春休み最後の釣り
読んで下さる皆様、心より感謝致します。
ゆっくりと物語を進めますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。
春休みもいよいよ終わり。
圭介・愛生・明宏の、市川家“ネイティブ三兄妹トリオ”が静かに準備を整えていた。
■ 深夜1:00 ― 横浜の自宅出発
家族が寝静まった家の前で、圭介のワンボックスカーにタックルを積み込む。
春とはいえ肌寒い夜風が頬に触れ、胸がざわつく。
「よし、行くぞ。春休み最後の釣りだ」
圭介の声に、愛生も明宏も小さくうなずいた。
明宏はすでにワクワクが抑えられず、車に乗る前から
「今日こそ尺アマゴ出すから」
と宣言している。
愛生は眠そうだけど、兄と弟と出かける嬉しさで気持ちはいっぱいだ。
■ 深夜4:00すぎ ― 道中のコンビニ
山に近づく手前で、毎回立ち寄る24hコンビニへ。
ここで
✔ 釣り券
✔ おにぎり、サンドイッチ
✔ 温かいコーヒー
✔ 明宏の釣行前恒例「高カロリー菓子パン」
が買われていく。
「愛生、これ好きだろ?」
圭介がそっと渡してくるチョコクロワッサン。
愛生は少しほころぶ。
「お兄ちゃんやさし〜」
と明宏が茶化してくるのも、いつも通り。
■ 午前5:00 ― 狩野川水系 到着
空が少しずつ青く染まり始めた頃、車は静かに川沿いの空きスペースに停まる。
まだひんやりした空気、山の匂い、川のせせらぎ。
エリアとは違う、“本物の渓流の朝”。
車から降りると、愛生は思わず深呼吸した。
「やっぱり早朝の渓流っていいね…」
明宏はすでにスピナーケースを開け、
「これで最初に攻める」
と戦闘態勢完了。
圭介はウェーダーのベルトを締めながら、
「今日はのんびり行こう。最後の釣りだしな」
と笑った。
■ 午前5:20 ― 釣り開始
川へ一歩踏み出すと、冷たい水がウェーダー越しに伝わる。
川面に朝日が反射し、キラキラと輝き始める。
さぁ、春休み最後の冒険がここから始まる――。
最初に入る川は――大見川。
狩野川水系の中でも有名な“里川の顔”である。
今年は雨が少なく、河津川方面は深刻な減水。
「これじゃ魚干からびるよ…」と圭介が眉をひそめたくらい。
支流なんて“もはや砂利道”と言っても差し支えない状態だった。
というわけで今回の舞台は、急遽 狩野川本隊の大見川 へ。
■ しかし今日の大見川はひと味違う
前日に雨が降ったせいか、
水量は少し多め、しかもほんのり濁りが入っている。
圭介はおもむろに水温計を取り出す。
ネイティブ釣行では彼だけが持っている、ちょっとだけ本格的っぽいアイテム。
「さて、今日のコンディションは…」
水に沈めてしばし待つ。
そして――10度。
「う〜ん、ちょい冷たいな…いや、それより昨日雨で水温変化が激しいのが問題か…?」
と、急に渓流師の顔で難しい事を言い出す圭介。
愛生と明宏は
(お兄ちゃん、急に専門家ぶるなよ)
と心の中で突っ込んでいた。
■ いざ大見川を釣り上がる!
大見川は“のんびり系の里川”。
住宅地の中をスイスイ流れる、釣り初心者に優しい雰囲気。
圭介はこういう里川が大好きだ。
「なんかね、落ち着くんだよね〜」
と深呼吸しながら進む。
しかし、このゆるい空気をぶち壊す男がひとり。
■ 明宏、先頭で“無敵スピナー”をブン投げる
渓流界のスター、スピナー。
回転するブレードが水中でキラキラ輝き、
「アマゴさ〜ん、食べてくださ〜い」と言わんばかりの超アピール系ルアー。
そんなスピナーを、
明宏は “無敵アイテム” と信じきっている。
「最強のスピナーで、今日も俺が真っ先に釣る!」
…だが、スピナーには弱点もある。
● 引ける距離がタイプや重さで全然違うので扱いが難しい
● 小場所はむしろミノーの方が有利なこともある
つまり “状況による使い分け” が重要なのだ。
だが――
圭介も明宏も愛生も、
まだその“状況判断スキル”はレベル1。
圭介「スピナーってさ、どこで使えばいいの?」
明宏「知らん。でも回るから強いんじゃね?」
愛生「その理論、たぶん間違ってるよ…?」
3人はそんな会話をしながら大見川を釣り上がっていく。
初心者丸出しだが、その不器用さもまた市川家らしい。
明宏は、「えいっ!」「そりゃっ!」
と軽快にスピナーをキャストしながら、
まるでアクションゲームの主人公のようにテンポよく釣り上がっていく。
しかし――
魚の反応、ゼロ。
スピナーが水中できらりと回転しても、
「おっ?」という生命感が一切ない。
後ろから圭介と愛生がついて行くが、
二人の見える範囲も静まり返っている。
圭介
「明くんに釣らせるのが最優先だから俺たちは釣れなくてもいいんだけどさ……
それにしても生命感ないよな…。」
愛生
「うん……お魚さん、どこにも見当たらないね。アマゴさんどころか、アブラハヤさんもゼロ〜。」
圭介は川をじーっと覗き込み、
「アブラハヤすらいないのは逆に怖いな…」
とつぶやく。
愛生は小声で
「今日ね、明くんがアマゴ釣れるように、私はチャビングで遊んでようかなぁって思ってたんだけど…
お魚さん自体いないっぽいよね…?」
と肩を落とした。
■ 圭介、急に“渓流学者”モードに入る
圭介
「……やっぱ前日の雨だな。水量が上がって、水温もガッツリ変わってる。
こうなると魚は動けないんだよ。石の下や隙間から出てこられないんだ……。」
言いながら、自分で言っててだんだん不安になってくる圭介。
愛生
「お兄ちゃん、だんだん顔が暗くなってきてるよ…?」
圭介
「いや、なんか今日は“魚います?”って川に聞きたくなるレベルだな……。」
明宏だけは前向きにキャストを続けているが、
心の中では
(……あれ?俺、今日だけ透明人間ルアー投げてる?)
