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勇者「そろそろ出勤か」  作者: 小鳥遊 佑鷹


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勇者「そろそろ出勤か」3章13話

朝


部屋はまだ薄暗い


暖炉には、昨夜の薪がわずかに赤く燃え残っている


外から鳥の鳴き声が聞こえる


その静けさを破るように、


リリアの咳が響く


昨日までとは違う


短い咳ではない


息を吸うことすら苦しそうな咳


骸骨戦士はすぐに椅子から立ち上がる


昨夜は眠っていない


いつものことだ


慣れた手つきで背中へ手を添える


少しだけ身体を起こす


咳は少し落ち着く


木のコップへ水を注ぐ


リリアは両手で受け取ろうとする


少し震えている


骸骨戦士は黙って支える


一口だけ飲む


小さく笑う


「……ありがとう」


骸骨戦士は静かに頷くだけ


余計な言葉はない


そこへ玄関を叩く音


村の医者


何日も通ってくれている老人


診察は短い


脈を見る


胸の音を聞く


長い沈黙


老人はゆっくり立ち上がる


新しい薬はない


新しい治療もない


それでも、


「今日も様子を見ましょう」


玄関を閉める音だけが少し重く感じる


骸骨戦士は暖炉へ薪を一本くべる


部屋が静かになる


薪が弾ける音


時計はない


聞こえるのは暖炉だけ


骸骨戦士は薬を用意する


薬草をすり潰す


湯を沸かす


香りが部屋へ広がる


この作業は何日も続けてきた


手慣れている


薬を飲み終えたリリアは、


少しだけ窓を見る


外では村人が畑へ向かっている


子どもが走っている


冬なのに、


今日は少しだけ日差しが柔らかい


リリアが笑う


「今日は……いい天気になりそう」


骸骨戦士も窓を見る


返事はしない


でも、ほんの少しだけ窓を開ける


冷たい冬の風が入る


リリアは目を細める


「気持ちいい」


骸骨戦士は窓を閉める


寒くならないよう


昼が近付くにつれ、部屋へ差し込む光は少しずつ強くなっていった


リリアは何度か眠り、何度か目を覚ました


その度に、骸骨戦士は同じ椅子へ座っていた


どこにも行かず、


ただ、ベッドの傍にいた


「ねぇ……」


小さな声だった


骸骨戦士は椅子をベッドへ寄せる


布団の上へ置かれていた手を取った


細く、しわの増えた手


何十年も共に旅をしてきた手だった


リリアは骸骨戦士の骨の指を、弱い力で握り返す


少しだけ笑った


「ずっと、こうして?」


骸骨戦士は頷いた


しばらく、二人とも何も話さなかった


窓の外から子どもたちの声が聞こえる


荷車が石畳を進む音


遠くで薪を割る音


いつもと変わらない村の一日だった


やがて、骸骨戦士が口を開く


骸骨戦士「俺は……」


言葉が止まる


リリアの手を握ったまま、長い沈黙が流れる


骸骨戦士「かつて、お前の町を守った戦士だった……」


リリアは驚かなかった


怖がることもなかった


ただ、穏やかに笑った


「……知ってたよ」


骸骨戦士の指が僅かに動く


「ずっと前から」


どうして知っていたのか


リリアは話さなかった


骸骨戦士も尋ねなかった


リリアは骨だけの手を、もう一方の手でも包む


「でもね」


「私がついていった時は、まだ知らなかったんだ」


少しだけ息を整える


「ただ、お花を置く手が優しかったから」


「だから、この人と一緒に歩いてみたいって、そう思ったんだ」


骸骨戦士の手が、ほんの僅かに震える


リリアは最後に、もう一度だけ笑った


「私が一緒に歩きたかったのは」


「戦士様じゃなくて……あなただったから」


骸骨戦士「……あぁ」


「……疲れちゃったから、少し眠るね」


骸骨戦士は静かに頷いた


リリアはゆっくりと目を閉じた


握っていた手の力が、ゆっくりと緩んでいく


やがて、静かな寝息だけが部屋へ残った


夜が深くなるにつれ


その寝息は少しずつ小さくなっていった


いつ途切れたのか


骸骨戦士にも分からなかった


翌朝


骸骨戦士はいつものように湯を沸かした


薬草をすり潰し


木のコップへ水を注ぐ


リリアは目を覚まさない


骸骨戦士はベッドの傍へ座る


肩へ手を添える


反応はなかった


骸骨戦士「……リリア」


初めて名前を呼んだ


それでも、目を開けることはなかった


骸骨戦士は動かなかった


手を添えたまま、


リリアの顔を見つめていた


骨の指だけが、僅かに震えている


村人の声が遠くに聞こえる


村はいつも通り動いている


どのくらいの時間がたったのだろう


窓から差し込む昼の光が、ゆっくりと床を移動していく


白かった光は、やがて淡い橙色へ変わった


村から聞こえていた声も


少しずつ遠ざかっていった


それでも、骸骨戦士は動かなかった


夕日が山の向こうへ沈み


部屋が少しずつ夜へ包まれていく


リリアの手が


もう一度握り返すことはなかった


それでも骸骨戦士は動かなかった


窓から差し込んでいた最後の光が消え


重なった二人の影が夜へ溶けていった


最後まで、


その手を離さなかった

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