音はちょっと驚きながらも、ふわっと微笑んだ。
「沙代里さんが……?
圭介お兄ちゃんがお困りなら、もちろん行くにょん。
人付き合いも大切ですにょんね」
「助かるよ。本当にありがとう」
「にょん♡」
圭介がお礼を言うと花音はふんわりと天使の笑顔で微笑んだ。
こうして、
沙代里 → 圭介 → 愛生&花音
という流れで誘いが成立。
沙代里はスマホを見て、にんまり満足した。
(よし……これでチェリーズ・カフェ集合は成功!
あとは当日にうまく桜ちゃんと皐月ちゃんを巻き込みさえすれば……ふふふ、エリア女子会、楽しくなるわよ……!)
◆土曜日・チェリーズ・カフェ
カランコロン……と、昔ながらのドアベルが鳴った。
沙代里、愛生、花音の3人がゆっくりと チェリーズ・カフェ に足を踏み入れる。
ほんのり木の香りがする店内。
レトロなランプシェードに、深い色の木製家具。
“ちょっと昭和の空気が残る大人の喫茶店” といった風情で、
愛生や花音のような高校生が気軽に入る雰囲気ではない。
(……大人の世界って感じ……)
花音はきょろきょろと店内を見回す。
(うわ、絶対ここ常連のマダムとかくるやつ……私、浮いてる)
愛生はそっと沙代里の後ろに隠れた。
※彼女も子供っぽい噂が嫌いではない。
「いらっしゃいませ」
穏やかな声の店主が、丁寧に頭を下げて迎えた。
と、その店主の目がすぐに沙代里へ向く。
「あっ、沙代里さん。いつも父が……本当にお世話になっています!」
ぺこぺこと、機械仕掛けのように頭を下げ始めた。
源蔵の息子、そして桜の父である。
(あ、始まった……源蔵さんスゴい勢いで自慢してるから、こうなる)
と沙代里は心の中で苦笑しながら、外面では完璧な優しいお姉さんスマイルを浮かべた。
「いえいえこちらこそ、源蔵さんにはお世話になりっぱなしですから」
愛生の目が細くなる。
(……出たよ、嘘くさいお姉さんムーブ……!
お兄ちゃんがいなかったら絶対こんなの来てないからね……)
花音はというと、
(圭介お兄ちゃんの“会社の人付き合い”の為ですものね。
ここは笑顔、笑顔にょん……!)
と、良い子の鏡のように上品な笑みを返す。
そんな2人の内心を知る由もない沙代里は、演技をさらに重ねる。
「今日はですね、私を妹みたいに慕ってくれてる女の子たちを連れてきたんですよ。
ここのフワフワパンケーキと、さくらんぼパフェ……すっごく評判だから。
ぜひ食べさせてあげたくて♪」
愛生の眉がぴくっと動く。
(……“慕ってくれてる”じゃない!
さくらんぼパフェにつられて来ただけだから!)
花音は心の中で小さく手を合わせていた。
(慕っている“設定”で大丈夫にょん、愛生ちゃん……!)
そんな掛け合いのような3人の空気を、店主は微笑ましそうに見ていたが――
その時、奥の厨房のカーテンの隙間から、ひょこっと女の子が顔を覗かせた。
落ち着いたグレーを基調にした、ノスタルジックなメイド服。
控えめなエプロン。
大人の店の雰囲気に溶け込みながら、どこか初々しい気配。
――桜だった。
沙代里はすぐに気付いた。
(やっぱり、桜ちゃん両親のお手伝いしてる……! さぁて、ここからが本番よ)
桜はまだ、状況をつかめず、
「え……?」と小さく瞬きをして、
3人をじっと見つめていた。
実は前日の夜、花音ちゃんはひとりパソコン前で真剣そのものだった。
「チェリーズ・カフェ……“昭和レトロ大人の洋食喫茶”……ふむ、落ち着いた服装が望ましいにょん」
画面をスクロールする花音の目は、完全に情報収集モード。
界隈系ファッション写真を一枚一枚閉じながら、“春のお嬢様清楚コーデ”を選び抜く姿は、まるで受験生のようである。
そして、心に固く誓った。
(本日は──界隈系封印! にょん封印! 代わりに「ですわ」を正式解禁いたしますわ!)