という不安が生まれつつあった。
大見川・スピナー大事件発生!
その後も3人は淡々と釣り上がる。
しかし――
アマゴのチェイスすら、ゼロ。
水面は静まりかえり、まるで魚が全員で「本日定休日」みたいな雰囲気。
そんな中。
明宏「ギャーー!!」
突然、谷に響き渡る絶叫。
圭介&愛生
「どうした明宏!?」
走り寄りたい…しかし、ここは丸石ゴロゴロの里川。
焦って走ったら即コケる未来が見える。
圭介
「落ち着け、俺たち……足元だ、まず足元だ……!」
愛生
「兄ちゃん、ほら、あそこの石つるつるしてるよ…!」
慎重に、超スローモーションで明宏へ近づく二人。
現場:大惨事
そこには――
糸がぐしゃぐしゃに絡まり、
“未知の生命体”みたいな塊になったライン
を前に呆然とする明宏の姿があった。
圭介
「あ〜……はいはい、なるほどね……」
愛生
「スピナーさん特有の“ラインよれよれ事件”だね……。」
スピナーは強力なルアー。しかし、
ブレードがぐるぐる回る → ラインもぐるぐるよれる
という宿命がある。
明宏あっけなく「スピナー卒業します。」
明宏
「もうやだ!ラインがヨレるから俺、スピナー嫌っ!!渓流最強だって言ったけど、
今日で卒業する!!」
愛生
「意外とあっさり…!」
圭介
「お、おう……。」
そして次の瞬間。
明宏
「だからさ、圭ちゃんのミノーと交換しようよ。ね?よね?ね!?」
圭介
「いやいやいや、声の圧が強い……!」
交換条件の闇
スピナー:数百円
ミノー:1000〜2000円くらい
つまり、
交換すると圭介が“確実に損”する。
しかし兄にはわかっている。
・ここで断る
→ 明宏、本日ずっと不機嫌
→ 愛生が気を遣いすぎて疲れる
→ 兄の責任重大
圭介
(ぐぬぬ……ここは兄の徳を積むしかない……!)
「仕方ない。俺のミノー3つと、明くんのスピナー3つ……交換だ。」
明宏
「うん、圭ちゃんがどうしてもって言うなら、僕のスピナーと交換してあげてもいいよ?」
圭介
(言い出したの明宏だろ……!!)
愛生
「お兄ちゃん……また優しさポイント消費してる……。」
大見川での“スピナー事件”により、明宏のナイロンラインは完全に息絶えた。
もはや復活の見込みなし。
ならば――巻き直すしかない!
「よし、新しいラインに巻き直すぞ」
と、お兄ちゃん圭介が号令をかけ、3人は車へと戻った。
◆ライン巻き直し作戦、開始!
まずは、リールに残った“ヨレヨレの亡骸ライン”を回収する作業だ。
「愛生、ラインの先っぽ持ってて〜」
と圭介が言うと、
「はーい、お兄ちゃん♪」
愛生はピンと伸ばした指先にヨレヨレのラインを引っ掛け、そのまま後ろに下がる。
スピニングリールから出てくるラインは、
くるくる〜っ、もじゃもじゃ〜っ
と愛生の手に巻かれていき、まるで巨大な毛糸玉を作っている気分。
明宏のリールからは、次々と悲鳴をあげる糸たちが吐き出される。
「うわ、なんかミミズみたいにヨレてるね…」
「生きとるやんこれ…」
と兄妹で盛り上がる。
◆そして新品ライン登場!
