四十八話 悪魔の失態と第二波
優しさは、弱さじゃない。
泣けることも、立ち止まることも、全部“人である証”だ。
だが戦場は、それすら許さずに踏み潰してくる。
それでも人は、温もりを忘れない。
たった一口の味や、何気ない記憶が——折れかけた心を繋ぎ止める。
守れなかった過去は消えない。
だが、それを理由に止まることもできない。
だから人は、また武器を取る。
今度こそ、誰も失わないために。
――世界のどこかにあるα国。
その国を一言で表すなら――悪魔の国だ。
国の中心にそびえる血に濡れた城。
その最奥、魔王の間。
三つの影があった。
「おじさま~。猫さん描けたの~。」
リリルは嬉しそうに絵を差し出す。
小さな手。無邪気な笑顔。
頭には二本の角。口元には牙。
それでも――ただの少女にしか見えない。
「ほう、どれどれ」
αは目を細める。
「うむ。よく描けておる」
大きな手で、優しく頭を撫でる。
「可愛いのう」
理由は、それだけだった。
「おじさまは甘やかしすぎです。それより」
ケイタが淡々と口を開く。
「災害の悪魔が帰還しました」
「……入れ。」
声の温度は変わらない。
扉がゆっくりと開く。
巨大な体が現れる。
「只今戻りました。α様」
災害の悪魔が膝をつく。
それでも、頭は床に届かない。
「報告は?」
αはリリルの頭を撫でたまま言う。
「一般人六万、軍人一名。排除しました」
淡々とした声。
ただの事実。
「……それで?」
一拍。
「それだけか?」
空気が深く沈む。
「儂が命じたものは?」
「……地図の破片の回収は、まだ――」
――ズブッ。
何の前触れもなく、血が伸びた。
災害の悪魔の胸を貫く。
リリルの頭を撫でる手は止まらない。
「……ぐっ。」
血が床に落ちる。
「理解しておらんな」
αの声は静かだった。
怒りも、苛立ちもない。
ただの確認。
「お前が何人殺そうと、価値は変わらん。」
「“命じたこと”を外した時点で、無意味じゃ。」
ぐ、と槍がわずかに動く。
「悪魔が勝つのは当然。」
「だから結果などどうでもよい」
冷たい風が走る。
「過程を外した時点で、お前に価値はない。」
沈黙。
槍が消える。
カタストロフは崩れかけながらも、膝をついたまま耐える。
「……失態、挽回します。」
「次はない。」
短く、それだけ。
カタストロフは血を滴らせながら去る。
――扉が閉まる。
「おじさま~!」
リリルが頬を膨らませる。
「私のかわいいメイドさんいじめちゃダメ~!」
「おっと、すまんすまん」
αはすぐに笑う。
「少し手が滑っただけじゃ」
何事もなかったかのように。
「ほれ、続きを見せてみい」
血のついた手で、また優しく頭を撫でた。
⸻
――戦いから一夜明けて。
エリックはどんよりとした朝を迎える。
(……暗すぎだろ……)
誰も上を向いていない。
下を向き、ため息をつく者ばかりだった。
エリックは無理やりコーヒーを淹れる。
(あの一夜で、ここまで空気を変えるか……化け物すぎるだろ)
――ぽとっ。
「なんだ!まっず!」
「それ塩ですよ」
横で紅茶を飲んでいたリサが小さく笑う。
「典型的なミスですね」
(でも……)
リサは視線を落とす。
(あの人は、絶望の中でも前に進む理由を残していく)
「……ありがとね」
「え?なんか言った?」
「なっ、何も言ってません!」
顔をそらすリサ。耳が少し赤い。
エリックは首をかしげつつ塩コーヒーを飲む。
「さて、ルンタシェフの朝飯だ!」
テントの中には、すでに朝食が並んでいた。
塩むすび、卵焼き、味噌汁。
「今日は渋いねぇルンタ」
「沁みるぞこれ」
ルンタは静かにうなずく。
ピピが卵焼きを一口食べた瞬間――
動きが止まる。
一粒、涙が落ちた。
「ピピ殿……?」
「違うの……」
震える声。
「ママの味に、そっくりで……」
胸に手を当てる。
そして涙を拭う。
「決めた。もうクヨクヨしない」
一気に卵焼きを食べる。
「おかわり!」
「承知した」
ルンタが静かに立つ。
『卵焼きで泣くやつ初めて見たわ』
クサナギがぼやく。
――ゴゴゴゴ
地鳴り。
「来たな」
ルンタが刀を取る。
「誰も、悲しませない」
ピピは銃を構える。
「今度は逃げない」
――戦いが、始まる。
「ルンタ……あなたって、コックじゃないの?」
「ピピ殿侍だがコックではない。」
「僕もさ、ルンタを専属コックにしたいくらいだよ。」
「料理くらいは誰でもできるのでは?」
「あのねぇ。全人類ルンタくらい料理が出来たらレストランとかいらないのよ。」
「ただ、レシピ通りに作ればいいのでは?」
「だめだ凡人の感覚に合わない系天才だ。」
「――次回」
「「海月と鳳凰」」
「次回のタイトルの漢字むずくね?」




