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うちの愛生ちゃん  作者: 横溝 啓介
1年2学期
122/125

お花見は大変だ

読んで下さる皆様、心より感謝致します。


ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。

春――三月。

冬の寒さも少しずつ緩み、釣り人の心がそわそわし始める季節である。

かつて若い頃の源蔵と三郎は、

極寒の海でも平然と船を出す“冬の狂人アングラー”だった。

北風? 波? 雪?

「魚がいるなら行くぞ」

そんな男達だった。

だが。

人間、歳には勝てない。

現在の二人はと言うと――

「冬の海は危ない」

「滑って転んだら大変」

すっかり安全第一。


冬の釣りは潔く諦め、暖房の効いた部屋で釣り雑誌を読む日々である。

しかし。 三月。 春。

釣り人の血が、静かに騒ぎ出す。


そして――

「よし、花見やるぞ」

源蔵の鶴の一声で、2026年度、会社釣り部の決起会兼お花見が開催されることになった。

ちなみにこの会社釣り部のメンバーは四人。

・源蔵

・三郎

・沙代里

・圭介

……である。 なお、圭介だけは。 強制入部である。

ある日気付いたらメンバーになっていた。

恐ろしい話だ。


そんなある日。

圭介のスマホが鳴る。

LINE。

送り主は――事務の沙代里。 圭介は少し嫌な予感がした。

そしてメッセージを開く。

『次の日曜日、釣り部で花見やるから買い出し行くわよ』

急すぎる。

「急過ぎませんか」

思わず返信する圭介。

すぐ既読。 すぐ返信。

『次の日曜日ね、源蔵さんの家族みんな予定あるのよ』

『奥さんも息子さんもお孫さんも、それぞれ花見とか出かけるみたい』

『つまり寂しいのよ』

なるほど。

『それで花見やるぞ〜って鶴の一声』

『三郎さんも「いいねぇ」って乗ったのよね』

完全に老人会の流れである。


圭介は少し考え――

「……解りました。仕方ないですね」

と返信した。

すると沙代里の追撃。

『あとね』

嫌な予感しかしない。

『源蔵さんも三郎さんも、最近お孫さんに全然相手にされなくて落ち込んでるのよ』

『だから愛生ちゃんと花音ちゃんも連れてきて』

巻き込まれた。完全に巻き込まれた。


さらに追撃。

『あっそうそう』

まだあるのか。

『源蔵さんと三郎さんのお孫さん、女子高生なんだって』

状況がよく分からなくなってきた。


老人二人。 女子高生孫。

会社の釣り部。 花見。

何が起きるのか、誰にも分からない。


こうして――

平凡で穏やかなはずなのに、なぜか少しだけ大変そうな花見が、

静かに幕を開けようとしていたのであった。


市川家の夕食。

テーブルの上には湯気の立つ味噌汁、焼き魚、そしていつもの賑やかな会話。

母親、兄・圭介、妹・愛生、弟・明宏、そして同居中のいとこ・花音。

本日の市川家、フルメンバーである。

圭介は箸を置き、少しだけ真面目な顔になった。

「ねぇ、愛生ちゃん」

その呼び方、完全にお願いモードである。

「次の日曜日に会社の釣り部でお花見会を企画しているんだけどさ、一緒に来て欲しいな」

そしてちらりと花音を見る。

「花音ちゃんも……お願い出来ないかな」

圭介の会社の釣り部。

メンバーは源蔵、三郎、沙代里、そして圭介。

……平均年齢がちょっと高めの集まりである。

愛生はご飯をもぐもぐしながら、ぴたりと箸を止めた。

「え〜」

嫌そうな声。

「愛生は行かないもん」

即答だった。

「なんで?」

「だってさ〜」

愛生はぷくっと頬を膨らませる。

「あのお胸ボインボインのお姉さん、あまり好きじゃないから」

沙代里のことである。

圭介、思わず味噌汁を吹きそうになる。

一方その隣。

花音は上品にお茶を一口。

そして、ふわりと微笑む。

「会社内での圭介お兄ちゃんの立場や人間関係もあるから」

さすが花音。 大人。

そして語尾。

「かにょんは参加してあげてもいいにょん」

大人なのかどうか、少し怪しい。

しかし圭介の目はキラキラした。

「ほんと!?花音ちゃん来てくれるの!?」

救世主を見る顔である。

それを見て、愛生がジト目になる。

「え〜、花音ちゃんさぁ」

「お兄ちゃんに色目を使うボインボインと一緒に過ごしてもいいの?」

言い方がひどい。

花音はきょとんとした顔で首をかしげる。

「うん、いいにょん」

あっさり。 全く気にしていない。


その瞬間――

「はぁ〜〜……花音ちゃんは、ええ子だねぇ〜」

圭介、完全にデレる。

兄の花音へのデレ顔。

それを見て愛生の内心。

(うぅ〜……)

(またしても花音ちゃんに“いい子ポジション”取られた……!)