決意が重い。
一方その頃。
愛生はベッドでごろごろしながら、スマホで「さくらんぼパフェ」の画像を見てニコニコしていた。
「ふわふわパンケーキ……さくらんぼパフェ……あーもう絶対食べる。沙代里さんは……まあ、どうでもいいや」
まったく下調べをしないズボラ魂。
その結果、翌日の愛生はいつも通りの全力サンリオ女子コーデ。
ぬいぐるみリュックはふわふわ、トップスはパステル、スカートは夢かわ、まさに“春色サンリオ爆誕”である。
そしてチェリーズ・カフェに入った瞬間──
愛生は店内を見回して思った。
(なんかレトロで大人な雰囲気……。なのに“チェリーズ・カフェ”って名前だけ可愛すぎじゃない? “さくらんぼ喫茶”のほうがしっくりくるのに……)
完全に余計なお世話である。
花音は横で微笑みながら、
(愛生ちゃん……その格好、逆に勇者ですわ……)
と心の中でそっと感想を添えた。
「じゃあ、ふわふわパンケーキ3つと、さくらんぼパフェ1つお願いします♪」
沙代里がメニューを閉じながら、にっこりと注文する。
……パンケーキ3つは3人で1つずつ。
だが、パフェはもちろん愛生専用である。
愛生の食欲は別枠なのだ。
「桜ちゃ〜ん、オーダーお願いね〜!」
沙代里がひらひら手を振ると、
奥からポニーテールの小柄な女の子が走り寄ってくる。
「桜ちゃん、久しぶりね。元気してた?」
「はい、元気です」
ぺこり、と丁寧に頭を下げる桜の所作は、喫茶店の空気にピッタリ。
「高校、何年生になったの?」
「私、来月……4月から高校生です」
その瞬間、沙代里は心の中で
(源蔵さん……“孫は女子高生”って言ってたけど、完全に未来情報だったわね)
とツッコミを入れた。
「そっかぁ、高校生になるのね〜」
和やかな会話が続く中、桜がふいに花音の方へ視線を向けた。
「あ、あの……もしかして、こちらの女の子は……“かにょんちゃん”ですか?」
花音の肩がピクッと跳ねる。
「はい。私がSNS名“かにょん”の花咲花音と申しますわ。ごきげんよう」
優雅に立ち上がり、スカートの裾を両手でつまみ、
くるりと**膝折礼**を披露。
お嬢様モード全開である。
隣の愛生は、
(いや待って、昨日まで“にょん”連呼してたでしょ)
と思わず吹き出しそうになり、
花音から“無言の目力ビーム”をくらう。
「私、界隈天使かにょんちゃんのファンなんです!
いつも友達とSNS見てるんです!」
桜の目がキラッキラである。
「そのようなお褒めのお言葉……光栄にございますわ」
花音の微笑みは完璧に“舞踏会のお嬢様”。
完全に別人格である。
「かにょんちゃんってSNSだと“めちゃ可愛い”って感じなのに……
本物はこんなに上品な方だったんですね、感激です!」
(上品……? どっちかと言えば“ぶりっ子お嬢様”なんだけどなぁ)
と言いたい愛生は、心の中でそっとつぶやく。
すかさず沙代里がフォローを重ねる。
「花音ちゃんってアイドル並みに美少女だから、人気なのも納得だよね。
ところで桜ちゃん、花音ちゃんファンのお友達に──皐月ちゃんも入ってるのかしら?」
桜はぱっと顔を明るくした。
「はい! 皐月も、かにょんちゃんの大ファンですよ!」
その瞬間、沙代里の心の中で鐘が鳴った。
(ナイスファインプレー花音ちゃん!
これで皐月ちゃんを誘う導線……完璧!)