圭介が取り出したのは、
釣具屋の“エサ釣りコーナー”で売ってる超お手頃ナイロンライン(500mで1000円以下)
ルアーコーナーじゃない。ガチでエサ釣り用だ。
これが圭介の渓流釣行の相棒なのである。
しかも渓流に行く度に、毎回新品に巻き直している。
シンプルにコスパ重視な兄だ。
「はい、明宏、巻くぞ!」
「おう!」
明宏がリールをクルクルッと回すと、愛生が新品ラインをシュルシュルッと送り出す。
「お兄ちゃん〜、どんどん減ってくよ〜」
「いいぞ、もっとスピード上げて!」
「わかったぁ!」
3人の息が妙に合う。
作業はなぜかチーム戦のノリになってきた。
そして――
「……巻き直し、完了!」
圭介が満足げに親指を立てた。
新しいラインはピンと真っ直ぐで、気持ちも新たにリスタートである。
一方、ヨレヨレラインの塊は愛生の手の中で、
まるで“釣り場で拾った謎の髪の毛ボール”のように丸まっていた。
「これ……なんか捨てるのかわいそうだね」
「いや、容赦なく捨てるぞ」
と圭介。
こうして、3人の“ナイロンライン蘇生作戦”は無事終了。
再び、狩野川のアマゴに挑むのであった。
大見川の沈黙に心が折れそうになった3人は、作戦会議を開始した。
「大見川は魚の反応が無かったな…。隣の地蔵堂川に入るか」
と圭介が真剣に提案する。
すると、なぜか上から目線の釣り師気取りの明宏が腕を組んで、
「ミノーでアマゴ釣ってあげる為には、川変更してあげるか」
――誰に向けた“あげる”なのかは不明である。
圭介でも愛生でもない、謎の天上視点。
愛生はというと、のんびりと笑いながら、
「私はどこでもいいよ。お兄ちゃんと明くんと一緒なら楽しいから」
と、ほんわかした本音。
魚より兄妹の時間が大切な愛生らしい。
◆ジョイントミノー、華麗に登場!
「よし、地蔵堂川で使う為に買っておいたジョイントミノーの出番だな」
と圭介が誇らしげに新品を取り出した。
キラッと光るボディ。
新品特有の“これ絶対釣れるオーラ”が眩しい。
「圭ちゃん、それ何のミノーなの?」
と明宏が目を輝かせて質問する。
「地蔵堂川は伊豆なのにイワナが釣れる川なんだよ。イワナにはジョイントミノーが効くらしいからな」
「……え? イワナが釣れる川?! 俺、そんなの知らなかった!圭ちゃんだけ下調べして、
こっそりジョイントミノー買っておくなんてズルいよ!」
ズルいポイントが完全に迷子である。
「いや、ルアーは自分で選ぶ物だからさ…。ズルくはないだろ」
と圭介が困ると、
「ズルいったらズルい! ジョイントミノー、僕にも使わせてよ!」
ついに始まった――
末っ子限定スキル『駄々っ子アタック Lv.99』
もしこのまま放置すれば、
明宏の不機嫌は最長10日間持続という地獄仕様だ。
愛生が静かに圭介へ“無言の目線メッセージ”を送る。
(お兄ちゃん、もうあげちゃいなよ…。今のうちに収めて…。)
圭介には、その視線がレーザービームのように刺さった。
「……仕方ない。ジョイントミノー貸してあげる。でも使い終わったら返すんだぞ」
「うん! つかいおわったら返すよ!」
一瞬でご機嫌が回復する明宏。
もう空に虹がかかりそうな勢い。
しかし圭介は知っている。
(だが明宏の兄歴15年、知っている…。明宏に貸した物が、
俺の元に“返ってきた事例はゼロ”であると……。)
車内でひっそりと新品ミノーに別れを告げる圭介。
「愛生に貸した物は、ちゃんと返って来るのになぁ…。新品のジョイントミノーよ……さようなら……」
こうして、圭介のジョイントミノーは
実質“プレゼント扱い”で明宏のタックルボックスへ消えていくのだった。
明宏はお兄ちゃんから奪い取った(交換した)ジョイントミノーを装着し、まるで勇者の剣を掲げるように意気揚々と地蔵堂川へ突撃。
「今日の主役はオレだ!」
そんな雰囲気を全身にまといながら、いざキャスト——
……しかし。
ブンッ! ヒュロロロ……ポチャン。
方向がズレる。
次のキャストもズレる。
その次もズレる。
「……あれ?」
と首をかしげる明宏。
ジョイントミノーは普通のミノーより空気抵抗が大きい。
キャスト軌道がブレやすく、ちょっとしたフォームの癖がすぐ出てしまう。
だが当然、初心者の明宏もお兄ちゃんもそんな特性は知らない。
むしろ“ジョイントだからなんかスゴい”くらいに思っている。
広い砂防ダム下のプールでは、ジョイントミノーは生き生きと横方向にクネクネ泳ぎ、
「おお! 動いてる動いてる!」と明宏は大興奮。
しかし、小場所のピン撃ちスポットでは——
ヒョロ〜……クネッ……グルッ……流され〜る。
流れが巻いているポイントではジョイント部分が抵抗となり、見事に引きずられていく。
「なんだよこのミノー! ぜんぜんダメじゃん!」
はい、出た。
渓流初心者あるある——“道具のせいにする”スキル発動!
