第7話 新しい舞台
昼休みを告げるチャイムが鳴ると同時に教室の空気が一気に緩んだ。授業中の静けさは消え去り、あちこちで椅子を引く音や雑談が広がる。その喧騒の中でも神谷蓮はいつも通りだった。窓際の席に座り、頬杖をつきながら外を眺めている。だが視線の先にある校庭はほとんど見えていなかった。頭の中に浮かんでいるのは昨夜の試合だ。
白石凛。
Celes。
国内トッププロ。
そして、自分が初めて本気で「強い」と思った相手。
最後のラウンドの攻防を思い返すたびに新しい発見があった。あの場面で相手が別の選択をしていたら。自分が〇・一秒遅れていたら。勝敗は簡単にひっくり返っていた。
「おい!!」
突然机を叩かれ、蓮は顔を上げた。
目の前には息を切らした宮城悠人が立っていた。
「何だよ」
「何だよじゃねえよ!」
悠人は勢いよく身を乗り出す。
「何で黙ってたんだよ!」
「何を」
「白石凛との試合だよ!」
蓮は少しだけ目を細めた。
「別に隠してたわけじゃない」
「普通言うだろ!」
「話すことか?」
「あるだろ!」
悠人は頭を抱えた。
「俺、配信見ながら叫んだぞ!?」
「そうか」
「反応薄すぎる!」
周囲の何人かが興味深そうにこちらを見るが、蓮は気にしない。
実際、自分の中では大騒ぎするような出来事ではなかった。
強い相手と戦った。
勝った。
それだけだ。
むしろ試合内容を反省する方が重要だった。
「お前本当に変わってるよな……」
悠人は呆れたように言ったあと、急にスマホを取り出した。
「まあそれは置いといてだ」
「何だ」
「これ見ろ」
差し出された画面には派手な告知画像が映っていた。
『StarLive Fighting Festival』
大きなロゴ。
色鮮やかなデザイン。
見覚えのある名前。
StarLive。
人気VTuberグループだ。
ゲーム配信を中心に活動し、格闘ゲーム企画も頻繁に行っている。
「大会か」
「そう!」
悠人が大きく頷く。
「今めちゃくちゃ話題になってる」
蓮は画面を眺める。
参加者募集。
オンライン開催。
一般参加可能。
賞金あり。
詳細は後日発表。
現時点で分かる情報はその程度だった。
「ふーん」
「だから反応薄いって!」
「まだ何も分からないだろ」
「まあそうだけどさ」
悠人は少しだけ口を尖らせる。
だがすぐに表情を戻した。
「でも結構な規模になるらしいぞ」
「らしいな」
「有名プレイヤーも出るって噂だし」
その言葉に蓮の視線がわずかに動いた。
悠人はすぐに気付く。
「今興味持っただろ」
「別に」
「嘘つけ」
図星だった。
有名人には興味がない。
賞金にも興味がない。
だが強い相手には興味がある。
それだけだった。
「出ればいいじゃん」
「面倒だ」
「絶対出ろって」
「知らない奴ばっかりだろ」
「だからいいんだよ」
悠人は笑った。
「お前さ、自分がどれくらい強いか知りたくないのか?」
蓮は返事をしなかった。
だがその言葉は少しだけ心に残った。
白石凛との試合以降、自分の実力がどこまで通用するのか気になり始めていた。
ランクマッチだけでは分からないことがある。
大会という舞台なら見えるものもあるかもしれない。
「考えとく」
「お、その言い方は出るやつだな」
「知らない」
悠人は満足そうに笑った。
その日の放課後。
帰宅した蓮は制服を脱ぎ、自室へ入った。
机の上にはコントローラー。
モニターにはゲームのタイトル画面。
いつもと同じ光景。
だがゲームを起動しようとしたところで、ふと昼間の話を思い出した。
ブラウザを開く。
StarLive Fighting Festival。
エントリーページ。
参加登録フォーム。
カーソルが静かに点滅していた。
蓮は数秒だけ考える。
大会に興味があるわけではない。
配信にも。
賞金にも。
有名になることにも。
だが。
強い相手と戦える可能性がある。
それだけで十分だった。
プレイヤーネーム入力欄をクリックする。
キーボードへ指を置く。
打ち込まれる文字。
LETHAL
確認。
送信。
それだけだった。
画面にはエントリー完了の文字が表示される。
蓮は特に何も感じなかった。
ただ登録しただけ。
それだけのことだ。
しかしインターネットの向こう側では、すでにその名前を見つけた人間たちがざわめき始めていた。
白石凛を破った謎のKai使い。
LETHAL。
正体不明。
戦績不明。
経歴不明。
分かっているのは強いということだけ。
その名前は少しずつ広がり始めている。
そして神谷蓮自身はまだ知らない。
何気なく押したそのエントリーボタンが、自分を本格的な競技シーンへ引きずり込む最初の一歩になることを。