そして花音は、
(桜ちゃん、いい子ですわ……ファンは大切にしなくては)
と優雅に微笑み続けていた。
桜は軽いステップで厨房へ戻っていく。
その背中を見送りながら、沙代里がニヤリ。
「花音ちゃん、ファインプレーよ。
これで桜ちゃんをエリアトラウトへ誘う流れ、バッチリできたわ。
やっぱり“カワイイ”は正義ね〜♪」
花音は紅茶を持つ指先までお上品にしながら微笑む。
「いえいえ、沙代里さんには兄がいつもお世話になってますもの。
そのくらい当然ですわ」
「ほんと花音ちゃんは良い子よねぇ。
圭介くんの“いとこ”枠にしておくの、勿体ないくらいよ」
――またしても“妹ポジション”が花音に持っていかれる愛生。
この場面、完全に出番なし。
(お兄ちゃんの“かわいい妹”は私のはずなんだけどなぁ……)
とプリンみたいにぷるぷる不満が浮かぶ。
そこへ桜が、
“見るからにふわっふわ”なパンケーキを乗せたトレイを持って登場。
ふわっ……
甘い香りがテーブルの上で爆発する。
「キャーーーーッ!!」
誰より大きな声で反応したのは愛生ひとり。
テンションの上がり方が明らかに別次元である。
沙代里はパンケーキを横目に、スマホを取り出し、
「ねぇねぇ桜ちゃん、私も花音ちゃんのSNSフォローしてるの。
ほら見て見て〜」
と、自慢げにスマホを桜へ見せる。
画面には、管理釣り場で美少女・里香と並んで写る花音の写真。
照明いらずで二人とも天使。
桜は目を輝かせる。
「この写真、知ってます!
かにょんちゃんの隣の子も、すごく綺麗で可愛いですよね」
「そうなの。
でね、この写真の子も誘うから──桜ちゃんも一緒にエリアトラウト行ってみましょうよ?」
「えっ……いいんですか!?
ぜひ行きたいです!」
桜はぱっと花が咲くような笑顔。
「よければ皐月ちゃんも誘ってみてね?」
「はい! 皐月も誘ってみます!」
「私も楽しみですわ」
花音も優雅に微笑む。
沙代里、花音、桜。
3人で女子トークを弾ませるテーブルは、春の花畑のように盛り上がる。
――その反面。
完全に会話の蚊帳の外である愛生は、
すでにパンケーキをペロリと平らげ、
いつのまにか“さくらんぼパフェ”を掘り始めていた。
(……まあいっか。甘いものは裏切らないし)
という顔で、黙々とスプーンを動かす愛生。
全員がそれぞれの理由で満たされていくチェリーズ・カフェであった。
そして 管釣り女子会当日。
ショートカットの理系美少女・里香と、ほわほわ天然系の穂乃花を連れて、
圭介は愛生と花音、そして「絶対行く!」と強引に乗り込んできた明宏まで乗せて、ワンボックスカーで出発。
向かうは遅戸川の リヴァスポット遅戸。
現地に到着すると、すでに沙代里たちが集まっていた。
「沙代里さん、こんにちは」
と圭介が爽やかに声をかけると、
「圭介くん、今日もお兄ちゃんご苦労さんだねぇ」
と沙代里がニヤニヤ。完全に“頼れる兄ポジ”固定である。
「いえいえ、こちらこそ」
と営業スマイルもできそうな爽やかさで返す圭介。
横で愛生は(兄すご…)とちょっと誇らしげ。
今日の 花音ちゃんのコーデは、チェリーズ・カフェで披露した“清楚お嬢様モード”ではなく、
いつもの水色×白の 天使界隈ファッション。
ヒラッヒラでフワッふわ、風が吹けば飛んでいきそうな軽やかさである。
その沙代里の後ろから、
“ひょこっ”…と小柄なポニーテール女子が顔を出した。
「かにょんちゃん、おはようございます」
と桜。今日も人懐っこさ満点。
さらに桜の横には、もう一人の小柄なツインテール女子──皐月。
皐月はモジモジしながら小さく「ぺこり」。完全に小動物。
花音は2人にトテトテと歩み寄ると、
「はじめまして、かにょんだにょん♪」
と両手を頭に添えて、うさぎポーズを披露。
一瞬で場の空気が柔らかくなる。
「しゃ、写真のまんま…かっわいい…!」
皐月は頬をピンクにして、ちっちゃく跳ねる。
「今日は天使界隈かにょんちゃんなんですね~」
と桜も嬉しそうに身を乗り出す。
気がつけば、現場は完全に かにょんワールド。
愛生は後ろで「また持ってかれた…!」とちょっとだけ肩を落としつつ、
明宏は「魚どこ?どの区画がいい?」と1人だけ真剣に釣り場マップを眺めていた。
天使界隈かにょん(花音)は、今日も圧倒的な存在感。
現地に来た瞬間から、桜と皐月の視線はかにょんに吸い寄せられる。
「かにょんちゃん…!生かにょんだ…!」
「今日の天使コーデも完璧…!」
2人は完全に“ファンのテンション”である。
「りかぴょん、こっち来るにょん〜♪」
と、ショートカット美少女・里香を呼ぶ。
途端に──
第二波の黄色い声が上がる。
「えっ、里香さん!? お写真よりもっと綺麗…!」
「透明感すごい…! なんかもう、芸能人みたい…!」
桜も皐月もテンションMAX。
そして里香はツンデレらしく、わずかに目線を逸らして
「べ、べつに…褒められても嬉しくなんか……
………いや、ちょっとは嬉しいけど」
と、小声で告白し、
2人から「可愛い!!」と畳みかけられ、
さらに赤くなるのだった。
完全に かにょん&里香のアイドル握手会 状態。
そこで沙代里が、手を叩いて仕切りに入る。
「は〜いはい、2人とも一回深呼吸しよ?
