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勇者「そろそろ出勤か」  作者: 小鳥遊 佑鷹


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勇者「そろそろ出勤か」3章14話

リリアを見送った日の夜


骸骨戦士は一人で部屋へ戻った


部屋は暗かった


窓際にはベッド


その傍には、あの日と同じ場所に椅子が置かれていた


暖炉の前には小さな机


壁には、何度も繕われたマント


机の上には、木のコップと小さな薬袋が残っている


机の下には、使い込まれた旅鞄


どれも、リリアがいた時のままだった


骸骨戦士は何も言わず、机へ向かう


壁からマントを外す


静かに畳む


薬袋をその上へ置く


木のコップへ手を伸ばす


その手が、一瞬だけ止まった


最後に、机の下の旅鞄を持ち上げる


留め具が外れていた


鞄が少し傾く


コトッ……


何かが床へ落ちた


一冊の古びた革の手帳


骸骨戦士の手が止まる


……見覚えがあった


遠い昔


僧侶の家の二階


リリアが隠そうとしたものの、僅かに覗いていた革の背表紙


骸骨戦士は手帳を拾い上げる


窓の外では、冷たい風が吹いていた


蝋燭へ火を灯す


小さな炎が部屋を照らす


椅子へ腰を下ろす


両手で手帳を持つ


しばらく表紙を見つめていた


やがて、ゆっくりと開く


ペラッ……


静かな部屋へ紙の音だけが響いた


最初のページ


丁寧な文字で一つだけ名前が書かれていた


『僧侶』


骸骨戦士は、その文字を見つめる


もう一枚


ペラッ


『今日もたくさんの人が笑ってくれました』


ペラッ


『小さな子が元気になりました』


ペラッ


『お花をいただきました』


ペラッ


『魔族のおばあさんが元気になって良かったです』


ペラッ


『今日も戦士さんは朝早く起きていました


朝になると、いつも家の周りを歩いてくださいます


何も言いません』


骸骨戦士は動かなかった


次のページへ指を添える


ペラッ……


『今日も戦士さんは花へ水をあげてくださいました


最初は全部折ってしまっていたのに、


最近は少しだけ上手になりました。』


もう一枚


ペラッ……


『村の子どもが今日も泣いていました。


戦士さんは何も言いません


転んだ子を静かに起こして、


落ちた木の実を拾ってあげていました。』


ペラッ……


『私は、自分がいなくなることよりも


戦士さんを一人残してしまうことのほうが、少しだけ怖いです。』


『明日も、きっと二人で朝を迎えられますように。』


指先が少し震えた


やがて、僧侶の丁寧な文字が途切れる


次のページ


骸骨戦士は静かにめくる


ペラッ……


そこには、先ほどまでとは違う文字が書かれていた


少し丸みのある文字


旅の地図の余白で、何度も見た文字


『僧侶さん、ごめんなさい』


リリアの文字だった


『あの人は今日、村で泣いていた子どもを家まで送っていました。


お母さんがお礼を言っても、いつものように頷くだけでした。』


ペラッ……


『あの人は今日、荷車を動かせずに困っていたおじいさんを助けていました。


全部終わる前に、何も言わずにいなくなってしまいました。』


文字は違う


それでも、書かれていることは何も変わらなかった


誰かを助けたこと


何も言わなかったこと


お礼を受け取る前に立ち去ったこと


自分のことを、いつも後回しにしていたこと


ペラッ……


『あの人は――』


ペラッ……


『今日も、あの人が――』


ページをめくるたび、日付が進んでいく


季節が変わる


年が変わる


丸みのあった文字も、少しずつ落ち着いていった


骸骨戦士は、また一枚めくる


ペラッ……


『戦士さんは今日も、私が眠るまで暖炉の前へ座っていました。


何も話しません。


でも、嬉しいです。』


骸骨戦士の指が止まる


そのページに書かれた、


戦士さん


蝋燭の火が揺れる


窓の外で冬の風が鳴る


骸骨戦士は、もう一度ページをめくった


ペラッ……


『戦士さんは今日、傷ついた小鳥を木の下へ運んでいました。』


ペラッ……


『戦士さんは今日も、村の子どもを助けていました。』


ペラッ……


『戦士さんは、壊れた荷車を一人で直していました。


持ち主が戻ってくる前に、またいなくなってしまいました。』


いつしか、書かれている呼び名は


「あの人」から「戦士さん」へ変わっていた


やがて、リリアの文字も少しずつ変わっていく


小さくなり、


僅かに震え


それでも丁寧に書かれていた


骸骨戦士は一ページずつ読み続ける


そして、


最後に文字が書かれたページへ辿り着いた


『今日は、少しだけ歩くのが遅くなってしまいました。


戦士さんは何も言わず、


私の歩幅に合わせてくれました。


気付いていないと思っているようなので、


私も気付かないふりをしました。』


その下に、短い一文


『戦士さんは、今日も優しかったです。』


骸骨戦士は動かなかった


次のページをめくる


何も書かれていない


もう一枚


そこにも、何も書かれていない


蝋燭は、いつの間にか短くなっていた


骸骨戦士は最後の文字へ指を添える


しばらく、そのままでいた


やがて、


ゆっくりと手帳を閉じる


リリアの旅鞄へは戻さなかった


骸骨戦士は古びた手帳を、


自分の鞄へ静かにしまった

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