第13話 進化への選択
RAVEN’S NEST加入から一週間ほどが過ぎた頃、神谷蓮はいつものように練習ルームでランク上位勢との対戦を終え、一人でリプレイを見返していた。勝率は高い。プロの中に入っても十分通用している。それでも神谷自身には分かっていた。今のままでは国内トップを倒せても、その先にいる皇恒一や世界レベルの選手たちと戦い続けるには何かが足りない。
その日の夜、練習が終わった後に神谷は九条迅と黒崎豪に呼び出され、部門用のミーティングルームへ向かった。
部屋に入ると九条がソファに座りながら笑う。
「最近どうだ?」
「楽しいです」
「それは良かった」
黒崎もコーヒーを飲みながら頷いた。
「じゃが、お前さんの試合は全部見とるぞ」
神谷は少し驚いた顔をした。
「全部ですか」
「当たり前じゃろ」
「期待の新人だからな」
九条がそう言うと机の上にタブレットを置いた。
そこには次回大型アップデートで追加される新キャラクターの資料が映っていた。
神谷の視線が自然とそこへ向く。
九条はその反応を見て笑った。
「やっぱり気になるか」
「少しだけ」
「絶対嘘だな」
黒崎が笑う。
神谷は否定しなかった。
プロゲーマーで新キャラに興味を持たない者はいない。
まして環境を変える可能性のあるキャラなら尚更だった。
九条が資料を切り替える。
画面には黒いグローブを装着した男性キャラクターが映し出される。
派手な飛び道具もなければ武器も持っていない。
純粋な近接格闘家。
しかしそのキャラを見た瞬間、神谷は少しだけ眉を動かした。
「……強そうですね」
「察しがいいな」
九条が笑う。
「このキャラ、お前のメインキャラにかなり近い」
神谷は黙って続きを待った。
「ボクシングベースのインファイター」
「近距離戦特化」
「ステップを使って距離を詰める」
「ここまではお前のキャラとほぼ同じだ」
神谷も頷く。
確かに似ている。
だが九条はそこで言葉を続けた。
「ただし性能が違う」
「どう違うんですか」
「全部ちょっとずつ強い」
神谷の目が細くなる。
黒崎が補足した。
「移動速度が速い」
「通常技の発生も速い」
「コンボ火力も高い」
「立ち回りも強い」
神谷は思わず聞き返した。
「欠点は?」
九条と黒崎が顔を見合わせる。
そして同時に言った。
「難しい」
その一言だった。
九条が資料を見ながら説明する。
「入力精度が要求される」
「判断速度も必要」
「コンボもシビア」
「使うだけなら簡単だが、本当に強く使うなら相当練習が必要だ」
神谷は静かに聞いていた。
九条はさらに続ける。
「簡単に言うと今のお前のキャラの上位互換候補だ」
「ただし使いこなせればの話」
神谷は画面を見つめる。
特殊ステップ。
カウンター技。
前進しながら攻撃を避ける独自動作。
接近戦での圧力。
どれも魅力的だった。
黒崎が笑う。
「お前さん向きじゃと思うぞ」
「相手を観察して読み勝つスタイルと噛み合っとる」
「反応も速いしな」
九条も頷いた。
「今のお前なら十分扱える可能性がある」
「ただ時間はかかる」
「最初は負けるかもしれない」
神谷は数秒考え込む。
今のキャラでも結果は出せる。
だが強くなるためには変化も必要だ。
トッププレイヤーたちが新キャラに挑戦する理由もそこにある。
しばらくして神谷は口を開いた。
「使ってみたいです」
九条が笑う。
「だろうな」
黒崎も楽しそうに頷いた。
「若いのにしては珍しく慎重じゃが、面白そうなものを見ると目が変わるのう」
神谷は少しだけ苦笑した。
否定できなかった。
九条は椅子から立ち上がる。
「じゃあ決まりだ」
「実装されたら最初に触れ」
「俺も付き合う」
「豪さんもな」
黒崎は肩をすくめる。
「老体を酷使するのう」
「まだ現役だろ」
「それもそうじゃ」
部屋に笑いが広がる。
その後も三人は新キャラの性能について語り続けたが、神谷の頭の中では既に対戦のイメージが出来上がり始めていた。
速い。
強い。
難しい。
だからこそ面白い。
国内トップ層と戦うための新たな武器。
そのキャラクターとの出会いが、後に神谷蓮のプレイスタイルをさらに進化させ、日本のプロシーンに新たな旋風を巻き起こすことになる。




