勇者「そろそろ出勤か」③
焚き火の前で酒を飲んでいた夜も。
洞窟で死にかけそうになった時も。
魔法使いとくだらない言い争いをしていた時も。
僧侶に傷を治してもらっていた時も。
ずっと同じ顔で笑っていた。
だから俺はアイツを信じていた。
こいつだけは裏切らないと。
―――
玉座の間。
魔王が契約書を放り投げる。乾いた音が響いた。
勇者はまだ信じていなかった。
国王が裏切っていた?
戦士は魔王と繋がっていた?
そんなものどうでもいい。
戦士が隣にいたからだ。
あいつが笑い飛ばしてくれると思っていた。
「くだらねぇ嘘だ」
そう言ってくれると思っていた。
だが、戦士は武器を落とした。
ガランガラン、金属音が鳴り響く。
勇者の心臓が嫌な音を立てた。
戦士はゆっくりと魔王の方へ歩いていく。
勇者は理解できなかった。
いや、理解したくなかった。
勇者「おい」
声が出る。
勇者「おい、戦士!」
戦士は振り返らない。
勇者「おい!!!」
もう一度呼ぶ。
勇者「......何やってんだよ」
戦士の肩がわずかに震えた。
戦士「...悪いな」
勇者は目を見開く。
勇者「何がだ」
戦士「...全部だ」
戦士はようやく振り返った。
その顔を見た瞬間、勇者は言葉を失った。
泣きそうな顔だった。
今にも崩れそうな顔だった。
旅の間、一度も見たことのない顔だった。
戦士「俺の村はな」
戦士は小さく笑った。
戦士「お前らと会う前から...」
沈黙が続く。
さっきから耳鳴りがしている。うるさい。
戦士「いや、いい、悪い...」
魔法使いが息を呑む。僧侶は泣き崩れていた。
戦士は頭を掻きながら、また笑いながら言った。
戦士「俺はな、監視役だったんだよ」
戦士「最初からな」
勇者は首を振る。
そんなはずはない。そんなはずがない。
勇者「嘘だ。だったらさ、」
勇者の声が震える。
勇者「だったらあの時はなんだったんだよ」
酒場で笑った夜。皆で朝まで騒いだ夜。
戦士が肩を貸してくれた夜。
命を預け合った戦い。
勇者「あれも仕事、なのかよ?」
戦士は答えない、ただ目を伏せたまま動かない。
それだけで十分だった。
勇者は拳を握りしめる。拳から血が垂れていた。
戦士は静かに言った。
戦士「......楽しかったんだよ」
勇者の呼吸が止まる。
勇者「は?」
戦士「楽しかった」
戦士は笑った。いつもの笑顔から泣きそうな顔で。
戦士「だから嫌だった。情なんか持つなって言われてた」
戦士「仕事だからって」
戦士「どうせ最後にはこうなるって分かってたから」
戦士は勇者を見る。初めて。仲間として。
戦士「でも無理だったんだわ」
戦士「お前らといるの楽しかったんだよ」
誰も何も言えない。
戦士「魔王倒したら何するかって話したろ」
戦士は苦笑した。
戦士「俺、本当はあれ、信じてたんだ」
勇者の脳裏にあの焚き火をしていた夜が蘇る。
戦士『魔王倒したら故郷帰るかな』
勇者『お前故郷嫌いだろ』
戦士『まぁな』
星が嫌に瞬いていた。あの日。あの夜。あの笑い声。
全部本物だった。だからこそ残酷だった。
戦士は目を閉じる。魔王は憐れんだ目で見ている。
戦士「...悪い、みんな」
それしか言えなかった。
やっぱりお前らのせいなんだ。
沸々とした怒りと悲しみと何かが湧き上がる。
勇者は叫びたかった。
殴りたかった。許したかった。許せなかった。
自分が何もできなかった。何も知らなかった。
ただ、自分たちの旅が。
自分の人生で一番輝いていた時間が。
今ここで終わったのだと、音を立てて崩れていった。
それだけは分かってしまった。
魔王は肩をすくめる。
魔王「やれやれ、長年のお勤めご苦労だった、戦士よ。」
魔王「切りかかってくるとは、演技であったか?」
戦士の首にあるネックレスが赤く点滅しながら光っていた。
アイツあんなのずっと付けてたか...?
戦士が魔王の近くに立つ。
戦士「まぁ、最後の演技だ。魔王さんよ。わりぃな」
魔法使い「そんなの......そんなの、私たちずっと......!」
勇者「黙れ」
短く、震えた低い声だった。
空気がわずかに締まる。
勇者は一歩前に出た。
勇者「それが本当だとして、俺たちがここまで来た意味はなんだ」
魔王「意味?」
魔王は、初めて少しだけ笑った。
魔王「意味など最初から無い。だが——役割はあった」
勇者は、ゆっくりと剣へ視線を落とした。
額縁の中で埃をかぶっていた、あの剣。
あのときは、光って見えた。
そして今はただの鉄塊だ。
魔王「そして今回、お前たちは“更新期限”を過ぎた」
戦士「......どういう意味だ」
魔王「世界は一度、次のフェーズへ移行させる」
魔王「これ以上の暴力は、魔王軍にとっても貴様らにとっても「コストの無駄」でしかない」
魔王「つまり、この世界は一度、和平を結び平和を演じようではないか」
玉座の間に、妙な静けさが落ちる。
魔王の言葉だけが、やけに事務的に響いていた。
魔王「では改めて提案しよう。戦争は終わりだ」
勇者「......終わり?」
魔王「そうだ。だが“完全な終結”ではない。“運用の変更”だ」
魔王「暴力はもう業務外だ。今後は“交渉”にて処理する」