サンリオ系女子のプライドが揺れる。

そんな空気の中――

横から箸を止めた人物が一人。

「圭ちゃん」

明宏である。

「俺も行ってやるよ」

頼もしい声。 しかし。

圭介の心の声。

(いや、お前は呼ばれてないのだが)

なぜか参加表明。 しかも自信満々。

市川家の食卓は今日も平和で、

そして少しだけ騒がしい。

こうして――

会社釣り部のお花見会は、

なぜか女子高生二人+中学生一人付きという、

だいぶ賑やかなイベントになりそうなのであった。


そして――花見当日の日曜日。

朝の空気は少しひんやりしているが、空は見事な快晴。

まさに花見日和である。

市川圭介は愛車のワンボックスを運転しながら、バックミラーをちらりと見る。

後部座席には――

妹の愛生。 いとこの花音。 そして弟の明宏。

いつもの市川家フルメンバーである。

「よし、まずは沙代里さんを迎えに行くぞ」

今日は朝から買い出しだ。

会社釣り部お花見会、準備開始である。

やがて待ち合わせ場所の駐車場に到着。

そこに立っていたのは――

事務の沙代里。

圭介の車を見つけると、大きく手を振る。

「おっはよ〜!」

朝からテンション高めである。

助手席の窓を開ける圭介。

すると沙代里は後部座席を覗き込んだ。

「あら〜、妹ちゃん二人とも今日もかわいいわね〜」

その瞬間。

愛生の心の声。

(あぁ、来たよ)

(朝からテンション高いボインボインだ)

もちろん口には出さない。

しかし態度は分かりやすい。

「……おはようございます」

とても素っ気ない。

一方その隣。

花音はいつもの優雅な微笑み。

「おはようございますにょん」

語尾はゆるいが、立ち振る舞いはお嬢様である。

沙代里の目がキラキラする。

「花音ちゃんは今日もかわいい〜!アイドルみたい!」

さらに追撃。

「愛生ちゃんもふっくらしてて、サンリオキャラみたいでかわいい〜」

その瞬間。

愛生、ぷくっと頬を膨らませた。

「お姉さんだって、ふっくらじゃないの」

確かに。

沙代里もふっくらタイプである。


しかし――

決定的な違いがあった。

沙代里はふっくら、ボインボイン、ユッサユッサ。

対する愛生はふっくら、以上。

ボインも、ユッサも、存在しない。

それが愛生にとって、密かなジェラシーポイントなのである。

そんな空気をまったく気にせず、沙代里は車に乗り込む。

「よいしょっと」

助手席に座ると圭介が聞いた。

「沙代里さん、買い出しはどこのスーパーに行きます?」

沙代里は即答。

「朝から営業してる、あそこのスーパーに行きましょう」

完全に計画済みである。


そのとき。

後部座席からぴょこっと顔を出す人物。

明宏だ。

「沙代里お姉様」

やたら丁寧。

「私がお荷物をお持ち致します」

その目には、はっきりとした下心が見える。

――また何かご馳走してもらうつもりだ。

それを察した沙代里はニヤリと笑う。

「明宏くんありがと〜」

「じゃあ、お買い物で大活躍してもらうね」

明宏、胸を張る。

「は、姫の御心のままに」

もはや家臣である。

それを見て愛生がぼそっと言う。

「……なにその茶番」

花音はクスクス笑っている。


こうして――

少しだけデコボコで、少しだけ騒がしくて、そして妙に賑やかな車内。

だが確かに。 今日はきっと――

楽しい一日になりそうな予感しかしなかった。


スーパーマーケットの自動ドアが、

「ウィーン」と元気よく開いた瞬間――

今日の買い物探検隊が出陣した。

沙代里、圭介、愛生、花音、そして明宏。

総勢5名である。

だが、その隊列の先頭を歩くのは――

明宏(ショッピングカート担当)。

そう。何故か彼がカートを押している。

(……なぜ明宏なんだ?)