こうして明宏は、ジョイントミノーをそっとルアーボックスにしまい、
まるで“最初からコレだよな”と言わんばかりに、大好きな Bコンタクトミノー にチェンジ。
もちろん、
ジョイントミノーはお兄ちゃんの元へ帰ってくることはなかった。
(お兄ちゃんが知らないうちに“戦力外通告”された。)
一方その頃、お兄ちゃんはというと——
明宏と交換したホームセンター製スピナーを投げていた。
そして愛生に、いかにも“先輩風”を吹かせながら解説中。
「スピナーってね、ブレードが回って魚にアピールするんだ。でも2回投げたら、竿先からラインをちょっと出して、こうやってスピナーを吊り下げて……ほら、回して糸ヨレを取るんだよ」
クルクルクル……と器用にスピナーを回すお兄ちゃん。
愛生はそれを見て深くうなずく。
「……せっかちで落ち着きのない明くんにはムリなルアーだね」
“妙に納得顔”である。
そしてその頃の明宏は——
「Bコンタクト最強!」
と、何事もなかったかのようにキャストを再開していた。
大見川も地蔵堂川も典型的な「里川」。
里川と言えば風情がある……と思いきや、
現実は“小さな砂防ダムの連続攻撃”である。
3人はダムを越えて、越えて、また越えて、
さらに越えて……
「ちょ……またダム!?」
と、圭介はもう息が上がり気味。
明宏は「アスレチックかよ……」とぼやきつつも先に進む。
愛生はというと、
「ダムって何回あるの……?」
と小声でつぶやいていた。
しかし肝心の魚の反応は——ない。
昨日の雨が原因か?
水温か?
活性が落ちている?
と、圭介はまるで“渓流の博士”みたいに分析してみるが、
内心は (全然分からん……でも言っとこう) の気持ちだった。
そんな中、静寂を破る声が響く。
「あ〜〜くそ〜〜っ!!」
明宏である。
どうやらアマゴらしき魚影がミノーを追ってきたものの、
直前でくるっと方向転換し、見事に 見切り されたらしい。
「あとちょっとだったのに!」
「絶対食う気あったよな!」
と悔しさ全開。
圭介はというと、
「……やっぱダメか地蔵堂川……」
と肩を落とす。
まるで“今日の勝負、負け確定”みたいな雰囲気。
一方、圭介のすぐ横では——
愛生が水辺の花を見つけては
「わぁ、かわいい!」
と写真を撮り、コケの絨毯の上を歩いては
「ふわふわしてる〜」
と楽しんでいる。
完全に 沢歩きガール と化していた。
釣り竿は持っているが、まるで飾りのようだ。
そうこうしているうちに、太陽は真上に。
時計を見ると、すでにお昼時。
圭介「……お昼にしようか」
明宏「賛成!」
愛生「は〜い♪」
魚は釣れないが、3人のテンションはまだ元気。
こうして3人は、
地蔵堂川を後にしてランチへ向かうのであった。
◆伊豆ランチバトル・愛生の下調べと明宏の“外食格差”事件◆
「お昼ごはん、どうしようか……」
と圭介が腕を組んで悩んでいると、すかさず愛生がスマホをピッと操作しながら、
「ねえお兄ちゃん、ここに行こうよ!」
と即答。
すでに下調べバッチリの“市川家グルメ担当”である。
「近くにカレー屋さんがあるよ!」
愛生の声は軽やかだった。
圭介も負けじとメニューを広げる店主のように
「少し先に家系ラーメンもあるな……」
と提案する。
すると明宏がビシッと指摘。
「浜っ子が伊豆で家系ラーメンは無いでしょ」
まさかの“家系大好き明宏”からの否定意見である。
普段なら「よし家系行こう!」と駄々をこねるはずだが——
(よかった……今日は駄々っ子モードじゃない……)
と圭介は静かに胸をなでおろしていた。
◆民家すぎるカレー屋・からあま亭に到着◆
結局、愛生の希望でカレー屋へ向かう。
到着したのは——
完全に“ただの民家”にしか見えない店「からあま亭」だった。
引き戸の前で3人そろって
「……ここ?」
と確認するレベル。
中へ入ると、メニューはカレーライスとカレーラーメン。
愛生の目がキラキラと輝く。
「カレーラーメン、珍しい!」
まるで宝石でも見つけたかのようなテンションである。
しかしその横で明宏がブツブツ……
「ソコイチカレーでカレーラーメン出してた時、食べたかったな〜」
「食べてくればよかっただろ」
と圭介が素直に返すと、
「いや圭ちゃん連れて行ってくれなかったじゃん!
