十二話 再来とその果てに
人は、遅刻を恐れる。
約束に遅れること。
戦いに遅れること。
守ると決めた瞬間に、間に合わないこと。
そのたびに人は言い訳を探す。
運が悪かった。
力が足りなかった。
時間が足りなかった。
だが本当に怖いのは——
“遅れた”ことではない。
隣に立つには、心が追いつかなかったことだ。
魔族は殻を破る。
人は過去を破る。
再生する雷。
遅延する運命。
迷うサイボーグ。
背負う魔法使い。
そして——まだ目覚めない少女。
ここは、新宿駅地下二階。
迷宮は、方向を狂わせる。
だが本当に試されるのは、進む向きではない。
“誰と並ぶか”だ。
夜明けは、もうすぐだ。
——時を同じくして、ここはアサクサ大病院。
「あいつら、そろそろ攻略し始めた頃かな?」
マチルダは狭い病室で体を伸ばす。
(……退院するまで後三日か。)
マチルダはベッドの側にあるコップに魔法でコーヒーを出して飲む。
しかし猫舌のマチルダはすぐに飲むのをやめ全力でフーフーし冷ます。
窓の外は陽光が優しく差し深い緑の木々も静かに揺れている。
(綺麗だなぁ。十年前じゃこんなことも思わなかった……。)
それに比べれば、今はあまりにも色が多すぎる。
(暇だ……でも嫌な予感がする。)
マチルダは病室の天井を仰いだ。
——その頃、地下二階
「ルンタ、何処へ向かってるの?」
エリックはかれこれ二時間は歩いているが三階への階段が一向に見つからない……。
地図魔法を使ってはいるが何故か辿り着かないのだ。
「ん?しっかりとそこに向かってるが?」
ルンタは当然でしょとでも言うような雰囲気で言う。
「……お前、方向感覚ないだろ。」
「……殿からはそう言われた。」
ルンタは静かに言った。
(終わった……。僕もあんまり自信ないのに……。)
「そ……そうなのか……。」
エリックは小さくため息をついた。
「戦に出た時、殿は……東に本丸があると言った。拙者は東に向かったはずなのに、何故か南南東にあった補給地に向かって制圧していた……。」
(いいのか?それは?いや、……強いってのは、隣に立つ覚悟、か。)
(方向は怪しいけどな。)
エリックは小さく笑った。
しばらく二人が進んでいくと、展開する地図にノイズが走る。
「……妙だな。」
「なんだろう、濃すぎる。」
エリックの魔力探知には、今S級五体分の魔力が一点に集まっている。
(この曲がり角の先……。)
「ルンタ、わかるな。」
「あぁ覚悟はできてる。」
エリックは杖を出し、ルンタは刀を鞘から抜き構えた。
「……あう。」
「……にあう。」
「まだ間に合う!」
——曲がり角から魔物が飛び出した。
その魔物を見てエリックは驚きを隠せない。
(遅刻魔?僕が倒したはず……。)
「き……貴様よくやってくれたな?」
遅刻魔はさっきとは違う地を這うような声で威圧する。
「何故生きてる?」
エリックは出方を探る。
遅刻魔の魔力が突然、膨張する。
「……魔力覚醒だ。」
遅刻魔の声が低くなる。
「死にかけた個体が、殻を破ることがある……貴様ならよく知っているはずだ……。」
(くそ……仕留めたと思ったのに……甘かった。)
「今度こそあなたと、そのエルフを仕留める。遅刻する前にな——。」
——来る!
エリックがそう思った時には既にルンタは動いていた
——抜きの太刀・抜刀
ルンタは瞬時に遅刻魔の背後に移動し刀を振り抜く。
すると遅れて遅刻魔の右腕を切り落とした。
ルンタの身体が硬直する。
「っ……!」
空気が焦げる匂い。
遅れて、雷鳴。
落ちたはずの右腕から、青白い稲光が空間へと伸びていた。
「遅いな、鉄屑。」
遅刻魔の断面が“再生していく”。
肉ではない。
雷で編まれた仮初の腕。
「触れてからでは遅い。触れる“予定”で十分だ。」
バチッ——
ルンタの肩口から火花が散る。
「……触れていない。」
エリックが目を見開く。
「触れたことにしたのだ。」
空間に走る青い線。
それは“未来の接触”だった。
(これで確定した……奴の固有魔法の性質。)
それは、魔力を“遅らせる”力。
だから、リサの炎魔法を遅延され反射された。
今回も、切る判定を僅かに遅らせて一撃を入れた……。
「ルンタ、僕もいく!」
エリックは魔力を練ろうとした。
「エリック!お前はそのエルフを守れ!守れるのはお主しかいないのだから。」
ルンタはエリックの方を見なかった。
「予定?ならその前に切る!」
「八重の太刀・鬼八重切り」
ルンタは綺麗な太刀筋で遅刻魔を薙ぐ。
しかし、その太刀は遅刻魔に届く前に僅かに遅くなる。
「どれくらいでショートするんだ?」
——放電砲
ルンタの胸に青い光が小さく走る。
エリックは咄嗟に防御魔法を展開し防ぐ。
青い閃光がエリック達の周りに走る。
エリックはリサの方まで防御を展開する。
「かたじけない……。」
ルンタは刀を構え直す。
「ルンタ、三秒だ。」
防御魔法にヒビが入り、荒れ狂う雷が地面を舐める。
「三秒だと?」
「その間に世界から消えてみろ。」
ルンタの目が細くなる、ルンタはエリックの意図に気づいたのだ。
ルンタは痺れた指を握り込む。
ルンタの手に血と油が混じったものが滲む。
「——承知。」
「三秒?私を舐めているのか?遅刻するぞ。私のようにな!」
遅刻魔は不敵に笑い、魔力を溜める。
(この一撃に全てを賭けて……!)
——フゥゥゥ
ルンタは息を大きく吐き力を抜いた。
「遅刻しろ!」
「遅刻誘電」
雷が何重にも重なってエリック達を襲う。
——しかしルンタは臆さなかった。
ルンタは信じた。エリックが作った僅かな間合いを、確かに活かせることを。
エリックも、ルンタが必ず動くと信じている。
「奥義・破壊の太刀・破天狼」
——ルンタの一太刀に音はなかった。
(遅刻の判定が発生する前に切る……。脳筋もいいところだ……。)
ルンタはエリックの戦術に呆れつつも尊敬していた。
「……何故遅刻しない……?」
遅刻魔は掠れる声で言う。
「——もう、これ以上は破らないって決めたからだ。」
エリックは呟くが遅刻魔が聞くことはなかった。
「お……わったな。」
ルンタの声が震える。
「リサほんとよく寝れるな……。」
リサが起きてたら“エリックが言うセリフではありません!”って言われてしまうだろう。
「……あいつの出た所をまっすぐ行くと階段がある……。」
「ほら、拙者は迷ってない……。」
エリックは敢えてスルーして先に進んだ。
——夜明けは、もうすぐだ。
誰も遅刻しない朝が、来る。
「いや〜ついに倒したね。」
「そうだな。あいつ第二形態とか聞いてない。」
「ルンタの破天狼もカッコよかった!」
「こうなんかドーンバーンって」
「エリック殿、これだけじゃ何もわからない……。」
「えっじゃあバコン?」
「効果音が変わっただけだ。」
「次回、」
「「竜と街」」
「ドバーンって?」
「もういい。」