と圭介は思うが、答えは簡単だ。

以前、沙代里にルアーを買ってもらった明宏。

その成功体験が忘れられず――

「今日も姫様のご機嫌を取っておけば、また何か買って頂けるかもしれない……!」

という実にわかりやすい下心からである。

明宏、胸を張って堂々とカートを押す。

まるで――

姫を守る騎士、いや、もはや、買い物専属の家臣。


「おにぎりでしょ、オツマミと〜、はいはい、お酒はどれにしようかしら〜」

沙代里はというと、

仕事の時と同じようにテキパキと食材を選んでいく。

動きに一切の無駄がない。

文字通り“鬼の事務員(最強)”である。

その後ろを――

(姫様の後ろに控えております!)

とばかりに、鼻息荒くカートを押す明宏。

……忠義の方向性が完全におかしい。


ふと振り返った沙代里は、少し膨れ気味の愛生に気付く。

「愛生ちゃんは何が好きなの? 買ってあげるから、持っておいで〜」

優しいお姉さんスマイル。

さらに花音にも向く。

「花音ちゃんも、好きなもの持っておいでね」

花音は、控えめにハニカミながら――

「にょん……」

と、こくんと頷いた。

その様子はまるで“桜の下の天使”。


一方、愛生はというと――

「お兄ちゃん、一緒にお菓子選びに行こ!」

ガシッと圭介の手を握り、そのまま引っ張る。

「わっ……ちょ、愛生、引っ張るなって……」

「いいから、来るの!」

まるで

スーパーで迷子になる子供を引きずる親の逆バージョン。

そんな2人の後ろ姿を見て――

沙代里はほのぼのと微笑む。

(……うん、絆って感じねぇ)