いつも愛生と花音の希望を交互に聞いて外食なんだもん!」
と頬をぷくっと膨らませる明宏。
兄弟でよく見る光景である。
圭介は淡々と言う。
「明くんには釣具でお金使ってるんだから、外食くらいは愛生ちゃんと花音ちゃん優先で当然だろ」
ぐうの音も出ない。
釣具に関しては多大なる恩義があるだけに、明宏は反論不能。
「……いいよ。カレーラーメンとカレーライス、両方食べるから」
と謎の“両方いっとく宣言”で決意する明宏。
◆愛生、重大決意◆
そんな兄弟の小競り合いを完全にスルーして、
愛生はメニューを見つめている。
「ふむ……カレーラーメンと、半カレーライスのセット……」
その瞬間、愛生の心の中で何かが点火した。
(よし……私はこれを食べる……!!)
目は本気。
まるで“大会前のアスリート”のような表情。
兄弟のやり取りなど耳に入っていない。
愛生のランチにかける本気度は、
アマゴよりも強く流れの中で生きていた。
そして、、、、
「カレーラーメン美味しかったね〜!」
愛生はホクホク笑顔。
どうやら完全勝利だったようだ。
一方その横で——
明宏、腹パンパン。
午後釣行どころか、
“もう一度寝たら消化するんじゃないか”レベルの満腹である。
体内エネルギーは満タンどころかあふれ出している。
◆圭介、天才の計算を語る(自画自賛)
午後は本谷川へ移動することに。
そして圭介は運転席で妙に得意げに笑っていた。
「フッフッフ……自分が天才すぎて怖い……!」
愛生と明宏は
(あ、また始まった)
という目で聞いている。
圭介の“天才的計算”とはこうだ。
里川でボウズをくらった場合でも、
本谷川の上流にある管理釣り場から落ちてくる虹鱒を釣れば、
ボウズ回避しつつ明宏の機嫌も回復できる——!
完璧な作戦。
完全無欠。
穴などあるはずがない。
(……はずだった)
◆本谷川入渓!しかし想定外の“静寂”が…
本谷川は大見川や地蔵堂川とは違い、
自然味あふれる渓相で歩きやすい。
3人は雰囲気にワクワクしつつ釣り上がっていく。
「さあ明宏よ、とっとと虹鱒を釣り上げてボウズ回避だ!」
と余裕MAXの圭介。
しかし——
魚影が…ない。
反応も…ない。
どれだけ進んでも…
何もいない。
「ど、どうしたんだ……?予定では、今頃“数匹の虹鱒を抱えて高笑い”してるはずなんだが……」
圭介の眉間にシワが刻まれていく。
「ここも釣れないね〜」
と愛生はマイナスイオンを浴びながらのんびり。
「釣れない。おかしい……何故なんだ……」
圭介は完全にコードブルーのテンションだ。
愛生が心配そうに覗きこむ。
「お兄ちゃん、なんか顔色悪いよ。どうしたの?」
圭介、ついに打ち明ける。
「……実はな、本谷川の上流には管理釣り場があるんだよ。
だから下に落ちてきた虹鱒が釣れるはずなんだ……」
愛生、スマホを取り出し、ピッ。
ササッと地図を確認し——
「あっ……国際鱒釣り場、昨年末で閉業したって書いてあるよ」
「…………は?」
圭介、文字通りフリーズ。
ブラックアウト。
天才の電源、落ちる。
「えっ、じゃあ、ダメじゃん……」
と声にならない声でつぶやいた。
2025年末で閉業。
つまり、圭介の計算は去年の情報だったという決定的事実。
(ヤバい……今日はボウズかもしれん……そうなったら……明宏のご機嫌が……!)
想像だけでゾッとする圭介。
圭介の内面、完全にパニック。
「お、俺の天才…どうして……」
という心の叫びが聞こえた気がした。
◆兄、板挟みの決断と“伝説お爺さん”襲来◆
落ち虹鱒作戦も不発。
「天才計画」崩壊のショックからまだ立ち直れない圭介。
時刻は午後3時。
残り時間はわずか。
狩野川本流に勝負を賭けるか、それとも別の支流か——
圭介が“作戦会議モード”に入ったその時。
ツンツン……
圭介の袖を愛生が引っ張る。
「お兄ちゃん、帰りにパン屋さん寄ってくれる約束だよね?」
愛生は完全に“パンモード”。
「あっ……そうだった!!」
愛生には“絶対に今日食べたいパン”があり、
圭介は帰りに寄る約束をしていたのだ。
そう、圭介は思い出す。
兄とは……弟の夢と妹の食欲の板挟みにされる生き物である。
弟には“魚を釣らせてあげたい”。
妹は“パン屋に寄らなきゃいけない”。
ならば——両方叶えるルートを探すしかない!
圭介の脳内GPS、フル稼働。
パパパパッ……!!
(パン屋方向 → 菅引川 → ワンチャン短時間勝負行ける!)
圭介は決断した。
「菅引川に賭ける!」
◆菅引川到着!そこへ現れた地元レジェンドお爺さん
菅引川は里川らしく、川沿いに道路が走っている。
空きスペースに車を停め、3人は急いでウェイダーを履き始めた。
そのとき——
キュルルル…… と軽トラが停まり、
窓から顔を出した地元のお爺さんが声をかけてきた。
「オメーら、この川は釣れねぇぞ」
(お爺さん!中学生の最後の希望を折らないで!!)