かにょんちゃんも里香ちゃんも逃げないからね〜」
まるで現場スタッフ。
桜と皐月は素直に「はーい…」と返事はするものの、
目のキラキラっぷりは収まらない。
***
──その一方、影が薄くなっている子たちがいた。
愛生「……ねえ穂乃花、今日うちら必要?」
穂乃花「ふわぁ…桜ちゃん達、元気だね〜」
穂乃花は相変わらずマイペース。
愛生だけが“女子会なのに孤島の住民”となっていた。
***
その頃。
女子会の喧騒からしれっと距離を取り、
圭介と明宏の男兄弟コンビは、
静かに水辺で釣りを始めていた。
「兄ちゃん、今日スプーンどれ使う?」
「まずは軽めので様子みるか。午後なら反応出ると思う」
2人だけ、落ち着きと専門性に満ちた空間。
女子組のキャッキャとはあまりに違いすぎて、
どこか牧歌的ですらある。
圭介「……女子組、今日も賑やかだな」
明宏「まあ…俺らは釣ればいいし」
静かで平和な男兄弟である。
沙代里・かにょん・里香・桜・皐月。
総勢5名のキャピキャピ女子会は、今日も絶好調で弾けていた。
「じゃあ、次は桜ちゃんと皐月ちゃんも投げてみようか〜」
沙代里の声に、桜と皐月は元気よく「はいっ!」
幼い頃から源蔵&三郎の“じいじコンビ”に鍛えられてきた2人。
スピニングリールの扱いはお手の物──
……だが、ルアーフィッシングは完全に初めて。
里香「あんまり力入れないで、スッと投げるの」
桜「す、スッ…ですねっ」
ぎこちなくも一生懸命な投げ方が、すでに可愛い。
***
そして──
「わぁ〜っ!釣れたよ〜〜!!」
皐月、記念すべき一匹目の虹鱒ゲット!
ツインテールが上下に飛び跳ねるたびピョコピョコ揺れ、
その喜びっぷりはまるで小動物。
もちろん、その瞬間を逃す沙代里ではない。
「はい、かにょんちゃん寄って寄って〜!
皐月ちゃん、ニッコリして〜!いくよ〜!」
パシャッ☆
虹鱒+天使界隈かにょん+ツインテ皐月
破壊力満点の一枚が爆誕した。
キャッキャッ、キャピキャピ、
周囲の空気すらキラキラして見えるほどの盛り上がり。
明宏(……あの子、かわいいなぁ)
皐月の純真爆発スマイルに、思春期中学生の心が揺れた。
***
すぐ後を追うように──
「つ、釣れましたっ!」
桜も虹鱒を釣り上げる。
「桜ちゃんすごい!こっち向いて〜、はい里香ちゃん寄って〜!」
沙代里、今日も敏腕カメラマン。
パシャッ☆
今度は 虹鱒+ショートカット美少女里香+ポニテ桜 という
別方向の“キレイ系ショット”が完成した。
キャッキャッ、キャピキャピ、
若さが全力で溢れ出る女子会。
明宏(あのポニーテールの子もかわいいなぁ〜…)
完全に撃ち抜かれている。
***
圭介はその様子を横目に、心の中でため息まじりに思う。
(いや、確かに2人とも可愛いけど……
源蔵さんと三郎さんの孫って思えないほど整ってるな……
どういう遺伝子配合なんだ? ほんと不思議だわ)
女子5人がキャピキャピ、
男子2人が静かに釣り──
水面には、青春みたいな時間がゆるく流れていくのだった。
穂乃花、漁師と化す──。
周囲がキャッキャッと女子会を楽しむ中、
ひとりだけ“生活感あふれる使命感”を背負っている少女がいた。
そう、おっとり天使の穂乃花である。
「……あ、また来た」
ぽちゃん、くいっ、ぐぐっ。
次の瞬間──
ずるっ!
