第4話 レジェンドの評価
深夜二時過ぎ。
長時間に及んだ対戦を終えた黒崎豪は、自宅のデスクチェアへ深く腰を預けながら静かにモニターを見つめていた。
画面には先ほどまで戦っていたトレーニングルームの履歴が残っている。
神谷蓮。
LETHAL。
大型大会を優勝した話題の高校生。
大会映像は既に何度も確認していた。
鷹宮からも話を聞いている。
だが実際に対戦した感想は、それらとはまったく違うものだった。
「なるほどな……」
思わず独り言が漏れる。
強い。
そんな言葉では足りない。
格闘ゲーム界には天才と呼ばれる選手が何人も存在する。
若くして反応速度で圧倒する者。
努力だけで頂点近くまで到達した者。
独創的な発想で環境を変える者。
黒崎は長年の競技人生で数え切れないほどの才能を見てきた。
だが神谷蓮は少し違う。
最初の数試合。
その時点ではまだ大会映像で見た印象と大差なかった。
冷静。
観察型。
対応力が高い。
その程度だった。
しかし対戦を続けるうちに違和感が大きくなっていった。
一度通した行動が二度目には通らない。
一度見せた択に対して次から回答を用意してくる。
そして恐ろしいのは、それが試合ごとではなく試合中に起きることだった。
普通のプレイヤーは経験を蓄積して成長する。
強いプレイヤーは一日ごとに成長する。
トッププレイヤーは一試合ごとに成長する。
だが神谷蓮は違う。
一ラウンドごとに成長している。
「化け物だな」
黒崎は小さく笑った。
本人は無自覚なのだろう。
だからこそ厄介だ。
あれは意識して身につけた技術ではない。
生まれついて持っている感覚に近い。
対戦相手を観察し、情報を整理し、最適解を探し続ける能力。
それが異常なレベルで完成されている。
さらに厄介なのは。
まだ荒削りだということだった。
細かなミスはある。
経験不足も見える。
知らない状況も多い。
だが逆に言えば伸び代しかない。
完成された選手ではなく、これから完成される選手。
それが黒崎の印象だった。
「鷹宮が欲しがるわけだ」
そう呟きながらスマホを手に取る。
時刻は深夜。
だがRAVEN’S NESTのグループチャットはまだ動いている。
プロゲーマーにとって深夜は活動時間だ。
黒崎はチームのグループへ短くメッセージを送った。
【黒崎】
『今神谷蓮と対戦終わった』
数秒後。
既読が一気につく。
最初に反応したのは雨宮悠真だった。
【雨宮】
『え!?もう対戦したんですか!?』
【雨宮】
『どうでした!?』
続いて小鳥遊ひまり。
【ひまり】
『ずるい』
【ひまり】
『私まだ会ってないんだけど』
【ひまり】
『感想は?』
さらに真田誠司も参加する。
【真田】
『気になるな』
【真田】
『大会映像だけじゃ分からん』
黒崎は少し考えたあと返信した。
【黒崎】
『強い』
数秒沈黙。
その後。
【ひまり】
『いや雑』
【雨宮】
『説明になってません』
【真田】
『黒崎さんが強いだけで片付ける時は本当に強い時なんだよな』
そのメッセージに黒崎は少し笑った。
そして続ける。
【黒崎】
『今まで見てきた若手の中でも上位だ』
チャットが静かになる。
それだけで十分伝わったらしい。
黒崎豪は滅多に他人を褒めない。
その黒崎がここまで言うのは珍しい。
さらにメッセージを送る。
【黒崎】
『ただし完成してない』
【雨宮】
『どういう意味です?』
【黒崎】
『経験不足』
【黒崎】
『知識不足』
【黒崎】
『だが学習速度が異常』
今度はすぐに反応が返ってこない。
皆読んでいる。
理解しようとしている。
そして数十秒後。
グループへ新しい名前が現れた。
【九条迅】
チームのエースだった。
【九条】
『そんなにか?』
黒崎は即答する。
【黒崎】
『そんなにだ』
短い返答。
しかし十分だった。
九条もそれを理解したらしい。
【九条】
『面白そうだな』
それだけ送ってくる。
黒崎は思わず笑った。
九条らしい反応だった。
強い相手がいる。
それだけで興味を持つ。
単純だがトッププレイヤーらしい思考でもある。
その時。
新たな通知が表示された。
【鷹宮蓮司】
オーナー本人だった。
【鷹宮】
『評価は?』
グループ全体が静かになる。
誰もが黒崎の返答を待っていた。
黒崎は少し考える。
そして短く打ち込む。
【黒崎】
『獲れ』
一言。
それだけだった。
しかしその言葉の重みをチーム全員が理解していた。
【黒崎】
『絶対に逃がすな』
グループチャットが数秒止まる。
そして。
【鷹宮】
『了解』
短い返事。
だがそこには強い意志が込められていた。
鷹宮も同じ考えだった。
神谷蓮は手放してはいけない人材だ。
もし他チームへ渡れば。
数年後。
必ず脅威になる。
黒崎はスマホを机へ置く。
そして再びモニターを見る。
最後の対戦リプレイが残っていた。
試合終盤。
自分が長年使ってきた読み合いに対して、神谷蓮が数試合のうちに回答を導き出した場面。
普通ならあり得ない速度だった。
「面白い時代になりそうだ」
長年競技シーンを見続けてきた黒崎だからこそ分かる。
新しい世代が現れる瞬間。
そして今。
その中心にいるのは間違いなく神谷蓮だった。
黒崎豪は静かに笑う。
久しぶりだった。
未来を楽しみに思えたのは。




