四十二話 少女の主張と意地
人は、死ぬ直前に何を思うのか。
恐怖か、後悔か、それとも——どうでもいい記憶か。
戦場の中で、命はあまりにも簡単に壊れていく。
守るために立ち、守れずに崩れ、それでもなお手を伸ばす。
届かないはずの声が、最後の一瞬で引き戻されることがある。
その腕は救いか、それとも——新たな戦いの始まりか。
「そんなところで寝るな」
これは、死の淵から引き上げられた者が見る“続き”の物語。
ピピの視界は滲み、蚯蚓の輪郭すら捉えられない。
(やばい……消える……)
意識が沈む。
魂の炎は、今にも消えそうな蝋燭の灯。
——それでも。
“何か”が、それを許さない。
“……まだ、立つか。小娘ぇ”
苛立ちを滲ませ、蚯蚓が身をうねらせる。
次の瞬間。
その巨体が、ゆっくりと向きを変えた。
視線の先——
避難する市民たち。
子供を抱え、必死に走る背中。
“……そうか”
獲物を見つけた捕食者のように、低く嗤う。
“弱い方から、潰すか”
地面を抉り、巨体が加速する。
——標的が変わった。
「っ、やめろ!!」
金髪が叫ぶ。
「早く逃げろ!! あいつはお前らを狙ってる!!」
先輩が子供たちを押し出す。
「走れ!! 振り返るな!!」
金髪は一歩、前に出た。
震える足を、無理やり踏みしめる。
喉が焼けるように熱い。
それでも叫ぶ。
「……来いよ」
拳を握る。
「ピピさんはもう限界だ。ここは俺がやる」
呼吸が荒れる。
それでも——逃げない。
「かかってこいよ、化け物」
その一言だけが、はっきりと響いた。
”邪魔だ!”
——断層放
蚯蚓は口を大きく開き茶色い光を放つ。
——ズバババ
光が迫る。
(……あー、やっぱ無理か)
一瞬だけ、後ろを見る。
子供たちは、もう見えないところまで逃げていた。
(……よかった)
口元が、少しだけ緩む。
——グシャ
”弱いな。価値もない”
そこには、“金髪だったもの”が転がっていた。
腹には、大穴。
向こうのコンクリートが見えていた。
「待て。」
ピピは地を這うような怒りを吐く。
「私はまだここにいるって言ったでしょ?」
”小娘、死に急ぐな。そのボロ雑巾のような体では我には勝てぬ。”
蚯蚓は鼻で笑う。
——ドン
蚯蚓の右頬が銃弾で消し飛ばされる。
(何をした……?ただの銃弾がこんな火力)
蚯蚓は再生させようと右頬に意識を集中させる。
(再生しない!)
しかし右頬は蚯蚓の言うことを聞かずにゆっくりと再生する。
「再生しないでしょ?」
ピピはうつろな目で笑う。
「銀の銃弾。悪魔は銀が苦手だもんね。」
ピピは、口元だけで笑った。
(なんだこの小娘、イカれてやがる……。)
蚯蚓はピピに初めて恐怖を覚えた。
「私ようやくわかったんだよね。」
ピピは深呼吸をする、そのたびに血を吐くが気にしない。
「この任務は、市民が助かればいいって思ってた。けど違った。」
一拍不気味に間が空く。
「やっぱり、皆殺しにしなきゃいけなんだってね。私が甘かった。」
ピピは蚯蚓に向かって真っすぐ銃口を向ける。
蚯蚓を見る目には殺意が込められていた。
「かかってこいよ。人の命奪っておいてここからは逃がさない。」
”やれるものなら……やってみろ!”
蚯蚓はピピに正面から突っ込む。
ピピはその動きを見て、すかさず上に飛び突進をよける。
蚯蚓が酒瓶に激突し動きを止める。
(今だ……!)
——ドン
ピピは隙を逃さず蚯蚓の右側面に銀の弾丸を放つ。
弾丸が打たれたところから激しく魔力が流れ出て蚯蚓の息をあげさせる。
(あり得ぬ!あり得ぬのだ。小娘一人に我が押されてるだと?)
——断層放!
今度は金髪に放ったものよりもさらに威力を高めたものをピピに放つ。
(これを喰らえば生命は跡形もなく消える。取り逃したあの魔法使いたちはどうやって落とす?……!)
蚯蚓は衝撃的なものを見てしまった。
断層放が直撃したのにふらふらと立ち上がるピピの姿だ。
右肩にかけて溶けてしまった軍服からは焼けただれ黒くなった肌が露出している。
「ま゛だだ!わ゛たしは死んでない!」
ピピは激しく肩を震わせ息をする。
瞳はどこか別のものを見ていた。
(あぁ……今度こそ無理かも。)
——フラッ
ピピは後ろ向きに倒れた。
視界は、もう暗闇しか映さない。
(立ってよ……)
指一本、動かなかった。
しかし体は言うことを聞かずに小指すら動かせない。
周りは真っ暗だが、下に薄く水が貼っている感じがする。
(走馬灯ってやつ……?あぁくだらない思い出ばっかだったな。)
ピピの頭の中にエリックとのくだらない記憶がよみがえってくる。
イチゴを盗んだり、寝起きドッキリしたり、しょうもないことで喧嘩したり……。
(私の幸せってこれだったのかな?)
急にうかぶソーマの顔。
(……なんで今なんだろ)
ちゃんと話したこと、あったっけ。
名前を呼んだだけで、顔を逸らしたまま終わった会話。
言おうとして、飲み込んだ言葉。
——好き、なんて。
(バカみたい)
今さら遅いのに。
(私は結局何も出来ずに死ぬ、せめて自分の思いは伝えたかった。)
——ごめん
——ごめん
——ごめん……。
——落ちる。
そう思った瞬間。
視界の闇が、少しだけ押し返された。
「……っ」
誰かの腕。
硬くて、冷たいはずなのに。
なぜか、やけに温かい。
「……そんなところで寝るな」
低い声が、闇を裂いた。
気づけば——
ピピは、誰かに抱き上げられていた。
「ヌフフ〜遂に見せたね?あ・い・じ・ん」
「ちょっと〜リサさん〜やめてくださいよ〜。」
「今日は私達しかいないよ。恋バナできるよ!」
「えっ?ここで?」
「早速出会いは?」
「同期なんです。ソーマ君は。」
「ズバリ!好きになった理由は?」
「……転んじゃった時にスッと血を拭いてくれたんです。」
「キャー!絶対エリックじゃやらないよ〜。」
「恋バナのリサさんイキイキしてる……。」
「次回……」
「「勝利の形と空白」」
「じゃあリサさんの好きな人は?」
「はっ?はぁああ?いるわけないじゃん!」
(絶対いるよそれ。)