虹鱒がまた1匹、穂乃花のスカリへ追加される。
(え、なんか…今日の穂乃花ちゃんだけ別の競技してない?)
愛生は若干引き気味だ。
スカリはすでにパンパン。
その姿は、もはや**大家族の晩ご飯を支える“海の女将”**のようである。
穂乃花の家は大家族。
エリアトラウトはレジャーではなく、
**「娯楽兼・食材確保」**という極めて実用的な意味合いを持っていた。
***
愛生「穂乃花ちゃん、私お持ち帰りしないから、私の分も持って帰っていいよ」
穂乃花「えっ、ありがと愛生ちゃん!じゃあ、お言葉に甘えてっ」
愛生「でもいっぱい過ぎない?食べきれないでしょ?」
穂乃花「大丈夫だよ〜」
にっこりしながら指を折って数える穂乃花。
「塩焼き、ホイル焼き、ムニエルでしょ、
それから燻製にすればお父さんとお爺ちゃんのお酒のツマミになるし──」
(完全に“漁業者の発想”だ…!)
愛生は全身で驚いた。
スカリはさらに膨れ、
おっとり天使がいつの間にか“食材ハンター”へと進化していた。
***
そこへ、圭介が湯気の立つカップを2つ持って近づいてきた。
「はい、2人とも温かい紅茶どうぞ」
愛生「お兄ちゃんありがとう!」
穂乃花「お兄さん、ありがとうございます」
穂乃花はぺこりと頭を下げ、
いつものように、にこ〜っと微笑む。
圭介「はぁ〜穂乃花ちゃんは今日も癒しの天使だなぁ〜」
そのデレデレっぷりを聞き、
愛生の眉間にしわが寄る。
(まただよ……)
「お兄ちゃんはDDだね」
「えっ、DDって何?」
「誰でも大好きの略」
「誰でも大好きってどういう意味?」
「女の子なら誰でも大好きなんでしょ!」
「はぁ!?そんな訳あるか!」
愛生の追及は止まらない。
「だって穂乃花ちゃんにもデレデレだし!」
「いや、穂乃花ちゃんは礼儀正しくて家族想いで、
ほんと感心してるだけだからな?
変な目で見てるわけじゃないぞ?なぁ穂乃花ちゃん?」
話を振られた穂乃花は、ふんわり微笑んだ。
「私、長女だから……圭介さんみたいなお兄ちゃん、欲しかったなぁって思っていますよ。
だから、妹としてデレてくださいね?」
(……妹枠!?)
愛生がびっくりするより早く、
圭介はその“天使の一言”に丸め込まれた。
「そ、そうか……なら、妹として……うん……」
完全に穂乃花のペース。
誰も傷つけず、自然と“妹枠”に収まるあたり、
おっとりしているのに抜群の処世術だ。
そして、スカリにはまた1匹の虹鱒が増えていく──。
今日も穂乃花は変わらず、
天使で、漁師で、そして平和の象徴だった。
さぁ〜、エリアトラウト最大のお楽しみ──午後の放流タイム!
遅戸川に軽快なエンジン音が響く。
若い従業員が乗った放流車が、タンクの水を揺らしながら各区画を回っている。
「来た来た来た〜っ!」
普段の明宏ならこの瞬間、
犬のように尻尾を振ったであろう興奮モードなのだが……
今日の明宏は違った。
視線はずっと女子会グループへロックオン。
(……あのポニテの子、かわいい……)
(ツインテの子もかわいい……)
完全に釣り<<<女子だった。
***
放流車が沙代里達の女子会エリアの前に停まった。
若い従業員「じゃあ、この区画いきまーす」
その瞬間、
かにょんの大きな瞳が**うるっ……**と潤んだ。
「…………」
若い従業員(え、ちょ……かわ……っ!?)
まるで子ウサギのような眼差しで見上げるかにょん。
たったそれだけで、彼の理性は綺麗に吹き飛んだ。
「え、えーっと……サービスで、ちょっと多めに入れちゃいますね」
ドボボボボボッ!
