第5話 決意
翌朝。
神谷蓮は目覚ましが鳴る少し前に目を覚ました。
普段ならそのまま支度を始めるところだったが、今日は違う。
昨夜、黒崎豪と長時間対戦したことで考えがまとまっていた。
鷹宮蓮司の言葉。
黒崎豪の実力。
そして自分自身の気持ち。
答えは意外なほど簡単に出ていた。
もっと強くなりたい。
そのために今ある環境を使わない理由がなかった。
蓮はベッドから起き上がると、そのままリビングへ向かった。
朝食の準備をしている母親。
新聞を読んでいる父親。
いつもの朝の光景だった。
「おはよう」
「おはよう、蓮」
「珍しいな。今日は早いじゃないか」
父親が新聞から顔を上げる。
蓮は二人の前へ座った。
そして真面目な顔で言った。
「話がある」
母親と父親が顔を見合わせる。
「なに?」
「どうした?」
蓮は少しだけ間を空けた。
「プロチームに誘われた」
沈黙。
数秒後。
「……は?」
父親が固まる。
「え?」
母親も固まる。
「プロチーム?」
「うん」
「ゲームの?」
「そう」
「え?」
母親がもう一度言った。
「え?」
「なんで二回言ったの」
「いや意味分からないもの!」
父親も新聞を置いた。
「ちょっと待て」
「うん」
「お前、この前の大会優勝したよな?」
「した」
「その結果?」
「多分」
「多分じゃないだろ」
蓮は少し考える。
「ほぼ確実にそう」
「ほぼ確実って何だ」
父親が頭を抱えた。
母親はまだ混乱している。
「テレビに出てたあの大会よね?」
「そう」
「その後もうスカウト来たの?」
「来た」
「早くない?」
「俺もそう思う」
父親が真剣な表情になる。
「どこのチームだ」
「RAVEN’S NEST」
今度は本当に沈黙した。
父親と母親が固まる。
数秒後。
「……あの?」
父親が聞き返す。
「有名なところか?」
「国内最大級らしい」
「らしいって」
「そう聞いた」
「聞いたじゃなくて調べろ」
思わず父親が突っ込む。
すると母親がスマホを取り出した。
「ちょっと待って」
検索する。
数秒後。
「えっ」
母親が目を見開く。
「スポンサーいっぱい付いてる」
「へえ」
「選手も有名な人ばっかり」
「そうなんだ」
「いや興味持ちなさいよ」
蓮は少し苦笑した。
正直なところ、チームの規模よりも所属選手の強さの方が気になっていた。
父親が腕を組む。
「それで?」
「ん?」
「お前はどうしたいんだ」
その質問に迷いはなかった。
「入りたい」
即答だった。
父親と母親が少し驚く。
蓮は基本的に自己主張が少ない。
何かを強く望むこともあまりない。
その蓮が迷いなく言った。
「もっと強くなりたい」
「……」
「今のままでもできると思うけど、多分限界がある」
蓮は言葉を続ける。
「強い人がいる環境でやってみたい」
「なるほどな」
父親が静かに頷く。
しばらく考え込んだあと口を開いた。
「学業はどうする」
「続ける」
「高校は辞めないか」
「辞めない」
「なら問題ない」
あっさりだった。
蓮が少し驚く。
「いいの?」
「反対する理由がない」
父親は笑った。
「ゲームだから駄目なんて時代じゃないだろ」
母親も頷く。
「蓮が本気でやりたいなら応援するわ」
「ありがとう」
「ただし」
母親が指を立てる。
「学校はちゃんと行くこと」
「分かった」
「食事を抜かないこと」
「分かった」
「睡眠削りすぎないこと」
「善処する」
「善処じゃない」
即座に怒られた。
父親が笑う。
「まあ頑張れ」
「うん」
「せっかくなら世界一目指せ」
「急だな」
「どうせやるならそのくらいだろ」
蓮は少しだけ笑った。
こうして両親の許可は驚くほどあっさり下りた。
学校へ向かう途中。
蓮の気持ちは思った以上に軽かった。
迷いがなくなったからだろう。
そして教室へ入る。
相変わらず数人から声をかけられるが、昨日ほどではない。
自分の席へ座ると後ろから声が飛んできた。
「おはよう、全国区」
宮城悠人だった。
「おはよう」
「今日も囲まれてないな」
「みんな飽きたんじゃないか」
「一日で飽きるかよ」
悠人は椅子を引いて隣へ座る。
「なんか顔違うな」
「そうか?」
「昨日よりスッキリしてる」
蓮は少し考えた。
そして言った。
「決めたからかも」
「何を?」
悠人が首を傾げる。
蓮は周囲を確認する。
まだ朝で教室も騒がしい。
誰も聞いていない。
「誰にも言うなよ」
「おう」
「チーム入る」
数秒。
悠人が固まる。
「……は?」
「プロチーム」
「は?」
「入る予定」
「待て待て待て待て」
悠人が慌てて立ち上がる。
「本当に!?」
「本当」
「どこ!?」
「RAVEN’S NEST」
今度は完全にフリーズした。
「……」
「悠人?」
「……マジ?」
「マジ」
「国内最強クラスの?」
「多分」
「多分じゃねえよ!」
思わず声が大きくなる。
周囲の生徒が振り返る。
悠人は慌てて座り直した。
「やばすぎるだろ」
「そうか?」
「そうだよ!」
悠人は頭を抱える。
「この前まで一緒にゲーセン行ってた友達がプロになるとか意味分からん」
「まだなってない」
「時間の問題だろ」
蓮は苦笑した。
すると悠人が急に真面目な顔になる。
「でもさ」
「ん?」
「良かったな」
短い言葉だった。
だが本音だった。
悠人は昔から知っている。
誰よりもゲームをやり続けてきたことを。
勝てなくても続けてきたことを。
強くなるために努力してきたことを。
だからこそ言えた。
「お前ならやれると思う」
蓮は少しだけ目を見開く。
そして小さく頷いた。
「そうだといいな」
「いややれる」
悠人は笑う。
「世界一になったらサインくれ」
「今でも書けるぞ」
「価値が違うんだよ」
二人は笑った。
ホームルーム開始のチャイムが鳴る。
教師が教室へ入ってくる。
いつもと変わらない学校の朝。
だが神谷蓮の未来は、確実に昨日とは違う方向へ動き始めていた。




