四十七話 空虚な夜と握る拳
――戦場が勝利を名乗るには、まだ早すぎた。
勝ったはずなのに、誰も笑っていない。
守れたはずなのに、何かが確実に欠けている。
空気だけが静かで、やけに重い。
誰かの生と、誰かの死がすれ違ったまま置き去りにされる。
それでも前に進むしかない。
この世界は、そういう形でしか続かない。
そして今、彼らはその代償の意味を、まだ言葉にできずにいた。
「カオリさん。手を放してください。移動させますので。」
先輩……ことカオリは医療班の言うことを聞かずに手を離さない。
「嫌だ。彼はまだ生きてるの……。」
カオリの言葉は懇願に近かった。
「あなたの絵をバカにしてごめん。許してくれなくていいよ。」
カオリの声が詰まる。
嗚咽が混じる。
「寂しいよ。ねぇ。私を置いていかないでよ。」
「カオリさん。お願いです。もう彼は死んでしまったんです……。」
医療班はやっとカオリの腕をどける。
「ア゛ァァァァ戻ってきてよ。」
カオリは天に向かって泣き叫ぶ。
金髪にこの声が届いていると信じて。
「神様、ねぇいるんでしょ?じゃあ、なんで言わせてくれないの?”好き”って。」
カオリが泣き叫ぶ間にも淡々と金髪の死体の処理が進んでいる。
その認識の差がカオリを余計に孤独にしていた。
その時フワッとカオリの背中を優しくさすられた気がした。
――先輩。一人にしてごめんなさい。ぼくも本当は――
カオリは後ろを振り向く。
しかし誰もいない、いるはずのない。
カオリの心の中にはただ隣に先輩がいないその事実が滲みていく。
「カオリさん。彼の懐にこんなものが。」
医療班の手のひらにはカオリと金髪と一緒に遊園地に行った写真が入ったペンダントが握られていた。
写真の中のチュロスを持った金髪は幸せそうな顔をしている。
「フゥーわかったよ。」
カオリは涙を流しながら立つ。
そして医療班からペンダントを大切そうに受け取り、ぎゅっと抱きしめる。
――二度と離さないように。
「生きるよ……。」
そしてカオリはペンダントを胸ポケットに大切そうにしまった。
カオリはゆっくりと立ち上がる。
足はまだ震えている。
でも、倒れない。
「……行きます」
誰に言うでもなく。
ただ、前へ。
一歩。
もう一歩。
(生きなきゃね、って言ったんだから)
(なら、ちゃんと歩けよ私)
その瞬間だった。
胸の奥が、ぐらりと反転する。
(あ――)
喉の奥に熱が込み上げる。
「……っ、ぐ」
視界が歪む。
ペンダントを握った手に力が入る。
――フラッシュバック
蚯蚓の唸り声。
倒れる音。
抜け落ちる体温。
「う……」
膝が止まる。
一歩、遅れて崩れた。
「っ、げほ……!」
反射的に、口元を押さえる。
息がうまく吸えない。
胃の奥がひっくり返る感覚。
「っ……はぁ……っ」
地面に片膝をつき、肩を震わせる。
(違う)
吐き出しても、まだ残っている。
(違う)
戦場の匂いも、声も、記憶も。
(違う、違う、違う、違う……)
全部が、身体の中に居座っている。
(……まだ、終わってないのに)
カオリは涙と一緒に、息を整える。
「……こんなとこで、止まるな」
小さく、自分に言い聞かせるように呟いた。
それでも立ち上がるまでに、少しだけ時間がかかった。
「カオリさん?」
誰かが背中に触れる感覚。
「私に触れるな!」
声の鋭さに医療班は固まる。
カオリ自身も固まった。
(……これは私の声?)