明らかに周囲より量の多い放流が投入される。
「ありがとにょん♡」
かにょんが両手を胸の前で合わせてニコッ。
従業員、完全に陥落。
若い従業員(かわ……この子、天使……!?)
沙代里(こ、こいつ……末恐ろしい……)
かにょんの小動物無双ぶりに、
沙代里は背筋がすっと冷えた。
***
だがその“多めサービス”を見ても、
明宏はいつものようにはしゃがない。
(今行ったら、皐月ちゃんと桜ちゃん近くにいる……)
(どうしよう……)
完全に思春期男子の顔である。
「しょうがないなぁ〜」
圭介がため息をつきながら頭をポンと撫でる。
「じゃあ俺が沙代里さんに、
『明宏も混ぜてやって』って頼んできてやるよ」
「た、助かる……!」
圭介は女子会の輪へ向かい、
沙代里に軽く事情を話す。
***
そして戻ってきて──
「一緒に釣りしていいって。沙代里さんが言ってた」
「ま、マジで!? 行ってくる!」
明宏、瞬時に走り出す。
釣竿を持ったまま、まるで新種の生き物のような動きで女子会へ突撃する。
その背中を見て、圭介はふっと笑った。
「釣りより女の子かぁ……
明宏も異性を意識する年齢になったんだなぁ〜」
なんとも感慨深そうに、
兄としてしみじみと空を見上げるのであった。
女子会グループの輪に入ろうと、明宏はそわそわと近づいていった。
けれど――
キャピキャピと盛り上がる女子達のテンションに、足を踏み入れかけた明宏は一瞬で固まった。
(む、無理……あの中に飛び込むとか無理……!)
普段なら、からかい上手な里香姉が「ちょっと明宏、来なよ」なんて引っ張ってくれたりするのだが、今日は違う。
里香は皐月のロッドの持ち方を教えつつ、完全に「お姉さんモード」。
そして、同居人でいつも明宏を構い倒す花音も――
桜のリールを優しく回しながら、すっかり保護者顔。
明宏のことなど、視界の端にも入っていない。
「あれ? 俺……今日、誰にも弄られないの?」
ぽつん、と立ち尽くす中二男子。
そんな彼に、ふわりと優しい声が落ちてきた。
「明宏くん、一緒に投げてみる? ここ当たり出てるよ?」
沙代里お姉さんだった。
その笑顔は、まるで救世主。
「さ、沙代里さん……! う、うん行く!」
女子の輪に入れなくても、この人がいれば大丈夫だ。
明宏はすぐに隣に移動し、沙代里の横で竿を構えた。
沙代里は桜と皐月のフォローで忙しいはずなのに、明宏にもさりげなく気を配ってくれる。
時に明宏のラインテンションを見てアドバイスし、どんなイレギュラーも笑顔で受け止める“スーパーお姉さん”。
その姿に、圭介がぼそっと呟いた。
「……あの人、絶対いいお母さんになるよな」
午後の放流で活性が上がり、桜も皐月も順調にヒットを重ねる。
子ども2人のエリアフィッシングデビューは――
沙代里のおかげで、大成功だった。
そしてその横では、
釣りより女子が気になる年頃に入りつつある明宏と、
そんな弟の成長にしみじみする圭介の姿があった。
日が傾き、空はオレンジと紫のグラデーション。
楽しかった釣りの時間は、いつも通りあっという間に終わりを迎えようとしていた。
穂乃花は、パンパンに膨らんだスカリを両手に持ち上げようとして――
「む、無理……これ、2つはさすがに……」
そこへ、すっと手を伸ばす影。
「持つよ。炊事場まで運ぼっか」
圭介だった。
圭介は胸の内で(これ、チャンス)と思っている。
穂乃花に“頼りになる大人の男性”として見られたい。
少しでも好印象を残したい。
いや、できればお気に入りになりたい。
しかし穂乃花は――
「ありがとうございますっ。圭介さん、本当に優しいお兄ちゃんですよね!」
その笑顔は、100%“いい人”に向けられるもの。
圭介は笑いながらも、心のどこかがキュッとなった。
(お兄ちゃん、か……また距離縮まってない気が……)
ともあれ、2人は炊事場へ向かい、せっせと虹鱒を捌き始めた。
穂乃花の動きは素早く丁寧。圭介も負けじと包丁を動かす。