そして最後に――

「明宏くんも、好きなの持ってきていいわよ〜」

と沙代里。

その瞬間、明宏の顔がキリッと引き締まった。

「姫様……!では私は、ルアーを所望致します!」

キラキラした瞳。 完全に本命である。

だが沙代里は――

にっこり微笑み、優しく言い放った。

「ルアーは……また今度ね?」

明宏、がくりと膝をつく。

「姫様ぁぁぁ……!」

スーパーの真ん中でひとり崩れ落ちる中学生。

それを見て愛生は冷静に言った。

「……バカなの?」

花音はマイペースに

「にょん」

圭介は静かにカゴを持ち直す。

沙代里は爽やかな笑顔で次の食材へ向かう。


――スーパーマーケットは

今日も平和である。

そして、なんだかんだで賑やかで騒がしくて楽しい、

最高のお花見準備が進んでいくのであった。


その頃――

近所の公園では、源蔵と三郎の“重鎮ペア”が、すでにブルーシートの上で仁王立ちしていた。

いや、仁王立ちしていたのは最初だけで、今はもう座って酒盛り真っ最中である。

「桜の下で真っ昼間から飲む酒は、たまらんのう〜」

と、ほっぺをピンクに染めながら杯を傾ける源蔵。

「もはや、このために生きとると言っても過言じゃないのう」

と、三郎も負けじと豪快に笑う。


――完全にくつろぎモード。

そんな2人のもとへ、食材と紙袋を両手に抱えた一行が近づいてきた。

先頭はお花見幹事の沙代里、その後ろに圭介、愛生、花音、明宏が連なるという妙に賑やかな縦一列。

「やだ、源蔵さんと三郎さん、もう飲んでるの〜」

沙代里が呆れたように笑うと、

「おぉ〜沙代里ちゃん、待っとったわい!」

と、源蔵が手を振る。

「つまみが来たぞ〜!」

と、三郎。

……いや、つまみ扱いされるのは食材であって人間じゃない。

圭介が持ち前の礼儀正しさで挨拶する。

「源蔵さん、三郎さん、こんにちは。今日は妹の愛生と、いとこの花音ちゃん、

それから弟の明宏も連れてきました」

紹介された瞬間、年配コンビの視線がビシィッと女子高生にロックオン。

「かわいい妹じゃのう〜」

源蔵は愛生をジロジロ。

「いとこちゃんも、かわいいのう〜」

三郎は花音をジロジロ。

「う、うう……なんか怖いんだけど……」

「視線が刺さってるにょん……」

愛生と花音はそっと距離を取る。

しかし老人ペアは気づかない。むしろ、急に“語りスイッチ”がオンに。

「わしにもかわいい孫がおってな。小さい頃は『じいじ、じいじ』って抱っこをせがまれたもんじゃ。

今じゃもう、避けられて会話も減ってしもうたがの……」

と源蔵がしみじみ語れば、

「うちなんかもっとじゃ。ばぁばには甘えるくせに、わしには空気みたいな扱いでのう……

昔は天使みたいに可愛かったのに……」

と三郎も涙目で続く。

壮大な“孫ロス語り”が炸裂し始める。

「まあまあ、お二人とも、とりあえず乾杯しましょ」

と、沙代里がプロの司会者ばりにさばいて、話題を強制的に切り替える。


こうして――

源蔵・三郎・沙代里はアルコール、

圭介・愛生・花音・明宏はソフトドリンクを手に持ち、輪になった。

「それでは、会社の釣り部、本年度の大漁を願って――乾杯します!」

沙代里が声を上げる。

「かんぱーーーい!!」

桜の下に、いっせいにグラスと紙コップが掲げられた。

気分もほぐれてきた頃、圭介がふと質問を投げる。

「ところで、源蔵さんと三郎さんのお孫さんって、おいくつなんですか?」

「わしの孫は女子高生じゃよ」

と源蔵。

「なんじゃ、奇遇だのう! わしの孫も女子高生じゃ!」

と三郎が食い気味に返す。

「おぉ〜〜同い年か!」

「やっぱ女子高生は可愛いのう!」

またしても老人ペアは意気投合する。


――こうして、お花見はスタート直後から妙に活気づいていったのであった。

「孫が〜……孫がばあさんと嫁と花見に行ってしまったんじゃぁ〜〜……」

桜の花びらを背負いながら、源蔵はついに涙目になった。

ぽろりと零れそうな涙が、すでに“仕上がってる人”のそれである。

圭介は内心で思う。

(酔うの早くないですか……? まだ乾杯して10分も経ってないんですが)

すると、となりで三郎も肩を落とす。

「わしもじゃ〜……今日の花見に誘ったらのぅ……『友達と会うから』って断られたんじゃぁ〜……」

こちらも完全に“孫ロス地蔵”と化していた。

沙代里が慌てて源蔵の背中をさする。

「まぁまぁ、源蔵さん。お孫さん、きっと今日はお母さんとお祖母ちゃんと女子会を楽しみたかったのよ。そういうお年頃なの、ね? ね?」

両肩をぽんぽんされながら、源蔵は鼻をすすった。

「じょ、女子会……?」

続いて圭介も三郎へフォローを入れる。

「家族と出かけるより、高校生って友達と遊びたい年頃なんですよ。自然なことですよ」

「ふ、ふむ……。そ、そういうもん……なのかのぅ……」

「……そういうもん……か……」

源蔵と三郎、ふたたびしょんぼりモード。

桜がひらひら落ちて、二人の哀愁を無駄に盛り上げている。

圭介はやさしく畳みかける。

「でも、お孫さんだって、まだ甘えてきてくれる日もありますよね? そうですよね?」

「甘えてくる日……?」

二人は同時に遠い目をする。

しばしの沈黙――

しかし、次第に二人の眉がぴくりと動く。

「……小遣いとかプレゼントをねだる時だけじゃがの」

「全くどうしようもない孫じゃ……ほんに、可愛くてたまらんわい……!」

さっきまでの涙目とは一転、頬がゆるみきって、

孫の話になると一瞬で光を取り戻す“じいじパワー”炸裂である。

その光景を横目に、愛生と花音はと言うと――

「……孫トーク、ついていけない……」

「にょん……完全に異次元の世界にょん……」

と、桜餅味のスナックをもぐもぐしながら、

ただ静かに“聞き役を放棄”していた。

「圭介はええのう……孫と一緒で羨ましいわい……」

ぽや〜んとした目で、三郎がしみじみ言う。

「ほんにのう。うちの孫も同じ女子高生なのに……。

“圭介じいじ”の花見にはついてきてくれるんじゃから、なんていい子なんじゃ……」

と源蔵。

完全に出来上がっている。

(……いや俺、じいじじゃなくて“お兄ちゃん”なんですが)

