勇者「そろそろ出勤か」2章12話
勇者は一睡もできなかった
窓から差し込む朝日が静かな部屋を照らしている
ベッドへ腰掛けたまま、勇者はゆっくりと目を閉じた
脳裏へ浮かぶのは昨夜の魔王の言葉
『神はお前を選んだ』
『だが、お前を呼んだのは俺だ』
『知った上で、お前はどうする』
勇者は静かに息を吐く
壁に飾られた額縁
その中には、旅を共にした一本の剣が眠っていた
勇者「……」
答えはまだ見つからない
だが、一つだけ決めていた
勇者は静かに立ち上がる
それでも、いつも通りスーツに袖を通した
社員たちは朝の挨拶を交わし、慌ただしく仕事を始めていた
勇者も机へ腰を下ろす
目の前には書類の山
昨日までならため息を交えつつ手を伸ばしていた
だが今日は違う
一枚目を開いても文字が頭へ入らない
神、魔王、勇者
その言葉だけが何度も胸の奥で繰り返される
その時、一人の部下が書類を抱えて近付いてきた
部下「勇者さん、この書類なんですけど……」
勇者はゆっくり立ち上がる
部下は不思議そうに見上げた
部下「……え?」
勇者はペンを机へ置き、静かに上着を羽織る
部下「あ、あの……どちらへ行かれるのですか?」
勇者は振り返らなかった
勇者「俺は、仲間に会いに行く」
それだけ言い残し、勇者は会社を後にした
閉まる扉を部下は呆然と見つめていた
外へ出ると、空は雲一つない青空だった
勇者は携帯を取り出す
最初に魔法使いへ電話を掛ける
数回の呼び出し音
魔法使い「……もしもし?」
勇者「今日の夜、家へ来てくれ」
魔法使い「……急ね」
少しだけ沈黙が流れる
魔法使い「……はぁ、分かったわよ」
短い返事だけだった
電話は切れる
勇者は携帯をしまった
残る仲間は二人
町を歩く
鍛冶屋、市場、酒場
旅人、顔見知り
見掛ける人へ片っ端から尋ねていく
勇者「昔、俺と一緒に旅をしていた戦士を知らないか?」
返ってくる答えは、どれも居場所へつながるものではなかった
「知らない」
「最近見ないな」
「ずいぶん前に姿を消したと聞いたな」
誰も、今の戦士の居場所を知らなかった
勇者は歩き続けた
やがて教会へ辿り着く
庭では僧侶が花へ水をやっていた
僧侶は勇者へ気付き、小さく微笑む
僧侶「あぁ、勇者様」
勇者はゆっくり近付く
勇者「……今日の夜、家へ来てくれないか」
僧侶は少し驚いた表情を見せる
僧侶「何かあったんですか?」
勇者は少し俯きながら答えた
勇者「……夜話す」
僧侶は勇者の表情を見つめる
何かを察したように静かに頷いた
僧侶「……分かりました」
勇者は踵を返す
ふと足を止めた
勇者「そうだ」
僧侶は振り返る
勇者「……戦士を知らないか?」
僧侶は少し考え、小さく首を横へ振った
僧侶「申し訳ありません……」
僧侶「……私も、あの日以来会っていません」
勇者「……そうか」
その一言だけ残し、勇者は再び町へ歩き出した
夕暮れ
何軒も訪ね、何人にも尋ねた
それでもいなかった
勇者「あーもう……あいつ、どこに行っちまったんだよ」
その小さな呟きは夕焼けの町へ静かに溶けていった
夜、勇者の家
玄関の扉が、トントンと叩かれる
扉を開くと、魔法使いと僧侶が立っていた
勇者は二人を部屋へ招く
湯呑みにお茶を注ぐ
静かな空気が流れていた
やがて勇者は口を開く
昨夜、魔王に呼ばれたこと
神が役割を与えていたこと
勇者も魔王も、その役割を背負わされていたこと
静かに全てを語った
話し終える頃には、部屋は静まり返っていた
魔法使いは、湯呑みを握る指に力を込めていた
僧侶は俯いたまま、何も話そうとしない
長い沈黙のあと、魔法使いが口を開く
魔法使い「……それで、どうするつもりなの?」
勇者「俺は、神に会いに行く」
僧侶「神様に……?」
勇者「あぁ。直接聞きに行く」
魔法使い「行き方なんて分かるの?」
勇者「……分からない」
勇者は二人を見た
勇者「まずは、みんなに会おうと思った」
魔法使いは、冷めかけたお茶へ視線を落とした
僧侶も胸元で手を組み、静かに俯いている
二人とも、まだ答えを出せずにいた
勇者「……戦士を知らないか?」
魔法使いは小さく首を横へ振る
僧侶も同じだった
誰も居場所を知らない
その時だった
ドンドンドン
強く玄関の扉が叩かれる
三人は同時に顔を上げた
部屋は静まり返る
勇者はゆっくりと立ち上がり、玄関へ向かう
扉へ手を伸ばそうとした、その時
玄関の扉が、軋む音を立てながら内側へ開いた
そこには、一人の男
魔王
その後ろ
月明かりに照らされた、もう一つの影
黒いマントと大きな剣
勇者は静かに目を凝らした