圭介、心の中で土下座。
「オメーらどっから来たんだ」
と続けるお爺さん。
「僕たちは横浜から来ました!」
地元情報を聞けるかもしれないと、明宏が前のめりで回答する。
お爺さんは「あ〜横浜か〜」と頷きつつ、
とどめの一撃。
「残念だけど、このへんは釣れねぇぞ」
(だから言わないでくれぇぇぇ!!)
圭介の心、ズタズタ。
「魚いないんですか?」と明宏は純粋な目。
「昔は尺超えのヤマメがゴロゴロいたけどな〜」
とお爺さん。
愛生が圭介の耳元で囁く。
「ヤマメじゃなくて、アマゴだよね……?」
圭介、小声で返す。
「だよな……たぶん半分思い出補正だ……」
しかしお爺さんの昔話は止まらない。
「昔はなぁ、狩野川本流で桜鱒が山ほど釣れたもんだ」
圭介、愛生にこっそり。
「桜鱒じゃなくて皐月鱒なんだけどな……」
しかし明宏はキラキラした目で
「昔はすごいんですね!」
と素直に感動している。
そして極めつけ——
「ワシなんて40センチのカジカ釣ったこともあってよ〜!」
(絶対それウッカリカサゴと混ざってるだろ……)
圭介のツッコミ脳が爆発寸前。
満足したのか、お爺さんは
「日没まで頑張れよ〜」
と、勝手に話して勝手に締めて、軽トラで去っていった。
去り際、圭介と明宏は同時に思った。
(いや、絶対話したいだけだったよね……)
◆最終決戦・菅引川!しかし運命はいつも予想外◆
菅引川でのラスト勝負に挑む3人。
しかし、いざ入渓してみると——
魚影ゼロ。反応ゼロ。生命感もゼロ。
「おかしいな……魚って絶滅した?」
と圭介が呟くほど静まり返っている。
それでも諦めず進むと、目の前には砂防ダムの大きな淵が現れた。
「ここは……絶対にいるっ!」
圭介の“釣り人レーダー”がフル反応。
明宏はすぐさまミノーをキャスト!
——その瞬間。
「き、キターーーーッ!!!」
明宏の叫びが谷に響く。
ミノーにはとっても小さなアマゴが噛りついていた。
サイズは豆粒級。だが、掛かったこと自体が奇跡。
「よっしゃ!ネット入れるぞ!」
と圭介が身を乗りだした瞬間——
ポチャン……
……アマゴ、ネットイン直前でまさかのバラシ。
明宏はガックリと膝をつくが、
圭介は胸を撫でおろしていた。
「(よかった……とりあえず“掛かった”だけで明日から不機嫌にならない……)」
愛生も
「(よかった〜……痛いほど空気悪くなるとこだった……)」
とホッと一息。
そのときだった——。
「おーーい! オメー達ーー!!」
車道の方から必死な声。
振り返ると、さっきの軽トラのお爺さんが両手を振っている。
愛生が眉を寄せる。
「お兄ちゃん……お爺さん、すごい必死だよ? 何かあったのかな?」
「しょうがない、ちょっと行ってみよう」
ということで釣り中断。
3人が駆け寄ると、
お爺さんは息を切らせて叫んだ。
「よかった〜! トラクターが軽トラの荷台に乗らねぇんだ! 手伝ってくれ〜!」
…………。
(それ?)
圭介の心が一瞬で無言になった。
明宏も
「……あ、はい」
と力なく返事。
3人はお爺さんと力を合わせ、
小型トラクターを「うんこらしょ」と荷台へ押し上げた。
するとお爺さんは、
「いやいや、助かった〜! ありがとな!!」
とだけ言い残し、軽トラで颯爽と去っていった。
——静寂。
「……あの、これで今日、もう終わりじゃん」
と明宏。
「……終わりだな」
と圭介。
「パン屋さん……行こっか」
と愛生。
こうして、
“最後の一投”はトラクターに奪われ、菅引川釣行は終了。
◆日没前のカオス、兄妹会議はいつも嵐◆
お爺さんの“トラクター事件”も片付いた頃には、
狩野川の上にかかる夕日が少しずつ山の端に沈み始めていた。
「よし、じゃあ——愛生ちゃん希望の熱海のパン屋さん、行こうか」
圭介が言うと、
愛生はパァッと花が咲いたような笑顔で頷いた。
「うんっ! 待ってました!」
……この瞬間の愛生の嬉しそうな顔を見るために、兄は生きている。
さらに愛生は続ける。
「熱海行く前に、伊東市のラーメン屋さんで夕ご飯しよ?」
「いいね。じゃあ、まず伊東マリンタウンでゆっくりお土産買ってから、
その後、伊豆の子ラーメンで夕食して、最後に“例の蒸しパン”買って帰ろうな」
圭介も完璧なプランを披露し、愛生は満面の笑み。
このあと兄妹で美味しいもの食べて、のんびり買い物して、
満たされた気持ちで横浜へ帰る——完璧すぎる旅の締めくくりのはずだった。
……しかし、この平和な世界は一瞬で崩壊する。
末っ子・明宏、急に爆弾発言。
「ジグヘッドとワーム持ってきたから、宇佐美港で釣りしたい。」
圭介&愛生
「「 ……は? 」」
朝から渓流を釣り巡って、移動して走って歩いて、
トラクターまで持ち上げたその直後である。
圭介は必死に説得する。
「いやいやいや、明宏……今日、夜明けから釣りしっぱなしだろ?