圭介は静かにツッコむ。

しかし酔っ払いの耳に届くはずもない。


そこで沙代里がほわっと微笑んで愛生を見る。

「本当、愛生ちゃんはえらいね〜。お兄ちゃんと一緒に花見に来てくれるなんて」

「いえいえ〜。兄がいつもお世話になっている方々のお誘いですからっ」

愛生はサンリオのぬいぐるみリュックをぴょこぴょこ揺らしながら、満面の“良い子スマイル”。

……が、その背中を見ている花音は、心の中でため息。

(……家ではあんなに“行きたくない〜”ってふてくされてたのに……調子いいにょん……)

沙代里は今度は花音へ向き直る。

「花音ちゃんもありがとうね」

清楚コーデに身を包んだ花音は、

ほのかに桜色の唇をゆるめ、上品に微笑む。

「にょん……♡」

と小さくお嬢様風に頷く。

今日の花音は“天使界隈 × 量産型 × 清楚系お嬢様”のハイブリッド。

見た目だけなら、完璧に“会社の花見に連れてきて大丈夫な女子高生”である。


――そう、沙代里は知らない。

この美しい微笑みの裏で、花音が

「愛生の兄へのブラコン煽り合戦」も

「アイドル現場でのオタク本気モード」も

「地雷系コーデでの自称・天使お姫様モード」も

自在に切り替える“多面性の女”であることを……。

沙代里の前で、花音は今日も完璧に“清楚天使”を演じていた。


三郎が、ふと明宏のダイワジャケットに目を止めた。

「おや? 弟くんはダイワ好きなのかい?」

「はいっ! 僕、ダイワ派です! ダイワリール最高です!!」

明宏の目は、もはや魚よりキラキラしている。

「わしも源さんもシマノじゃ。 リールといえばシマノじゃわい」

と三郎。

「わしはリョービも愛用しておったがのう……最終的にはシマノに帰ってきたわい」

と源蔵もどっしり頷く。

「いえ、どう考えてもダイワっすよ。 ドラグ性能の安定感が神なんで!」

明宏が堂々と“ダイワ布教”に乗り出す。

すると源蔵が鼻で笑った。

「まだ若造にはシマノの深みがわからんようじゃの」

「じゃあ、沙代里ちゃんと圭介くんにも聞いてみようじゃないか!」

三郎が突然の審判指名。

「沙代里と圭介、リールはどのメーカーが好きなのか答えなさい!」

いきなりの強権発動である。

沙代里は少し肩をすくめて、

「わ、私は……アブ・ガルシアが好きかなぁ〜」

「な、なんと……アブ!?外国メーカーを選ぶとは……!」

三郎が衝撃でグラッと揺れる。

「け、圭介はどうなんじゃ……?」

源蔵が震える声で続く。

「僕は……ミッチェルとペンが好きなんです」

再び外国勢に完全包囲される老練コンビ。

「な、なんということじゃ……アブ……ミッチェル……ペン……日本メーカー完全敗北……?」

二人はもはや立っているのが不思議なほど打ちひしがれている。

その横で明宏が勝ち誇った顔。

「先輩方、日本メーカーは僕らの味方ですよね!」

「おお、弟くんはええ子じゃ……日本メーカー派の同志じゃ……!」

源蔵と三郎は明宏の肩をポンポン叩き、完全に“ナカーマ認定”。

そんな中、沙代里が圭介の耳元でひそっと囁く。

「……あ、そういえばオクマも悪くないのよね」

外国メーカー軍、さらに増える。

圭介(……今日の釣り部、リール談義だけで1本の番組できそうだな)


こうして花見会場は、

シマノ vs ダイワ vs 外国勢連合

という奇妙なリール戦争に包まれるのであった。

源蔵と三郎、そして明宏は、例によって釣り談義で大盛り上がり。

「この前のポイントがさ〜」「いやいや、あそこは午後が本番なんだって!」

などと、テーブルの一角だけが釣り場のような熱気に包まれている。


その一方で。

圭介の右隣に座った沙代里は、にこにこと微笑みながら、

「ビールもう1本飲みたいな」

と手を伸ばした。

…がしかし。問題はその位置関係だ。

沙代里は圭介の“右”。

ビールは圭介の“左”。

つまり――

「届くわけない位置から無理に取ろうとしている」という、

フラグ以外の何物でもない行動である。

愛生は白け気味の視線でその様子を見ていた。

(いやいや、普通に反対側回ればいいじゃん…)

