勇者「そろそろ出勤か」3章5話
教会の鐘が、朝の町へ静かに響いていた
その音に促されるように、リリアはゆっくりと目を開ける
窓の外では、小鳥が鳴いていた
小さく伸びをして、布団を畳む
教会の扉を開けると、神父が庭へ水を撒いていた
「やあ、おはよう、リリア」
リリアは眩しそうに目を擦りながら答える
「おはようございます」
今日も変わらない朝だった
教会を掃除していると、
神父が優しく声を掛けた
「そろそろ、朝ごはん食べようか」
リリアは朝食を済ませ、町を歩く
パン屋の前を通る
「お、リリア!」
店主は焼きたてのパンを投げる
「持っていきな!」
リリアは慌てて両手で受け止めた
「ありがとうございます!」
嬉しそうに笑い、少し歩く
八百屋のおばあさんが手を振る
「リリア、野菜持っていきな」
おばあさんが野菜を渡そうとする
リリアは戸惑いながら笑って答える
「え、昨日も貰いましたよ?」
「いいんだよ、育ち盛りなんだから!」
リリアは少し困ったように笑う
「ありがとうございます」
町を歩けば、誰かが声を掛けてくれる
それが当たり前の日常だった
子どもたちの笑い声が聞こえる
一人の男の子が転んだ
膝を擦りむいて泣いている
リリアは駆け寄る
「じっとしてて……」
小さく回復魔法を唱える
淡い光が傷を包む
傷は少しだけ薄くなった
男の子は涙を拭く
「ありがとう!」
リリアは照れくさそうに笑った
「これぐらいしか出来ないんだけどね」
その様子を骸骨戦士は遠くから見ていた
昼過ぎ
町外れ、年老いた男性が重い荷車を押していた
坂道だった
何度押しても進まない
近くに人はいない
骸骨戦士は立ち止まる
何も言わず荷車の後ろへ回る
ゆっくり押した
荷車は静かに坂を登っていく
老人は振り返る
驚いた顔をしていた
何かを言おうとした頃には、
骸骨戦士はもう歩き出していた
その背中を、リリアは静かに見つめていた
墓前へ花を置いた手
今、誰にも気付かれないまま荷車を押した手
おじいちゃんから聞いていた戦士の姿と、少しだけ重なった気がした
気付けば、リリアはその背中を追っていた
夕方
倒れた木を見つける
道を塞いでいた
骸骨戦士は黙って持ち上げ、脇へ退かす
何事もなかったように歩き出す
誰も見ていない
誰かに褒められる訳でもない
それでも、骸骨戦士は迷わず道を空けた
リリアは自分の両手へ目を落とす
昼間、男の子の傷を少しだけ治した手
自分には、まだ小さな傷を癒やすことしかできない
それでも男の子は笑ってくれた
もっと誰かを助けられるようになりたい
そして、この人が何を見て、何を思いながら人を助けているのか知りたかった
骸骨戦士は再び歩き始める
リリアは、その背中を見失うまで立ち尽くしていた
翌朝
町はまだ静かだった
骸骨戦士は誰にも告げず、静かに町を出る
振り返らない
いつも通りだった
教会
リリアは小さな鞄へ荷物を詰める
机の上へ一枚の紙を置いた
『神父様へ
行ってきます
私も誰かを助けられる人になりたいです
心配しないでください
必ず帰ってきます
リリア』
深く頭を下げる
そして走り出した
森の中
骸骨戦士は静かに歩いている
風が木々を揺らす
カサッ
小さく枝が折れる音
骸骨戦士は立ち止まる
ゆっくり振り返った
木の陰
大きな荷物を背負ったリリアが立っていた
見つかった、そんな顔をしている
しばらく沈黙が流れる
骸骨戦士が口を開く
骸骨戦士「……何をしている」
リリアは少し笑った
「付いてきました」
骸骨戦士「……帰れ」
「嫌です」
骸骨戦士「危険だ」
「知ってます」
骸骨戦士「いいから町へ戻れ」
リリアは首を横へ振った
「戻りません」
骸骨戦士は静かに見つめる
骸骨戦士「……何故だ」
リリアは少しだけ俯く
「荷車を押してました」
「倒れた木も、誰も見ていないのに退かして……」
リリアは自分の両手を見る
「おじいちゃんから聞いた戦士様も、そういう人でした」
「私も……もっと、誰かを助けられるようになりたいんです」
もう一度、骸骨戦士を見上げる
「だから」
「あなたと一緒に、旅がしたいです」
森は静かだった
風だけが二人の間を通り過ぎる
骸骨戦士は何も言わない
しばらくリリアを見つめる
やがて背を向け、再び歩き始めた
リリアは一瞬だけ不安そうな顔をする
次の瞬間、嬉しそうに笑った
リリアは小走りで、その背中を追い掛けた
その頃
神父は机の上の手紙を読んでいた
町の人たちも集まる
パン屋の店主が口を開く
「……迎えに行きますか」
神父はすぐには答えなかった
手紙を握る指に、僅かに力が入る
やがて、静かに首を横へ振った
手紙を優しく畳む
「……あの子が、自分で決めたことです」
窓の外を見る
遠い空を見つめ、小さく目を閉じる
「気を付けて、行っておいで……」
夕日が山を赤く染めていた
骸骨戦士は前を歩く
リリアはその後ろを歩く
「ねぇ」
返事はない
「次はどこへ行くんですか?」
骸骨戦士「……決めていない」
リリアは少し驚いたあと、
楽しそうに笑った
「じゃあ、一緒に探しましょう!」
リリアは空を見上げる
行き先なんて分からない
それでも不思議と、不安はなかった
骸骨戦士は何も答えない
それでも今度は、リリアが小走りにならなくても追いつける速さで歩いていた