「穂乃花ちゃん、手慣れてるね」
「えへへ、慣れです! お兄さんも上手ですよ!」
また“いい人”スマイルで褒められてしまう圭介であった。
一方その頃。
沙代里を中心に、里香・花音・桜・皐月など女子たちはタックルの後片付けへ。
ロッドを拭き、ラインを巻き直し、ネットを洗い……
女子会感満載のゆるい会話が飛び交う。
今日も平和で、穏やかで、ちょっと騒がしい釣りの一日だった。
片付けが終わると、沙代里がぱっと笑顔で声を上げる。
「さぁ、帰りはみんなでご飯食べて帰りましょうね!」
「わ〜い! かにょんちゃんと里香ちゃんとご飯だぁ~!」
喜ぶ桜と皐月。
ふたりの髪がそれぞれの性格のようにぴょんぴょん揺れる。
桜のポニーテールは、まるで小動物の尻尾のようにフリフリ。
皐月のツインテールは、うさぎの耳みたいにぴょこぴょこ。
その可愛らしい動きに、花音は思わず目を細め、
「桜ちゃんも皐月ちゃんも、天使にょん……」
と、頬をゆるませる。
しかし――
まだ炊事場では、
「ひぃぃ……まだこんなに残ってる……!」
「大漁は嬉しいけど、この作業は……!」
と、穂乃花と圭介が虹鱒の内臓とエラと格闘していた。
楽しい釣りの裏側にある、大変な“後処理”。
だがその光景もまた、エリアフィッシングの一日の締めくくりだった。
■ ファミレスに向かう一行
夕暮れのエリアフィッシング場を後にして、帰り道のファミレスへ向かう市川家+女子会メンバー。
広めのボックス席に座ると、自然と“今日の関係性”がそのまま席順に反映された。
皐月は迷わず里香の隣。
今日一番に教えてくれた“優しい釣りのお姉さん”の隣を確保したい気持ちは分かる。
桜は花音の隣。
天使界隈トップの花音に懐き切ってしまった。
沙代里は圭介の隣。
いつもの“大人ポジション”として自然にそこへ座る。
そして—
愛生と明宏、穂乃花は空いている席に“適当に”座った。
…が。
(また沙代里さんが圭介の隣だよ……!)
愛生の胸には、ほんのりジェラシーの炎が灯る。
しかも沙代里は胸元がふわんと揺れるボリューミー体型。
隣に座ると、どこか柔らかい雰囲気が漂っている。
(なんか……負けたくない……!)
愛生は心の中でぎゅっと拳を握った。
■ 乾杯!
「じゃあ、ドリンクバーでカンパイよ!」
沙代里の声でみんなが席を立ち、ワイワイしながらグラスを手にする。
「「「カンパーイ!!」」」
今日一日の思い出を分かち合うように、全員が笑顔でグラスをぶつけ合った。
■ エリアフィッシングデビューの桜・皐月
「桜ちゃんと皐月ちゃん、エリアフィッシング楽しめたみたいで良かったですね」
圭介が沙代里にだけ聞こえる声で耳打ちする。
「それはもう、花音ちゃんと里香ちゃんのSNSパワーのおかげよ」
確かに、今日の“女子会フィッシング”は、
花音の天使界隈バズ力と里香の美少女感が重なって、
桜と皐月がテンションMAXになっていた。
「さて、今日の釣りは私と圭介くんのタックルを貸したけど……」
沙代里が桜と皐月の方へ向き直る。
「次回は2人とも、自分のタックル買ってきてね」
「はい、次回までに買います!」
桜が素直に返事し、皐月も勢いよく頷く。
すると沙代里は、にっこりと悪魔のように優しい微笑みを浮かべた。
「そうそう。おじいちゃんにね、買ってもらうといいわ。
私からも源蔵さんと三郎さんにお願いしておくから」
「お、お爺ちゃんに……ですか?」
皐月が目を丸くする。
「うん。三郎さんもたまには孫に甘えられたいのよ。
お爺ちゃん孝行だと思ってね。
それに次回も花音ちゃん来るから、ね?」
「な、なるほど……!」
桜と皐月は完全に納得した表情で頷いた。
そして—
(……巻き込まれていってる気がするにょん…)
花音は、軽く震えながらジュースをすすった。
“計画通り”の沙代里、
“巻き込まれヒロイン”の花音、
“釣り沼に落ちていく”桜と皐月。
今日も女子会は平和に楽しく、大きく動き出していた。