もう十分だよ。ラーメン食べて帰ろ?」
愛生も追撃。
「マリンタウンでゆっくりしたいよ……。帰りの楽しみが台無しになっちゃう……」
しかし——
明宏(※中2男子)
「やだやだやだ!!! 釣りしたいっ!!まだ釣ってない種類の魚がいる!!」
愛生
「(まだ釣れない魚に挑むつもりなの……?)」
と呆れ半分、諦め半分。
圭介
「(くっ……これが……“末っ子の駄々っ子攻撃”…!)」
と心のHPがごっそり削れる。
2人がどれほど丁寧に、優しく、理性的に説得しても——
明宏
「やだ!! 宇佐美港で釣りする!!!」
……完全に話が通じない。
こうして、兄と姉の幸せプランは、見事に末っ子に粉砕される。
圭介は深くため息をつきながら結論を出した。
「……仕方ない。マリンタウンはあきらめよう。宇佐美港に行くか……」
愛生は肩を落とし、
「せっかくの……お土産……」
と小さく呟く。
——こうして午後の釣行を締めくくるはずの“優雅な伊豆旅プラン”は、
明宏の強烈わがままパワーによって粉微塵となり、
市川家は宇佐美港へ向かうことになったのであった。
◆宇佐美港、三兄妹の夜はそれぞれ勝手に更けていく◆
宇佐美港へ到着した頃には、
空はすっかり薄暗く、
街灯のオレンジ色が海面にゆらゆら映り込む時間帯になっていた。
明宏はというと——
フローティングベスト装着!
ヘッドライト点灯!
ジグヘッド&ワーム、準備完了!
完全に夜戦モードで漁港を走り回り、
キラキラした目でワームをキャストしていた。
「うおりゃーっ! ………くぅぅ……」
(※釣れないけど、本人はめっちゃ楽しそう)
その横で圭介はというと、釣りはせずに
“夜風に吹かれながら中2男子を見守る父親ポジション”
をただひたすら担当していた。
そして愛生は——
疲れ果てて車でスヤァ。
男2人だけで頑張る構図、完成。
やがて春の温かい海風と、波のリズムに誘われ……
圭介
(あ、これ絶対寝ちゃうヤツ……)
と思う間もなく、コテンと漁港で横になりそのまま夢の世界へ。
***そして
「圭ちゃん、圭ちゃん!」
肩を揺らされて目を開けると、明宏が立っていた。
腕時計を見ると——19時。
圭介
「明くん、魚釣れたかい?」
明宏
「……ううん、釣れなかったよ」
圭介
「そっかぁ……残念だったねぇ」
しかし明宏はニコニコして答える。
「でもね、今日はいっぱい釣りしたから楽しかった!」
……うん。
このポジティブさ、圭介と愛生には無い強さである。
2人で車に戻ると、
車の横でふわぁ~っと立ち上がる影があった。
愛生だ。
どうやら仮眠から目覚め、外の空気を吸っていたらしい。
そして突然、
瞳をキラキラさせて指を差す。
「ねぇねぇ見てっ! 夜景がすっごく綺麗だよ!」
港の向こう側に広がる伊東市の灯りが、
海に反射してキラキラ揺れ、まるで光の帯のようになっていた。
愛生
「こんな綺麗な景色に出会えるのも……釣りの良いところだよねっ」
(※実際には釣りしてたのは明宏だけ)
圭介
「本当に、愛生ちゃんの言う通りだねぇ」
なんだか穏やかな兄妹の時間が流れる。
……が、明宏だけは全く別世界。
明宏
「(夜景? そんなのより魚……)」
と完全に興味ゼロ。
兄と姉がロマンチックに夜景を語っている間、
彼はただひたすら“今日釣れなかった魚”のことを考え続けていた。
こうして——
それぞれ違う方向を向きながら
市川家の夜はゆっくりと更けていくのであった。
◆ラーメンの夜、勝利したのはサンマー麺◆
時刻は 19時ちょうど。
愛生は車から降りた瞬間、
「お腹ペコリーヌ状態だお……」
と、謎の語尾で空腹を訴えてきた。
(圭介:語尾どうしたの愛生ちゃん……)
向かった先は、海岸沿いにぽつんと灯りを放つ
「伊豆の子ラーメン」。
地元民にも観光客にも人気のお店だ。
ここで重要なのは——
愛生がサンマー麺ガチ勢という事実。
サンマー麺の“しゃっきり野菜×あっさり醤油スープ”の組み合わせ。
これに愛生はいつだって魅了されてしまうのだ。
一方、明宏はというと……
家系ラーメン至上主義者。
