勇者「そろそろ出勤か」⑧ 2章始
魔王はゆっくりと瞼を開けた
いつもの見慣れた天井、いつもの見慣れた玉座の間
いつもの静寂
窓の外はまだ暗く、魔王の城は昼でもいつも薄暗い
魔王は小さく息を吐く
魔王「......そろそろ出勤か」
誰に聞かせるでもない独り言だった
玉座の横には、一枚の紙が置かれている
それは毎朝届く、一日の予定表
今日の巡回区域、魔物たちへの指示
重要な勇者の動向
そして最後には、いつもと変わらぬ一文が記されていた
『魔王として忘れるな』
魔王は鼻で笑った。黒いマントを羽織る
鏡に映るのは、世界が恐れる"魔王"
しかし、その顔に浮かぶのは威厳ではなく、勇者と同じ疲労であった
玉座の扉が静かに叩かれる
魔物「魔王様。お時間です」
魔王「ああ...」
重々しい扉が開く。幹部たちが一斉に頭を下げる
魔物「おはようございます!」
魔王は小さく頷く
魔王「では、始めようか...」
魔物幹部1「本日の報告です」
魔物幹部1「西の森に新人ゴブリンを配属しました」
魔物幹部2「オーク部隊は人間との接触を避けています」
魔物幹部3「スライムの繁殖数が予定より増加しています」
魔物幹部4「東の人間の町を.....」
魔王は手を軽く上げた
魔王「その件は一旦保留だ」
一瞬、場が静まる
魔物幹部4「......保留、でございますか?」
魔王「勇者.....いや、暫定対外調査員の動きがまだ読めん」
魔王は紙を一枚めくる。勇者の行動履歴
人間側との接触頻度、魔物への介入状況
魔王「今は刺激するな。接触ラインを一段後ろに下げろ」
魔物幹部たちが一斉に頷く
魔物幹部1「承知しました」
魔王「それとオーク部隊」
魔物幹部2「はい」
魔王「“戦闘待機”じゃなく、“警戒巡回”に変更しろ。無駄な緊張を持たせるな」
魔物幹部2「……了解です」
これが世界を震え上がらせる魔王の一日
──それは世界征服ではない
決められた役割を、今日も演じるための仕事だった
人間と魔物は、表向きには共存への道を歩み始めている
だが、魔王という役職は終わっていなかった
魔物を束ねる者。人間が恐れる象徴
その肩書きを捨てることは許されない
魔王は玉座に座り王冠を手に取り見つめる
魔王はため息をつき、机の横の別の山を見た
それは報告書の束だった
『勇者接触記録』
『魔物被害申請書』
『人間側抗議文書』
『神域通信ログ』
魔王「......多いな」
誰に言うでもない
魔王「今日も演じるか.....」




