勇者「そろそろ出勤か」④
僧侶は魔王を見て、唇を噛む。
僧侶は、戦士の背中を見ていた。
玉座の間に入った瞬間からずっとだ。
いつもより、少しだけ姿勢が硬い。
いつもより、少しだけ声が少ない。
それだけで分かってしまう。
僧侶(ああ、もしかしたらまた、仕事なのかな......)
僧侶はそういうのに、妙に気付いてしまう性格だった。
戦士は、僧侶に気付かないふりをしていた。
気付いていたら、壊れると思っていたからだ。
あの優しさは、そういう種類のものだと。
魔王の足元に紙が広がる。
音もなく、机もないのに、そこに“契約”だけが置かれる。
僧侶に一枚。魔法使いに一枚。
魔王「さて僧侶。貴様は既に適性が確認されている」
僧侶「......適性?」
魔王「治癒、精神安定、兵站管理。魔王軍において最も希少な資源だ」
僧侶は笑ったつもりだったが、失敗していた。
僧侶「そんなの、ただの回復魔法......」
魔王「違うな。貴様は"人を助けることを諦められない"」
その言葉で、僧侶の指が止まる。
戦士が、わずかに息を吐いた。
魔王「僧侶、貴様は魔王軍医療統括補佐として任命する。」
僧侶「......イヤ」
即答だった。初めての抵抗だった。
魔王は少しだけ目を細める。
魔王「拒否は可能だ」
僧侶「なら......」
魔王「だがその場合」
紙が一枚、僧侶の前に滑る。
そこにはすでに“戦士の村”という文字があった。
僧侶の呼吸が止まる。
魔王「保護優先順位は下がる」
魔王「戦士の監視対象も、もしかしたら再編されるのだろうな」
戦士の肩が、ほんの少し動いた。
僧侶「......それは」
僧侶の声が震える。
僧侶「脅しですか」
魔王「さて、それはどうかな」
沈黙。
勇者が何か言おうとする。
まだ沈黙が続く。その時。
魔法使いが、僧侶を見ていた。
僧侶は気付いていない。
でも魔法使いは知っていた。
この子が戦士を見る目を。
戦場でも、休憩でも、夜でも。
ずっと同じ目をしていたことを。
魔法使い「......バカ」
僧侶「え?」
魔法使いは一歩前に出る。
そして、契約書を見下ろす。
魔法使い「それ、私書くわ」
勇者「おい、やめろ!」
魔法使い「うるさい」
僧侶が顔を上げる。
僧侶「なんで......魔法使いさんが.......」
魔法使いは一瞬だけ僧侶を見る。
その目は、少しだけ優しい。
少しだけ悔しい。
魔法使い「あなた、ほんと分かりやすいのよ」
僧侶「......?」
魔法使い「戦士のこと、ほんと見すぎ」
僧侶の顔が赤くなる。
僧侶「そ、そんな.......!」
魔法使い「ありすぎるのよ」
即答だった。魔法使いは、ペンを取る。
契約書の上で止まる手。
一瞬、ペン先が震える。
魔法使い「実は、私さ」
小さく言う。
誰に向けた言葉でもない。
魔法使い「勇者、あんたのこと好きだった」




