第2話 王者のRex
配信を終えるつもりだった神谷だったが、気付けばもう一戦、もう一戦とランクマッチを続けていた。
「これでラストにします」
そう言ってから既に三十分以上が経過している。
コメント欄も半ば呆れ始めていた。
『絶対終わらないやつ』
『格ゲーマーのラスト一戦信用ならん』
『あと五戦だろ』
神谷は苦笑しながら再びマッチングボタンを押した。
そして対戦相手が見つかった瞬間、表示されたプレイヤーネームを見た神谷の表情が固まる。
コメント欄も一瞬だけ静まり返った。
数秒後。
『は?????』
『おいおいおいおい』
『マジかよ』
『皇じゃねぇか!!!!』
画面に表示されていた名前は――【皇】。
格闘ゲーム界で知らない者はいない、日本最強の男、皇恒一のメインアカウントだった。
「え……?」
神谷の口から思わず声が漏れる。
「嘘だろ……」
コメント欄は既に大騒ぎになっていた。
『王来たぞ』
『CSJC王者』
『優勝者だぞ』
『終わったな』
『南無』
さっきまでの緩い空気は完全に消え去り、神谷は自然と姿勢を正した。
相手は現役王者。
日本格ゲー界の頂点に立つ男だ。
だが、さらに驚かされたのはキャラクター選択画面だった。
皇が選んだキャラクターは――Rex。
神谷と同じ新キャラクターだった。
『え!?』
『皇もRex触ってる』
『研究中か』
『これ神回だろ』
ロードが終わり、試合開始のカウントダウンが流れる。
開幕直後、神谷はいつも通り前へ出た。
しかし一秒も経たないうちに違和感を覚える。
「速い……」
同じRex。
同じ技。
同じ性能。
それなのにまるで別キャラクターに見えた。
ステップのタイミング、前後移動の細かさ、技を置く位置、攻める瞬間と引く瞬間。
その全てが異常なまでに洗練されている。
神谷が牽制のジャブを置いた瞬間、その先端をわずかに外した皇が滑るようなステップで潜り込み、差し返しのカウンターを叩き込む。
画面が揺れる。
コンボが始まる。
高難度のルートではない。
だが一切ミスがない。
運び。
ゲージ回収。
起き攻め。
全てが繋がっていた。
気付けば体力が三割近く消えている。
『うわあああ』
『減りすぎ』
『同じキャラかこれ』
『別ゲーやってるだろ』
神谷は必死に食らいつく。
前ステップから中段。
投げ。
ゲージを使った攻め継続。
Rex特有のプレッシャーゲージを回しながら攻め続ける。
だが通らない。
皇は暴れない。
焦らない。
神谷が攻めているはずなのに、なぜか主導権は皇が握っていた。
ガード。
様子見。
微歩き。
そして神谷が少しでも欲張った瞬間だけ反撃する。
「なるほど……」
対戦中にも関わらず神谷の頭は冷静だった。
皇は読みが鋭い。
だがそれだけではない。
もっと根本的な何かが違う。
無駄な行動が存在しないのだ。
飛ぶべきではない場面で飛ばない。
攻めるべきではない場面で攻めない。
勝率の高い選択だけを積み重ね続けている。
だから全てが強く見える。
だから隙がない。
一本目は何もできないまま終わった。
完敗だった。
『強すぎる』
『王だわ』
『レベル違う』
『研究キャラでこれかよ』
だが神谷の目はむしろ輝いていた。
負けている。
圧倒されている。
それなのに楽しい。
今まで見えていなかったRexの完成形が目の前にあるからだ。
二本目。
神谷は動きを変えた。
さっきまでの自分のRexではない。
皇のステップを真似する。
ゲージの残し方を真似する。
攻めを継続するタイミングを真似する。
試合中に学び、試合中に取り入れる。
すると少しだけ景色が変わった。
牽制が当たる。
コンボが繋がる。
起き攻めが続く。
今までなら途切れていた流れが自然と繋がっていく。
『お?』
『今のいいぞ』
『急に上手くなった』
『吸収してる』
神谷自身も驚いていた。
皇の動きには無駄がない。
だからこそ参考になる。
真似するだけでキャラクターの理解度が上がっていく。
そして神谷は少しずつ気付き始めていた。
Rexの本当の強さに。
このキャラクターは派手な火力ではない。
高速ステップによる位置調整。
プレッシャーゲージの管理。
攻めを切らさないコンボ継続力。
その全てを高い精度で回した時に初めて真価を発揮するキャラクターなのだ。
試合は結局負けた。
二連敗。
スコア以上にまだ大きな差がある。
それでも神谷は満足していた。
「分かったかもしれない」
『何が?』
『教えてくれ』
コメント欄が反応する。
神谷はモニターを見つめたまま静かに答えた。
「このキャラの強い動きです」
Rexは難しい。
だが難しいだけではない。
皇のRexはそれを証明していた。
持ちキャラではない。
大会用の研究段階。
それでも圧倒的だった。
つまり、このキャラクターにはまだ誰も掘り尽くしていない可能性が眠っている。
対戦終了後、神谷は戦績画面の敗北表示を眺める。
不思議と悔しさは少なかった。
負けた事実よりも得たものの方が遥かに大きい。
コメント欄も興奮冷めやらぬ様子だった。
『皇もRex研究してるの熱いな』
『対策用だろうな』
『絶対大会見据えてる』
『王者は休まねぇ』
神谷も静かに頷く。
皇恒一は既に次の大会、その先の世界を見据えている。
だから強い。
だから王者であり続けられる。
「俺も負けてられないな」
そう呟きながら神谷は再びランクマッチのボタンを押した。
さっきまで見えていなかったものが、今は少しだけ見える。
世界への道はまだ遠い。
だが確実に前へ進んでいる。
王者との敗北は挫折ではない。
その背中を追いかけるための、新たなスタートだった。




