勇者「そろそろ出勤か」2章6話
朝日が町を優しく照らしていた
朝を喜ぶかのように小鳥が鳴いていた
市場では商人たちが店を開き、パンを焼く香りが通りへ流れる
子どもたちが笑いながら走り回り、
それを横目に少し微笑む青年が静かに歩いていた
荷物を抱えた老人とすれ違う
青年は何も言わず荷物を受け取った
老人は頭を下げる
老人「悪いねぇ」
青年は笑った
青年「いえ、大丈夫ですよ。これぐらい」
それだけ言って、老人の家まで荷物を運ぶ
老人は軽くお礼を言った
青年は照れくさそうに笑いながら去っていく
ただ、優しい青年であった
ただ、それだけだった
道端には、誰かに踏まれて根元から抜けかけた小さな花があった
青年はしゃがみ込み、近くの柔らかい土へ植え直す
根元へ少しだけ水を掛けた
青年「……頑張れよ」
小さな声が、朝の風へ溶けていった
子ども「お兄ちゃん!」
後ろから子どもの声がする
ふと、振り返ると、小さな男の子が転んで泣いていた
青年は駆け寄り、膝についた土を払う
青年「痛かったな」
男の子は涙をこらえて頷く
青年は優しく笑う
青年「泣いてもいいよ」
青年「歩けそうなら、一緒に行こうか」
男の子は袖で涙を拭き、小さく笑った
青年に特別な力はなかった
剣術も、町で一番というほどではない
魔法も、指先に小さな火を灯せる程度だった
それでも、困っている人を見過ごすことはできなかった
それは善行ですらない
青年にとって、ただの日常だった
そんなある日の昼
王宮から使者がやって来る
使者「国王陛下がお呼びだ。こい」
突然の知らせだった
青年は首を傾げながら使者と共に王都へと向かった
王都の門前には、真新しい石碑が建っていた
その根元には、まだ瑞々しい花が供えられている
青年「……こんなもの、前からあっただろうか」
馬車は速度を落とすことなく、その前を通り過ぎた
青年は馬車に揺られながら人が流れる景色を見ていた
玉座の間、豪華な装飾
重苦しい空気
国王は静かに青年を見る
国王「神託が下った」
その一言だけだった
青年は黙って耳を傾ける
国王「魔王が現れた」
国王「世界は再び滅びへ向かっている」
国王「神は、お前を勇者に選んだ」
兵士たちがザワザワしている
そして、静寂が訪れる
青年はしばらく何も言わなかった
やがて、
ゆっくりと口を開く
青年「……私で、本当にいいのでしょうか」
国王は頷く
国王「これは神が選んだのだ」
その言葉は、嘘には聞こえなかった
ただ、国王の目だけが、どこか虚ろに見えた
……少し疲れているのだろうか
魔王が現れ、国中が混乱している
無理もないと、青年は思った
そして青年は目を閉じる
怖くない訳ではない
命を懸ける旅になることくらい分かっていた
それでも、
誰かが泣く未来があるのなら
誰かを守れる命があるのなら
青年は静かに頭を下げた
青年「分かりました」
青年「私に出来ることがあるのであれば」
その日の夕方
青年は、支給された装備と共に故郷の町へ戻った
夜
青年は小さな自室で、旅支度を始める
机の上には新しく支給された装備が並ぶ
磨き上げられた鎧
丈夫な革靴、革袋、水筒
そして、一振りの剣
青年は恐る恐る剣を持ち上げる
まだ一度も血を吸っていない刃
窓から差し込む月明かりを受け、鏡のように輝いていた
勇者「……ピカピカだ」
思わず声が漏れる
青年は布を取り出し、必要もないのに刀身を磨き始めた
傷一つない剣
何度も角度を変えて眺める
少し照れくさそうに笑った
勇者「これから頼むな」
誰に聞かせるでもなく呟く
剣は何も答えない
それでも勇者は嬉しそうだった
初めて旅へ出る
知らない町
知らない人
知らない景色
少し怖かった
でも、それ以上に楽しみだった
旅立ちの日
町の人々が見送りに集まる
老人は泣いていた
子どもたちは笑っていた
市場のおばちゃんは大量のパンを持たせる
おばちゃん「ちゃんと食べるんだよ!」
勇者は苦笑する
勇者「そんなに食べられないですって」
そう言って、パンを鞄に入れる
笑い声が広がる
彼らが見送っていたのは、世界を救う英雄ではない
いつも荷物を運び、花を植え直し、泣く子へ手を差し伸べてくれた
町の優しい青年だった
町を出る
勇者は一度だけ町を振り返る
あの日、植え直した花が風に揺れていた
勇者「……行ってきます」
小さく呟き、勇者は歩き出した
このときの勇者は、まだ知らなかった
仲間と出会い、この剣に無数の傷が刻まれることを
そして『勇者』という名が
いつか自分を縛る役割へ変わってしまうことを
活動報告投稿してからやっぱり訂正して入れました。
5話目の時との対比を出さないとなぁってことで訂正です。
・・・直さないといけないのまだありそうなんだよなぁ




