勇者「そろそろ出勤か」2章13話
夜風が玄関から吹き抜ける
勇者は玄関に立ったまま、目の前の魔王を見つめていた
そして、その後ろに立つ黒いマントを羽織った男
勇者「……おい」
返事はない
月明かりが、開いた扉の向こうから差し込む
白い骨、黒い鎧
背には見覚えのある大きな剣
二人は何も言わず、部屋へ入ってきた
魔法使いは言葉を失っていた
僧侶は口元へそっと手を添える
気付けば涙が静かに頬を伝っていた
部屋を包むのは静寂だけだった
誰も再会の言葉を口にしない
魔王は部屋の中央まで歩く
そして静かに口を開いた
魔王「……これで全員そろったな」
勇者「……どういうことだ」
魔王は、後ろに立つ骸骨へ目を向けた
魔王「貴様らが探していた戦士だ」
勇者「……何を言ってる」
魔王「戦士は、あの日からこの姿で生きていた」
魔王「……それでも、こいつは最後まで戦士だった」
長い沈黙
勇者は骸骨を無言で見つめる
黒い鎧
背負った大剣
そして、誰かを守るように半歩前へ出る癖
何もかもが、記憶の中の戦士と重なっていく
勇者「……戦士、なのか?」
骸骨戦士は答えなかった
ただ、骨だけの手を強く握り締めている
勇者は何も言わず、その答えを待った
長い沈黙のあと、骸骨戦士が僅かに頷く
骸骨戦士「……久しぶりだな」
勇者は静かに頷く
勇者「……あぁ」
それだけだった
旅の時間は、その二文字だけで十分だった
魔王は壁に飾られた額縁へ目を向ける
その中には一本の剣
勇者が旅の間、命を預け続けた剣
魔王は額縁からゆっくり剣を外した
誰も止めない
部屋の隅へ歩いていく
棚の下には古びた砥石が置かれていた
魔王は小さな桶へ水を張る
静かに砥石を沈めた
小さな泡が水面へ浮かび上がる
やがて魔王は剣を抜いた
シャッ……
静かな音が部屋へ響く
シャッ……
誰も口を開かない
砥石を滑る音だけが夜へ溶けていく
魔王は刃だけを見つめながら話し始めた
魔王「俺は神には勝てなかった」
砥石は止まらない
魔王「役割だからと、自分に言い聞かせていた」
シャッ……シャッ……
魔王「そうでもしなければ、立っていられなかった」
シャッ……シャッ……
魔王「もう諦めていた」
部屋は静まり返る
魔王「……今まで、すまなかった」
誰へ向けた謝罪なのか
誰も尋ねなかった
勇者へ
戦士へ
魔法使いへ
僧侶へ
そして、自分自身へ
その全てが含まれているようだった
魔王は最後に刃を布で丁寧に拭き上げる
静かに鞘へ納めた
勇者の前まで歩く
片手で剣を差し出す
魔王「行け、勇者よ」
勇者はゆっくり剣へ手を伸ばす
柄を握る
冷たかった
だが、その冷たさはすぐに懐かしさへ変わる
旅の日々が胸へ蘇る
草原、焚き火、仲間たちの笑顔
魔法使い
僧侶
戦士
そして魔王
何度も命を預けた剣だった
勇者は静かに顔を上げる
先ほどまで迷い続けていた瞳
その奥へ、少しずつ光が戻っていた
魔王はその姿を見て、小さく笑う
首を横へ振った
魔王「……いや」
魔王は勇者を真っ直ぐ見据える
魔王「勇気ある者よ」
勇者は剣を握り締める
魔王は部屋を見渡した
魔法使い
僧侶
戦士
魔王「神は俺たちへ役割を与えた」
魔王「勇者、魔法使い、僧侶、戦士。そして魔王」
魔王「自分で歩き始めた者もいる」
魔王「誰かを守りたいと願い、その名を背負った者もいる」
魔王「だが、神はその生き方を役割へ変えた」
魔王「そして、終わることを許さなかった」
魔王は四人を見渡した
魔王「ならば、それを終わらせるかどうかくらい、今度は自分で選べ」
勇者は静かに息を吸った
勇者「……終わらせよう」
その言葉には、もう迷いはなかった
魔法使いは椅子から立ち上がり、帽子を深く被り直した
そして、勇者の隣へ並ぶ
僧侶も胸元で手を組んだまま、静かに頷いた
骸骨戦士は何も言わず、背負った大剣の柄へ手を掛ける
やがて勇者は魔王を見た
勇者「神は、どこにいる」
魔王「……魔王城の上だ」
勇者たち四人は、互いの顔を見つめた
誰も、もう目を逸らさなかった