「濃厚・塩分・ニンニク・パンチ・油」
これこそ正義だと思っている。
横浜ご当地ラーメンの2大巨頭、
サンマー麺 vs 家系ラーメン
この戦いに、決着は永遠に訪れない。
ラーメン界の永遠の宿命である。
だが——
今日の勝敗は明らかだった。
圭介「今日は愛生ちゃんがんばったからね、サンマー麺にしよう」
愛生、にぱぁ〜っ。
明宏、むぅぅ〜っ(でも言えない)。
なぜなら、今日は朝から晩まで
姉と兄に釣りへ付き合ってもらった負い目があるからだ。
その結果——
明宏は泣く泣く キムチチャーハン を注文した。
(彼なりの抵抗である)
***
愛生
「サンマー麺くださいっ!」
圭介
「僕もサンマー麺で」
昼はカレーラーメン、夜はサンマー麺。
ラーメン尽くしの一日に、圭介はなぜかテンションが上がってしまい、
「餃子も頼んじゃおっかな~」
と、餃子一皿を追加注文。
焼きたての餃子をハフハフしながら、
隣の愛生と分け合う。
愛生
「お兄ちゃん、これおいしいね♪」
圭介
「うん、ほんと美味しいね」
……ただそれだけなのに、
圭介は胸の奥がちょっとあったかくなった。
妹と笑ってラーメンを食べる。
たったそれだけの時間が、
圭介にとっては何よりも尊い。
***
そして明宏。
キムチチャーハンをかき込みながら、
全く別の世界にいた。
『あぁ……あのアマゴ……ネットイン直前でバレたあのアマゴ……ううぅ……悔しい……』
口では
「チャーハンうま」
と言いながらも、
心の中は99%アマゴで埋め尽くされていた。
そんな三者三様の市川家。
今日も平和である。
◆蒸しパンは深夜でも別腹!熱海ラストミッション◆
伊豆の子ラーメンで満腹になった市川家は、
海沿いの夜道を 熱海へ向けてドライブ再開。
運転:圭介
助手席:愛生(満腹でご機嫌)
後部座席:明宏(魂が抜けたように爆睡)
エンジン音と潮騒に包まれ、
車はスーッと熱海の街へ吸い込まれていく。
◆22時、熱海イヨンスーパーに到着
駐車場に車を停めると、
圭介「さて、蒸しパン買いに行こうか」
愛生「うんっ!」
明宏は、
**「今日もう30時間起きてました?」**レベルの熟睡だったため、
車に置いていくことに。
スーパーの中は、夜なのにほのかに賑やか。
その奥に、例の 蒸しパン屋 が光を放っている。
◆蒸しパン天国、愛生、覚醒
棚いっぱいに並ぶ蒸しパンの群れを見た瞬間——
愛生「わぁ〜っ!美味しそう〜!!」
今日一番のテンション爆上がり。
釣りの時より、ラーメンの時より、
明らかに元気だった。
圭介
「チョコ味、美味しそうだぞ?」
愛生
「えー普通じゃん。他のにする!」
(※普通のチョコが却下されました)
愛生は楽しそうに、
「イチゴは花音ちゃんに、抹茶も花音ちゃんかな。
カボチャとつぶあんはお母さん……」
と呟きながら、次々と蒸しパンをカゴへ放り込む。
その姿はまるで、
蒸しパン界の “選ばれし審査員” のよう。
圭介も負けじと、
「俺はレーズンと……シンプルにメープルかな」
だが、愛生が選んだ数はさらに多かった。
花音・お母さん・明宏の分を買い終えたあと……
自分の分だけで4つ購入。
食いしん坊、ここに極まれり。
◆無事購入!→満足げに抱えて車へ
会計後、
愛生は 自分の蒸しパン4つを抱え
ほくほく顔で車へ戻った。
時計を見ると 22時半。
これから横浜へ帰るミッションが残っている。
圭介(内心)
「帰宅……1時とかかな……はぁ……」
※でも楽しいから許す。
◆帰り道、愛生、我慢できず……!
熱海を出て数分後。
愛生は助手席で袋をガサゴソ……
次の瞬間——ガブッ!
圭介
「……早っ!? もう食べてる!?」
愛生
「だってぇぇ……イチゴの匂いが誘惑してくるんだもん……」
頬をふくらませながら、
「あ〜甘くてしっとり柔らかい……しあわせぇ……」
と、食べ盛り全開である。
今日一番食欲が働いているのは間違いなかった。
圭介は苦笑いしながらも、運転席で眠そうな顔をしつつ運転を続ける。
家族で走る深夜の帰り道。
疲れているのに、なぜか心はあったかった。




