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勇者「そろそろ出勤か」  作者: 小鳥遊 佑鷹


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勇者「そろそろ出勤か」3章9話

夕日が山の向こうへゆっくりと沈んでいく


窓から差し込んでいた橙色の光も、少しずつ部屋から消えていった


掃除を終えた家は静かだった


床は綺麗に磨かれ、窓からは風が吹き込んできた


リリアは大きく息を吐いた


「綺麗になりましたね」


骸骨戦士は部屋を静かに見渡す


何も言わない


リリアは小さく笑った


「これなら僧侶さんもきっと喜びますね」


返事はなかった


それでも、どこか穏やかな時間だった


外では虫たちが鳴き始めている


夜は少しだけ早かった


簡単な夕食を済ませる


パンと温かい野菜のスープ


静かな食卓だった


食器が小さく触れ合う音だけが部屋へ響く


リリアは時々骸骨戦士を見る


骸骨戦士は相変わらず何も食べない


暖炉の火だけを静かに見つめていた


その姿は少しだけ寂しそうにも見えた


食事を終える


リリアは食器を片付ける


昼間見つけた古い手帳


その姿が頭から離れなかった


リリアはそっと立ち上がる


軋む階段を一段ずつ上っていく


ギシ……ギシ……


少し振り返る


骸骨戦士は暖炉の前へ腰を下ろしたままだった


炎だけが静かに揺れている


安心したように息を吐き、二階へ上がった


二階は昼間より静かだった


小さな窓が少しだけ開いている


夜風が白いカーテンをゆっくり揺らしていた


月明かりと星がリリアを照らしている


虫の鳴き声


木々が揺れる音


遠くで川の流れる音も聞こえる


リリアは蝋燭へ火を灯した


小さな炎が部屋を優しく照らす


机へ近付く


そこには、昼間見つけて二階の机へ隠しておいた革の手帳があった


リリアはそのまま床に腰を下ろした


両手で大事そうに手帳を持つ


少しだけ深呼吸をした


ゆっくりと表紙を開く


ペラッ……


静かな部屋へ紙の音だけが響いた


最初のページ


丁寧な文字


『僧侶』


リリアはその名前を静かに見つめる


小さく微笑んだ


もう一枚


ペラッ


『今日もたくさんの人が笑ってくれました』


ペラッ


『小さな子が元気になりました』


ペラッ


『お花をいただきました』


ペラッ


『魔族のおばあさんが元気になって良かったです』


ペラッ


『今日も戦士さんは朝早く起きていました


朝になると、いつも家の周りを歩いてくださいます


何も言いません』


リリアは少しだけ笑う


「えへへ……」


リリアは少しだけ嬉しくなる


もう一枚めくる


ペラッ


『今日も戦士さんは花へ水をあげてくださいました


最初は全部折ってしまっていたのに、


最近は少しだけ上手になりました。』


リリアはくすっと笑ってしまった


もう一枚めくる


ペラッ


『村の子どもが今日も泣いていました。


戦士さんは何も言いません


転んだ子を静かに起こして、


落ちた木の実を拾ってあげていました。』


蝋燭の炎がゆっくり揺れていた


夜風が窓から吹き込み、ページを優しく揺らす


虫の鳴き声だけが静かな部屋へ響いていた


リリアは次のページへ指を添える


ペラッ


『今日も戦士さんは何も話しませんでした。


それでも、朝になると庭の掃除をしてくださいました。』


リリアは小さく笑う


ペラッ……


『今日も戦士さんは薪を割ってくださいました。


おかげで今年の冬も暖かく過ごせそうです。』


リリアは静かに読み進める


もう一枚


ペラッ……


『今日も花へ水をあげてくださいました。』


リリアの指が止まる


しばらく、その文字を見つめていた


やがて両手から手帳を離す


気付けば、手帳は床の上にあった


リリアは床へ片手をつく


身体を少し前へ傾ける


月明かりと蝋燭の灯りが、開かれたページを静かに照らしていた


ペラッ……


『今日は村の子どもたちが戦士さんを見て逃げてしまいました。』


だんだん笑顔が消えていった


ペラッ……


『今日も戦士さんは私が眠るまで暖炉の前へ座っていました。』


小さく息が止まる


指先が少しだけ震えた


ペラッ


『今日も戦士さんは笑いませんでした。


でも、小鳥が肩へ止まった時だけ、少しだけ優しい目をしていました。』


ペラッ……


ページをめくる速度が、少しずつ速くなる


『戦士さんは――』


ペラッ……


『戦士さんが――』


ペラッ……


『今日も――』


リリアは止まらなかった


床へ片手をつき、もう片方の手でページをめくり続ける


冷たい夜風がカーテンを揺らす


虫の声と川のせせらぎだけが、静かな部屋へ響いていた


ページをめくるたび


いつの間にか、


床へ両手をついていた


ペラッ……


震える指で、次のページをめくった


『私は、自分がいなくなることよりも


戦士さんを一人残してしまうことのほうが、少しだけ怖いです。』


その下には、もう一行だけ


『明日も、きっと二人で朝を迎えられますように。』


ポタッ……


「あれ……?」


手帳へ、小さな雫が落ちる


リリアは目を瞬かせた


ペラッ……


ポタッ……


「……どうして」


ペラッ……


ポタッ……


「……なんで」


袖で文字を拭う


滲む


また滲む


声が漏れそうになる


それでも


止まれなかった


ペラッ……


戦士さん


ペラッ……


戦士さん


ペラッ……


戦士さん


「……僧侶さんの日記なのに」


下には、あの人がいる


聞かれたくない


涙が止まらない


ペラッ……


ポタッ……


ペラッ……


ポタッ……


リリアは涙を流しながら、小さく笑った


「……大好きとか、書いてないのに」


「こんなの……」


その声は震えていた


笑っているのに


涙は止まらなかった


「……戦士さんのことばっかじゃん」


リリアは声を殺したまま、その場にうずくまった


虫の声が静かな夜へ響く


月明かりが、


蝋燭の灯りが、


静かに照らしていた


一階


暖炉の薪が小さく音を立てる


パチッ……


骸骨戦士はゆっくりと二階を見る


何か気配を感じる


ゆっくり立ち上がる


階段を上る


ギシッ……ギシッ……


階段が静かに鳴る


リリアははっと我に返る


慌てて手帳を閉じる


隠そうとする


でも少しだけ遅かった


革の背表紙がリリアの端から覗いている


骸骨戦士は部屋へ入る


静かにリリアを見る


それから一瞬だけ手帳へ視線を向けた


どこか見覚えがある


そんな気がした


それだけだった


手帳から視線を戻す


骸骨戦士「……どうした?」


リリアは赤くなった目を伏せ、少し鼻にかかった声で答える


「……なんでもない」


静かに虫の声と川のせせらぎが聞こえる


骸骨戦士「……そうか」


それ以上は聞かなかった


部屋を出る


階段を下りる音が少しずつ遠ざかる


ギシッ……ギシッ……


やがて暖炉の薪が弾ける音だけが家へ戻った


リリアは静かに目を閉じる


蝋燭の炎だけが静かに揺れる


虫の声は相変わらず響いている


窓の外に輝く星と月がリリアを優しく照らしていた

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