と心の中でツッコんでいると、次の瞬間。

「きゃっ!? ちょ、ちょっと――!」

沙代里の手が滑った。

勢いそのまま、ぐらりとバランスを失った沙代里は……

ドーン! と豪快に圭介の上へダイブ。

圭介「うおっ!? ご、ごめん沙代里さん、ちょっと待っ、むぐっ!?」

見事に顔が埋まる形になり、圭介の声はおもしろいくらいこもっている。

近くで見ていた花音は、

「にょん……?」

としか言えない。語彙が消えた。

そして愛生はというと――

「ぶっッッ!!?」

口に含んでいたジュースを盛大に噴き出し、

頬をふくらませてバフバフ震えている。

(なにそのラブコメ事故!? え、兄の上に乗るって何!?)

「若いってのは……ええもんじゃのぅ……」

桜の花びらを眺めながら、

源蔵は“遠い目”で語り出した。

完全に酔っぱらい哲学モードである。

その隣で三郎も、

「ほんに……青春じゃ……」

と妙にしみじみしている。


だが――

「ちょっと待って!」

愛生が、バンッとレジャーシートを叩いて立ち上がった。

「この物語って、私が主人公で、釣りものなんでしょ!?

なんで花見会場でラブコメみたいな展開になってるの!?」

ぷりぷり怒る愛生。

花音は優雅にペットボトルのお茶を飲みながら、

「ラブコメのお約束は必要な展開にょん」

と、いつもの“天使界隈らしい悟り顔”で言う。

「えっ、花音ちゃん……?さっすが〜! よく分かってるねぇ〜!」

沙代里が花音の肩をポンポンしながら、

まるで“後輩を褒める先輩社員”の表情でうなずく。

その横で圭介は、

どこか期待したような顔でつぶやいた。

「俺……もしかして……ラブコメの“主人公タイプ”だったりする……?」

間髪入れず、

「絶対に違うにょん」

と花音が切り捨てた。

スパァンッッ!!

圭介の淡い希望が、桜の花びらのように散った瞬間である。

愛生は腕を組みながら、

「ほらね、花音ちゃんの言う通り。この兄は、ただの巻き込まれ体質だもん」

とドヤ顔。

圭介

「ひどくない!?」

沙代里

「まぁまぁ、みんな仲良くしましょ〜♪」

結局、釣り部の花見は、

ラブコメ・家族コメディ・孫談義が入り乱れる

ジャンル大渋滞イベントになっていくのだった。


「年寄りにはのぅ……ラブコメとかよう分からんが……」

源蔵は、桜を見上げながら鼻をすすり、

「かわいい孫と……釣りに行きた〜いんじゃ……!」

と、まるで“孫ロス”を患うおじいちゃんの叫びをあげた。

続いて三郎も、

「源さん……わしもじゃ……!孫と釣りしたい気持ちは……海より深いんじゃ……!」

と、妙に詩的な言い回しで共感する。

どちらも酔いで涙目だ。

そこで、沙代里が静かに提案した。

「サビキ釣りって、女子高生にはあんまりウケが良くないらしいのよ?

だから……エリアトラウトに誘ってみたらどうかしら〜?」

お花見会場の空気がピタッと止まる。

源蔵「え、エリア……?」

三郎「トラウト……?」

二人の脳内で“管釣りの概念”が、孫というフィルターを通って高速で処理されていく。

その後ろで愛生と花音は、完全に冷静であった。

愛生(いやいや、話の持って行き方が雑すぎない……?)

花音(鱒釣り物語だからって、展開ブースター効かせすぎにょん……)

二人の心の声は見事にシンクロしていた。

だが、そんなJKたちの心のツッコミなどお構いなしに、

「よぉ〜し! 孫にルアー投げさせるんじゃ!」

「わしもじゃ! 孫と一緒にスプーン投げるんじゃ!」

と、源蔵と三郎は、

謎の“孫×トラウトフィーバー”に突入してしまった。

そして愛生と花音は思うのであった。

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