第2話 スカウト
現在の国内格闘ゲームシーンには、いくつかの有力チームが存在している。
桐生蒼真が所属するPhoenixは、長年にわたり競技シーンの最前線を走り続けてきた名門チームであり、数多くのトッププレイヤーを抱える実力重視の組織として知られている。
白石凛や神崎結衣が所属するNOVA eSportsは、競技だけでなく配信活動にも力を入れており、若いファン層から圧倒的な支持を集める人気チームだった。
そして現在、最も大きな影響力を持つと言われているのがRAVEN’S NESTである。
競技実績、人気、配信力、スポンサー規模、その全てが国内トップクラス。
九条迅、小鳥遊ひまり、真田誠司をはじめとした有名選手たちが所属し、今や格闘ゲーム界の中心とも言える存在になっていた。
そんなチームのオーナーが、今まさに神谷蓮の目の前に立っている。
ゲームセンターの一角。
対戦台から聞こえてくるレバーの操作音や歓声が周囲に響いているにもかかわらず、蓮にはその音が少し遠く感じられた。
「……RAVEN’S NESTの鷹宮さんですか」
「知ってくれていて助かるよ」
鷹宮蓮司は穏やかに笑った。
テレビや配信で見る姿とほとんど変わらない。
だが実際に近くで見ると、その存在感は画面越しとは比べ物にならなかった。
「まあ、知らない人はいないと思います」
「そう言ってもらえると嬉しいな」
オーナーが近くの休憩スペースを指差す。
「向こうで少し話そうか」
蓮は小さく頷いた。
数分後。
店の奥にある休憩スペース。
自販機で買った缶コーヒーを片手に鷹宮が向かいへ座る。
オーナーは気を遣って席を外していた。
向かい合う二人。
先に口を開いたのは蓮だった。
「それで、何の用ですか」
遠回しな言い方はしない。
鷹宮も少し笑った。
「単刀直入だね」
「その方が早いので」
「確かに」
鷹宮は缶コーヒーを机に置く。
そして真っ直ぐ蓮を見た。
「君に会いに来た理由は一つだ」
短い沈黙。
「神谷蓮というプレイヤーを直接見たかった」
蓮は黙って聞いている。
「大会の映像は何度も見返した」
「……」
「準々決勝も、準決勝も、決勝も全部だ」
鷹宮の声は落ち着いていた。
しかしその視線には明確な熱があった。
「正直に言うと、最初は信じられなかった」
「何がですか」
「無名の高校生が国内トッププレイヤーたちを倒して優勝したことだよ」
それは多くの人間が抱いた感想だった。
だが鷹宮は続ける。
「けれど映像を見れば見るほど分かった」
「……」
「君は偶然勝ったわけじゃない」
蓮の表情は変わらない。
しかし鷹宮は確信しているようだった。
「試合中に相手を学習している」
「……」
「しかも異常な速度で」
蓮は少しだけ目を細めた。
そこまで見抜いている人間は少ない。
実況や視聴者は『適応力が高い』と言っていた。
だが本質は違う。
蓮自身は試合中に相手の癖や思考を観察し、頭の中で組み立てながら戦っている。
「面白いですね」
「ん?」
「そこまで見てる人は少ないので」
鷹宮が笑う。
「仕事柄ね」
それから少しの間、格闘ゲームの話が続いた。
大会の話。
海外シーンの話。
最近の環境の話。
蓮も自然と会話に参加していた。
不思議だった。
初対面なのに話しやすい。
おそらく鷹宮自身が昔プレイヤーだったからだろう。
競技者特有の感覚を理解している。
そして十分ほど話した頃。
鷹宮が本題を切り出した。
「さて」
缶コーヒーを机へ置く。
「そろそろ本題に入ろうか」
蓮も分かっていた。
ここからが本番だ。
鷹宮は静かに言った。
「神谷蓮」
名前を呼ぶ。
「君をRAVEN’S NESTへ迎えたい」
予想通りの言葉だった。
驚きはない。
大会終了後からそういう話が来ることは何となく想像していた。
「正式なスカウトですか」
「もちろん」
鷹宮は即答した。
「うちは本気だ」
その言葉には迷いがない。
「契約内容や活動方針については後日詳しく説明できる」
「……」
「学業も考慮する」
「……」
「配信活動を強制することもない」
「……」
「君が望む形を一緒に考えるつもりだ」
蓮は少し考え込む。
プロチーム。
今までとは全く違う世界。
大会に出て勝つことだけを考えていた自分には縁のない話だと思っていた。
だが目の前にその選択肢が存在している。
「どうしてそこまで評価するんですか」
鷹宮は少しだけ笑った。
そして言った。
「君が強いから」
蓮は黙る。
「それだけじゃない」
鷹宮は続ける。
「今の格闘ゲーム界には天才が何人もいる」
「……」
「だが君は少し違う」
休憩スペースの空気が静かになる。
「君はまだ完成していない」
「……」
「だからこそ恐ろしい」
その言葉は不思議と重かった。
大会で優勝した。
確かに結果は残した。
だが蓮自身、自分が完成されたプレイヤーだと思ったことは一度もない。
むしろ課題ばかり見えている。
「君はこれからもっと強くなる」
鷹宮は断言した。
「俺はそう確信している」
蓮は視線を落とした。
そして数秒後。
「すぐには答えられません」
正直な返答だった。
鷹宮は頷く。
「それでいい」
予想していたような反応だった。
「人生を変える話だからね」
「……」
「じっくり考えてくれればいい」
蓮は少しだけ安心した。
強引に迫られるわけではないらしい。
だが次の瞬間。
鷹宮は意味深な笑みを浮かべた。
「ただし」
「?」
「うち以外も動いてると思うよ」
蓮は眉を上げた。
「他もですか」
「間違いなくね」
大会で優勝した無名の高校生。
そんな逸材を放置するチームはいない。
Phoenixも。
NEO Gamingも。
その他のチームも。
既に動き始めている可能性は十分あった。
「まあ、その辺りの話も含めてまた連絡するよ」
鷹宮は立ち上がる。
「今日は顔合わせだと思ってくれていい」
「分かりました」
蓮も立ち上がった。
握手を交わす。
その瞬間だった。
鷹宮がふと笑う。
「そういえば」
「はい」
「九条迅が君に会いたがってる」
蓮の動きが止まった。
RAVEN’S NEST最強プレイヤー。
国内トップクラスの実力者。
「あの九条さんが?」
「かなり興味を持ってる」
鷹宮は楽しそうに言う。
「会ったら面白いことになりそうだ」
蓮は何も言わなかった。
だが少しだけ興味が湧いていた。
九条迅。
今の自分が戦ったらどうなるのか。
そんな考えが頭をよぎる。
鷹宮はそれを見抜いたように笑った。
「その顔を見る限り、君はやっぱりプレイヤーだな」
そしてオーナーへ軽く手を振ると、そのまま店を後にした。
自動ドアが閉まる。
静寂。
残された蓮はしばらく入口を見つめていた。
昨日まではただの高校生だった。
だが今、自分の前にはいくつもの道が広がり始めている。
そしてその全てが、まだ見たことのない世界へと繋がっていた。




