三十八話 見捨てたものとなき苺の香り
瓦礫の街に響く笑い声と怒鳴り声。
「お兄ちゃん早く!」
「転ぶなよピピ!」
全力で走る小さな体、追いかける大きな影。
雨音が記憶を剥がし、胸を締め付ける。
——その瞬間、声がした。
「FREEのエリックだ。」
夢で何度も聞いた声。
濡れた髪、震える肩、目に映るすべて。
抱きしめられた温もりが、失われた時間を取り戻す。
そして遠くで、地面が唸る。
「来たな……災害の悪魔。」
──戦いの幕は、もう開いている。
——ザッ
瓦礫を踏みしめた瞬間、ピピの足が止まる。
(……ここ)
——待てコラァ!返せぇぇぇ!クソガキィィィィ!
——やだねー!これはもう私の苺でーす!
小さな体で必死に走る二人。
後ろから怒鳴る声。
——お兄ちゃん早く!
——転ぶなよピピ!
笑いながら、ただ全力で逃げていた。
——あの時は、怒られるのが世界の終わりみたいに思えた。
「……ピピ?」
ソーマが覗き込む。
雨音が、記憶を引き剥がす。
「なんでもないよ~」
ピピは笑う。
(……目、笑ってねぇな)
ソーマは何も言わなかった。
ここは——かつて“苺おじさん”の家があった場所だった。
「……ごめんなさいって、言えないね。」
誰に向けたのかも分からない言葉が、雨に溶けた。
「……お疲れ様。」
マチルダが戻ってくる。
少しだけ間を置いて、ピピを見る。
「ピピちゃんも久しぶりだな。」
その声は、どこかぎこちなかった。
「……まぁ、こんな場所で再会したくはなかったけど。」
冗談の形をしていたが、誰も笑わない。
一瞬の沈黙。
「……ねぇ。」
ピピが口を開く。
「お兄ちゃんは?」
声は、いつも通りだった。
でも——その奥が、崩れていた。
マチルダは一拍、視線を逸らす。
「あいつなら……あそこのキャンプにいる。」
指差した先を、ピピは見つめた。
——ピピ、お前はここに残れ。
——僕は全て捨てて強くなる。ピピは僕のことなんか忘れて自由に生きろ。
その背中は、振り返らなかった。
(……いるわけ、ない。)
——パチ、パチ
焚火の音だけが静かに響く。
「FREEのエリックだ。」
その声に——
ピピの足が止まった。
聞き間違えるはずがない。
何度も、夢で聞いた声。
ゆっくりと顔を上げる。
「……お兄ちゃん?」
エリックもまた、その声で振り返る。
雨に濡れた髪。
震える肩。
見間違えるはずがない。
「……ピピ。」
その瞬間——
ピピは走った。
瓦礫を蹴り、息を乱し、それでも止まらない。
「遅いよ、バカ!!」
胸を叩く。
一発、二発、何度も。
「なんで来なかったの!」
「なんで……今なの……!」
声が崩れる。拳も力を失っていく。
エリックは何も言わず——
ただ、抱き寄せた。
「……ごめん。」
たった一言。
それだけだった。
ピピの肩が、びくりと震える。
「……知ってるよ。」
小さな声。
でも次の言葉は——震えていた。
「それでも……寂しかったよ……。」
エリックの腕に力が入る。
「……もう身勝手に離れない。」
雨音の中、その言葉だけが残る。
ピピは何も言わなかった。
ただ、服をぎゅっと掴んだ。
エリックの胸元がピピの涙で濡れる。
それが——答えだった。
ピピはようやく離れ、目元を拭う。
それでも、手は離さない。
「……で、その子は?」
ピピがリサを見る。
少しだけ警戒した目。
リサは一瞬きょとんとして——
にやっと笑った。
「元カノ?」
空気が止まる。
「ちげぇよ!!」
エリックの即答が響いた。
「いやいや、反応早すぎない?」
リサはくすっと笑う。
「違うからな!?」
「はいはい、そういうことにしといてあげる。」
その軽口で、張り詰めていた空気が少しだけ緩む。
ピピは小さく息を吐く。
「……よかった。」
ぽつりとこぼした。
——次の瞬間
——ゴゴゴゴゴ
地面から激しい音が響き、大地が揺れだす。
「来たな……災害の悪魔。」
ゾムが虚空からメイスを取り出す。
「全く空気の読めない野郎だ。」
ソーマはニヤリと笑い、双剣を抜く。
「拙者も助太刀するぞ。」
『かかってこいっての!』
エリックはピピの頭に手を置く。
「おいおい、俺をハブるなよ。」
マチルダが足に鉄を纏う。
その瞬間——
“戦場”が、完成した。
エリック達が外に出ると、身長200mを悠々と超える巨大な“壁”がそびえ立っていた。
その周囲には、ミミズのような化け物が浮いている。
『人間……何故、妾にたてつく。』
災害の悪魔は、月光のように静かでやさしい声で言う。
それが逆に、恐怖を増幅させる。
「お前が人を悲しませる限り、俺たちは立ちはだかるぞ。」
『妾は“災害”そのもの。災害に復讐する者などいない。静かに受け入れればよいものを……』
その声は、当然のようだった。
「そうか……よかったよ。」
ソーマは双剣を抜く。
そして影を纏う。
——固有魔法は影の双剣
影を自由に操る魔法。
災害の悪魔が太陽を遮っている今こそ、ソーマの最も得意な戦場だった。
「……エリックとピピさんクソガキすぎません?」
「リサ、ちょっといきなりなんだよ。」
「そ〜だよ〜、まぁ苺盗んだりはしたけど……」
「それです。それしかありません。」
「だって〜美味しそうだったんだもん♪」
「♪じゃありません!あいつの妹も妹なのね……。」
「本当に愉快な兄弟ですね……。」
——次回
「「「地震と蚯蚓」」」
「今日の次回誰が言ったの?」
※四月中に総合評価400突破いしたいです。ここまで読んでくれてありがとう!この話が面白いと思ったら下の☆☆☆☆☆を★★★★★でエリックたち(あと作者も)応援してくれると災害の悪魔を倒せるかも……?