今の声は、自分がだしとは到底思えなかった。
長い沈黙。
カオリはゆっくりと自分の手のひらを見る。
激しく震えている。
――止まらない。
「……ごめんなさい。心の整理がついてないの。」
小さく、泡に溶けてしまいそうな声。
「……ごめんなさい。」
誰に向けた謝罪かもわからない。
医療班は何も言わず、ただ距離をとった。
それが精いっぱいの優しさだった。
それが、一番カオリには鋭いとげとなって刺さる。
(私、もう普通に立っていられないんだ。)
カオリの心はガラスのようにバラバラになってしまった。
ガラスは火がなくてはつながらない。
カオリの心からは火が消えていた。
カオリは笑おうとして、失敗した。
唇が震えるだけだった。
その時――
胸ポケットのペンダントが、少しだけ揺れた。
中の写真が見える。
チュロスをもって無邪気に笑う金髪。
(……ずるいよ。)
(そんな顔で残るなよ。)
カオリはゆっくりと立ち上がる。
――戦地中心地では
エリックは腕の中ですやすやと眠るピピを大事そうにもって休憩テントに向かっている。
リサたちは、そのあとを追う。
「とりあえず。一つ終わりましたね。」
リサがフゥーとため息をつく。
この一夜の間に目まぐるしく戦局が変わり、犠牲が出た。
『信じられねぇな。一日で7割が壊滅するなんてな……。』
さすがのクサナギも声をひそめる。
「被害を抑えられなかったのも軍の責任だ。俺が弱かったから……。」
ソーマは下を向き、唇をかむ。
その言葉を否定できる者は、誰もいなかった。
ただ、沈黙だけが残る。
「……ごめんな。なんも言えなくて。」
エリックは申し訳なさそうに言う。
「いい。下手に肯定されても困る。」
――その時だった。
ギルドの奥、通信担当の兵が、小さく声を漏らす。
「……金髪の隊員、確認。戦死……確定だそうです」
――一瞬。
音が消えた。
誰も動かない。
理解より先に、“事実だけ”が落ちてきた。
「……」
息を吸う音すらない。
エリックの目がわずかに揺れる。
「……そうか」
それだけ言って、目を閉じた。
ソーマは何も言わない。
ただ拳だけが、強く握られていく。
沈黙が、重く沈む。
――数秒後。
エリックが、ゆっくりと息を吐いた。
「……責任って言葉はさ」
ぽつりと、誰にも向けずに言う。
「便利だよな」
「背負えば“強い”って思えるし、背負わなきゃ“逃げ”にもなる」
ソーマが顔を上げる。
エリックはそこで初めて、ソーマを見る。
「でもさ、全部背負ったやつが一番先に潰れるの、俺は何回も見てきた。」
――一拍。
「だから今は、“誰のせいか”じゃなくていい。」
「“次どうするか”それだけでいい。」
エリックは説教をするわけではなく、ただソーマに語り掛ける。
「わかった……。悪いな。少し一人にさせてくれないか?」
ソーマはエリック達と別れ海岸線へ向かった。
「その戦死した……隊員、すっごく満足そうな……顔していたんだ。」
エリックの腕の中で目覚めたピピはゆっくりと話し始める。
「起きたのか。おろしてもいいか?」
エリックは降りやすいように姿勢をかがめる。
「このままがいい……。」
ピピは照れくさそうにに言って降りようとしない。
「歩けるだろ?」
「腕の中安心する。」
「ったく。」
エリックはしぶしぶピピを腕の中に大切そうに抱いて休憩テントまで向かう。
休憩テントは殺伐としていた。
不気味なほど静寂で、医療班が治療する音、負傷者の痛そうな声が響く。
――とても勝った雰囲気ではなかった。
「勝った雰囲気からはとても離れているな……。」
ルンタは亡くなってしまった人に祈りをささげる。
「もう絶対誰も悲しませない。」
リサはぽつりと言った。
「あぶねぇ~次回予告と前書き書き忘れるところだったぜ……。(汗)」
「えっ?今書いたの?」
「エリック?これは一週間前に書いたいいね?俺のストックは完璧で天才的……。」
「作者さん。やっぱり突貫工事で書きましたよね?」
「はい。リサさん今日も可愛らしいですね。いつでも俺の彼女に……。」
「リアルで作ってください。」
「――次回(放心)」
「「悪魔の失態と第二波」」
※この話の内容はすべて事実です。さっき見返して気が付きました(アブねぇ)




