勇者「そろそろ出勤か」
勇者「勇者辞めてから何年経つんだ?」
そう呟いた男は、もう世界を救った英雄の顔をしていなかった。
ネクタイを締め、寝癖を直す。
ふと鏡を見る。
そこには疲れた中年男性が写っていた。
勇者「老けたな...」
閃光のように駆け抜ける体、柄が血と汗で滲む剣
苦楽を共に分かち合った仲間たち。
今では対比するかのような怠惰で不調が続く体
額縁には飾られた埃まみれの剣
過去の仲間達は手紙で何度かやりとりをするだけになってしまった。
世界中が自分の名前を呼んでいたと思ってた。
勇者。
その称号が、重くて誇らしかった。
……あの頃は。
今よりずっと苦しかったはずなのにな。
勇者「あの頃の方が、楽しかったな」
魔法で日常になってしまった煙草に造作もなく火をつける。
壁紙もいつのまにか茶色く、くすんでいた。
昔なら気にも留めなかった汚れだった。
勇者「みんな元気でやってるのか?」
誰に向けた言葉なのか。
自分でもよく分からなかった。
白煙をぼんやりと見つめながら勇者は思い出す。
勇者「俺は、勇者だったんだ。あん時までは...」
RRRRR......
すさんだ部屋に場違いな音が鳴り響く
勇者「あぁーーー、はいはい」
ピッ
勇者「はい、もしもし勇者です。あ、骸骨戦士様いつもお世話になっております!」
声が自然に"仕事用"に切り替わる
勇者「こないだの懇親会ありがとうございました。魔王様もお元気そうで良かったです」
いつものトーン、魔族と話すなんて考えられなかった
勇者「えぇ、それじゃあまた今度の定例会で」
勇者「あーーー納期の件ですか。ちょっとまだ回答きていないので分からないんですよー」
数年前までは殺し合った相手。
勇者「分かり次第すぐにご連絡しますので、よろしくお願いします。はい、それじゃあ」
ピッ
勇者「あーーーーだりぃ......」
ピッ
勇者「あーもしもし、骸骨のところから早くモノ寄こせって電話来たわー、なんとかできねー?」
商人「いやぁ、あれ無理っすよ。納期回答したじゃないっすかー。いくら魔王と協定を結んだところで色々と溝が深すぎるんすよー」
勇者「んなことは知ってんだよ。おまえんところで早く素材提供できるから頼んだんじゃあねぇか」
商人「はいはい、相変わらず厳しいですねぇー、まぁ聞くだけ聞きますけど、無理だと思いますけどねぇー」
勇者「さっさと取ってこい、でないとシバくぞ」
商人「まぁ頑張っても1日ぐらいってところですかねー。無理ならご自身で行ってくださいね。あ、でもその体じゃ、、、」
ピッ
通話が切れる。
勇者「知ってんだよ、そんなことは」
勇者「...もう知ってんだよ」
鏡を横目で見てため息をつく。
分かっていたことだった。
あの日。魔王城の最後の戦い。
世界を変えたいと願った戦い。そして。
俺が勇者を"本当に辞めた理由"それは。
誰にも話していない。俺はあの日魔王と......




