勇者「そろそろ出勤か」⑨
骸骨戦士「........」
骸骨戦士は、静かに目を開けた。
眠る必要など、本来はない。
呼吸もいらない。鼓動もない。腹も減らない。眠気も来ない。
それでも、朝になると目が覚める。
正確には、瞼などない、ただ意識が戻るだけだった。
骸骨戦士「......朝か」
誰に聞かせるでもない声が、薄暗い部屋に落ちた。
寝台の横には、少し古びた鎧が置かれている。
骸骨戦士は無言で鎧を手に取る。留め具を締める。
革紐を引く。胸当てを鳴らす。
腕を通し、肩を回す。
着慣れない布の服よりも、こちらの方がずっと落ち着く。
昔からそうだった。
旅に出る朝は、必ず鎧を確かめた。
刃を確かめた。柄を軽く握った。
仲間たちがまだ眠っている横で、誰よりも先に支度をしていたからだ。
勇者はいつも寝坊していた。
魔法使いはブツブツ文句を言いながら起きていた。
僧侶は眠そうな顔で、皆の朝食を用意してくれていた。
戦士は。戦士だった頃の自分は。
それを見て、いつも笑っていた。
骸骨戦士「.......」
剣を抜く。刃に欠けはない。
柄を握る。鞘に納める。
もう必要のない確認だった。
それでも、やめられなかった。
骸骨戦士は剣を腰に納める。
机の上には、今日の予定表が置かれている。
『東区物資搬入確認』
『人間側調整部署との納期連絡』
『魔王軍統治局・定例報告』
最後に、小さく一文。
『骸骨戦士として忘れるな』
骸骨戦士は、その文字をしばらく見ていた。
骸骨戦士「......そろそろ出勤か」
部屋を出る。魔物たちが慌ただしく動いていた。
ゴブリンが書類を抱えて走り、オークが荷車を押し、スライムが床の掃除をしている。
誰も骸骨戦士を怖がらない。
ここでは、骸骨であることなど珍しくもなかった。
だが俺は歩き方も昔と変わらない。
周囲を警戒しながら歩く。
敵がいるわけでもない。
戦う必要などない。
それでも身体は反応する。危険を探す。
仲間を守る位置を取る。
昔から染み付いたものだ。
骸骨戦士「.......」
ふと、自分で笑いそうになった。
もう守る仲間などいないというのに。
そして、待ち合わせの場所にその人物は現れた。
一目見た時から分かっていた。
間違えるはずがなかった。立ち姿。
周囲を見る視線。
相手に警戒を悟らせない話し方。
全部、昔のまま。ただ少し老けた。
勇者「お待たせしました」
そう言って彼は頭を下げる。
私が、かつて背中を預けた仲間。
骸骨戦士「無茶を言ってすまなかった」
私は、ただの取引相手として返事をする。
それでいい。それが正しい。
今さら名乗ることなどできない。
私はもう、あの頃の戦士ではない。
話を進める。内容は普通の取引だ。
必要な情報。条件。今後の関係。
だが。
私は会話をしながら、ふと彼を見た。
昔と同じ癖
相手の言葉を聞く時、少しだけ首を傾ける
考える時、右手が剣の近くへ動く
相手が困っていると、先に助け舟を出す
何も変わっていない
変わってしまったのは、私の方だ
勇者「.....」
勇者がこちらを見る。
骸骨戦士「どうしたんだ?」
勇者「...いいえ」
しばらく沈黙が続いた、その時。
勇者がふと口を開いた。
勇者「変なことをお聞きするんですけど」
骸骨戦士「...あぁ」
勇者「以前、どこかでお会いしませんでしたか?」
その瞬間、身体が止まりそうになった。
もちろん骸骨の身体が本当に止まるわけではない。
だが、心だけは動いた。
骸骨戦士「......いや」
勇者「そうでしたか。失礼しました」
勇者は再度書類に目を落とす、視線の端で赤いネックレスが一瞬光って見えた
勇者「.......」
勇者「えー、それでは納期としては、このあたりで出来ますので......」
勇者はまだ知らない。
目の前にいる存在が。
失ったと思っている仲間だということを。
そして私も、まだ名乗るつもりはない。
そもそも私には、その資格はない。
勇者「あと、今後の新たな素材取集を進めようと思いまして...」
魔獣を引いた荷車が勇者の横を通り過ぎる。
勇者は書類に目を落としたまま、一歩前へ出た。
その瞬間だった。
骸骨戦士は無意識に半歩前へ出る。
勇者の肩を軽く押し、自らが車との間へ立った。
車は何事もなかったように横を通り過ぎる。
勇者「あっ......すみません」
骸骨戦士「......気にするな」
骸骨戦士自身も、なぜ身体が動いたのか考えたくなかった
昔からそうだった
危険があれば、考えるより先に身体が動く
勇者は礼を言い、再び歩き出す
だが数歩進んだところで、勇者は少し足を止める
勇者「.......」
何かが引っ掛かった。理由は分からない
今の動き、どこかで見た気がした
だが思い出せない
勇者「失礼しました....それでは続きをお話しします」
何事もなかったように勇者は仕事へ戻る
納期、搬入予定、今後の素材調達
話は滞りなく終わった。
勇者「本日はありがとうございました」
骸骨戦士「.....ああ」
勇者は軽く頭を下げ、その場を後にした
遠ざかる背中を、骸骨戦士は静かに見送る
あの歩き方も。あの背中も
何一つ変わっていなかった
骸骨戦士「.......」
言葉にはしない。言えるはずもなかった
私はもう、戦士ではない。
あの日に、置いてきた。
骸骨戦士は職場へ戻る。
机には今日処理すべき報告書が積まれていた
搬入状況、勇者側との納期調整
一つひとつ目を通し、署名を入れる。
書類を重ね、机の端へ静かに置いた
今日も一日が終わる
骸骨戦士「.....また明日か」
椅子にもたれ掛かる。眠ることはない。
深い静寂の中へ、意識はゆっくりと沈んでいった。




