第1話 新たな拳
CSJC2026終了から一週間。格闘ゲーム界では今も大会の話題が続いていたが、それ以上に注目を集めているものがあった。新シーズンと同時に実装された新キャラクター、《Rex》だ。SNSも動画サイトも配信もRex一色と言っていいほど盛り上がっていた。
RAVEN’S NESTの練習室で、神谷蓮はモニターを見つめながら深く息を吐いた。
「難しすぎるだろ……」
画面の中ではRexのコンボが途中で途切れ、反撃を受けていた。実装から毎日のように触っているが、思い通りに動かせた日は一日もない。プレッシャーゲージの管理、高速ステップを絡めた攻め継続、状況ごとに変わるコンボルート。どれも難しく、少し判断を間違えれば火力が激減する。
「Kaiの方が全然楽ですね」
神谷が呟くと、近くで練習していた九条が笑った。
「そりゃそうだ。Rexは今プロ連中も苦戦してる」
「やっぱりですか」
「使うだけなら簡単だが、強く使うのが難しいタイプだな」
神谷は再びモニターを見る。だが不思議と嫌にはならなかった。むしろ楽しい。昨日できなかったことが今日できる。今日できなかったことが来週にはできるかもしれない。その感覚がたまらなかった。
夜になり、自宅へ戻った神谷は配信を開始する。タイトルは【Rex練習中 ランクマッチ】。配信開始から数分で多くの視聴者が集まり、コメント欄が流れ始めた。
『きたあああああ!』
『LETHALだ!』
『TOP8おめでとう!』
『Rex使いになるってマジ?』
神谷はマイクを調整しながら答える。
「こんばんは。たぶんRex使いになります」
コメント欄が一気に加速する。
『たぶんで草』
『もう引き返せないぞ』
『Kai捨てるのか』
「捨てるというか……Rexの方が面白いです」
『分かる』
『男の子はこういうキャラ好きだからな』
『ロマンキャラだしな』
ランクマッチが始まる。Rexが高速ステップで距離を詰める。ジャブ。ストレート。プレッシャーゲージ上昇。そこから最大コンボへ――行くはずだった。
コンボミス。
反撃。
敗北。
『草』
『いつもの』
『コンボ練習しろ』
神谷も苦笑した。
「いや今のはできたと思ったんですけど」
『みんなそう言う』
『プロもミスってるから安心しろ』
『Rex難しすぎる』
試合は続く。負ける。勝つ。また負ける。そして連勝する。プレッシャーゲージが溜まった時のRexは異常な強さだった。相手を画面端へ追い込み、そのまま何もさせずに倒し切ることもある。だが一度守勢に回ると脆い。強い時は最強クラス。弱い時は一気に崩れる。そんな極端なキャラクターだった。
『強い時やばいな』
『これ完成したら世界狙えるだろ』
『LETHAL向きな気がする』
神谷もそう思っていた。まだ全然使いこなせていない。だが可能性だけは感じる。今までのキャラにはなかった感覚が確かにあった。
数時間後、配信終了前。神谷は椅子にもたれながらコメント欄を見る。
「まだ全然弱いですけど、しばらくはRex一本でやってみます」
『頑張れ』
『海外勢も触ってるらしいな』
『次の大会楽しみ』
『世界編始まったな』
神谷は小さく笑う。
世界。
その言葉を聞くだけで胸が高鳴る。
CSJCで見た景色。
韓国の天才。
中国王者。
アメリカの強豪。
そして絶対王者の皇恒一。
まだ届かない。
だからこそ面白い。
配信を終了した神谷は再びコントローラーを握る。
Rex。
このキャラと共に、もっと強くなるために。
そしていつか、世界の頂点へ辿り着くために。




