勇者「そろそろ出勤か」1章2話
魔王「グ……さすがは腐っても勇者一行。なかなかやるじゃないか」
勇者たちと魔王は熾烈な戦いを繰り広げていた
僧侶は魔法使いの傷を癒し、戦士は盾を構え直す
誰もが限界寸前だった
それでも、勇者だけは剣を握る手を緩めなかった
魔王「……一応、聞いておこう」
魔王はため息をつく
魔王「その力を失うには惜しいな、我が軍門に下る気はないか?」
勇者「断る」
即答だった
勇者「お前みたいな奴に誰が従うか」
勇者「お前がいるせいで魔族たちが暴れて、町は焼かれて……」
勇者「そのせいで農民は職を失う。治安は悪くなる。何もかも滅茶苦茶なんだよ」
勇者「俺たちは、それを終わらせるためにここまで来たんだ」
戦士「……しかしよ」
戦士が苦笑する
戦士「やっぱ強ぇな……」
魔法使い「はぁはぁ、私たちが、どんな思いで来たのかも知らないでしょ!」
魔王「フン。所詮人間なのだから仕方あるまい。それに余がいなくなったとて、本当の意味では変わらん」
勇者「いや、てめぇがいなくなった方がまだ平和だ」
僧侶「魔王、嫌い!」
魔王「幼稚な感想だな」
勇者が剣を振り下ろす
だが、刃は魔王を捉えず、虚空を切った
続けて魔法使いが炎の玉と、冷気で作り出した刃を放つ
二つの魔法は左右から魔王へ迫るが、どちらも届かなかった
魔王「フン、所詮貴様は何も知らん愚者。いや、何も知らん道化よ」
魔王「勇者よ、まだ気が付かないのか?」
魔王「国王はすでに余の前に膝をついているのだ」
勇者「はぁ?何を言ってやがんだ?」
魔王「教えてやろう」
魔王「貴様が旅立つ前から国王とは話がついているのだよ」
魔王「圧倒的な余の力にひれ伏したのだ」
魔王「挨拶しに出向いた時だ。指先一つで城の者が数人動かなくなってしまった」
魔王「国王はひどく怯えていたよ」
魔王「貴様が旅立つとき、国王の顔を見ていなかったのか?」
魔王「水晶越しに見ていたが、あれは実に傑作だった」
勇者の手が震える
少しだけ心当たりがあった
いや、違和感はあった
けど、それを考えないようにしていた
物資が揃いすぎていた
情報は常に届いていた
依頼の流れが妙にスムーズだった
勇者「……」
そんなはずはない
そんなはずはないのに
視界の端に、あの国王の顔がよぎる
何も言わなかった顔
何も言えなかった顔
疲れ切り、光を失った目だった
勇者「……そんなこと、あるわけないだろ」
ようやく声が出た
……俺らは道化だったのか?
俺らは何のためにやってきた?
勇者「ふ、ふざけんな!そんなのデタラメに決まってる!」
魔法使い「そうよ。第一、何の証拠もないじゃない!」
魔王「所詮、貴様のような平民出身の者が知るわけもない」
魔王「さて、ここまで来てもらって早々だが、戦いはもう終わりにしよう」
戦士が床を蹴り、魔王へ斬りかかる
戦士「話は分かったが、納得はできないな」
だが、剣が届くより早く、黒い衝撃が戦士の身体を弾き飛ばした
戦士は瓦礫の山へ背中から叩きつけられる
戦士「ぐっ……やっぱり駄目か……」
僧侶「戦士さん!」
魔王「まだ戦うのか。何のために貴様らをここまで来させたと思っている」
魔法使い「はぁ?私たちはあんたを倒すために来たのよ!」
魔王はローブから一枚の紙を取り出した
それは、古びた羊皮紙でも、呪文書でもなかった
整った印字
角には王国の紋章
さらに、見慣れた署名
勇者は目を細める
表題には、『勇者派遣契約書』と記されていた
勇者「……は?」
魔王「貴様は知らされていない」
魔王「なぜなら――」
魔王「貴様は『英雄』ではない。ただの現場要員だ」
勇者「ふざけるな!俺は国王の命を受けて――」
魔王「それは、誰から聞いた?」
勇者の声が止まる
魔王「王国と魔王軍が交わした『和平維持契約』。これは、それに付随する勇者派遣契約だ」
魔王「その条項には、こう記されている」
魔王「『勇者は、魔王討伐を目的とした巡回業務を担う』」
魔王は紙を指で弾いた
パサッと乾いた音が、玉座の間に響く
勇者の喉が、ひくりと動いた
魔王「魔王という脅威を残せば、民の不満は国王ではなく余へ向く」
魔王「貴様らが魔物を退ければ英雄譚が生まれ、失敗すれば恐怖が残る」
魔王「どちらに転んでも、国はまとまる」
勇者の視界が、わずかに揺れた
戦士「……あー……ははっ」
戦士は俯いたまま笑っていた
勇者「おい、戦士……笑ってないで、剣を構えろよ……」
戦士はまだ笑っていた
肩を震わせ、歯を食いしばりながら
その頬には、一筋の涙が流れていた




