第3話 トッププロ
――FIGHT。
試合開始と同時に両者は動かなかった。
前へ出ない。
技も振らない。
ただ歩く。
一歩。
また一歩。
格闘ゲームを知らない人間から見れば地味な光景だろう。
しかし上級者同士の試合では違う。
この数秒に大量の情報が詰まっている。
「……」
蓮は画面を見つめる。
白石凛のCelesは無駄がない。
歩く距離。
立ち止まるタイミング。
間合いの管理。
全てが洗練されていた。
下手なプレイヤーなら何となく技を振る。
だが凛は違う。
一つ一つに意味がある。
だからこそ隙が見えない。
先に動いたのはCelesだった。
鋭い踏み込み。
剣による中距離牽制。
蓮は後ろへ下がる。
届かない。
ギリギリで届かない。
その距離だった。
「うまいな……」
思わず呟く。
剣のリーチを最大限に押し付けてくる。
近付けば斬られる。
離れれば主導権を握られる。
厄介な距離だった。
だが。
蓮も前へ出る。
Kaiの拳が伸びる。
下段。
フェイント。
投げ。
読み合い。
凛は即座に対応する。
防ぐ。
離れる。
切り返す。
お互いに決定打がない。
コメント欄も盛り上がり始めていた。
『うまくね?』
『相手誰だよ』
『凛が全然触れない』
『このLETHALって人強くないか?』
凛自身も違和感を覚えていた。
「強い……」
小さく呟く。
まだ数十秒。
それなのに分かる。
読み合いが成立している。
普段ならここで崩れる相手が多い。
だがこの相手は違う。
距離を合わせてくる。
選択肢を散らしてくる。
何より。
反応ではない。
読んでいる。
そんな感覚があった。
再び距離が開く。
画面中央。
仕切り直し。
その瞬間。
凛が動いた。
前ステップ。
中段。
キャンセル。
下段。
高速二択。
上級者でも対応が難しい連携だった。
だが蓮は見切る。
ガード。
下段ガード。
反撃。
カウンター。
「っ!」
凛の目が僅かに開く。
コンボ。
追撃。
さらに追撃。
Kaiの連続攻撃が体力を奪う。
会心の一撃だった。
しかし。
終わらない。
凛は即座に受け身を取る。
起き上がり。
無敵技。
切り返し。
再び攻守が入れ替わる。
「うまっ!」
蓮が思わず笑った。
反応速度がおかしい。
普通なら焦る場面だ。
だが冷静。
完璧な選択。
トッププロ。
その言葉に偽りはなかった。
試合時間が残り三十秒を切る。
互いの体力はほぼ同じ。
どちらも決定打がない。
観察。
牽制。
探り合い。
一瞬のミスが命取りになる。
凛の剣が掠る。
蓮の拳が届く。
体力が少しずつ削れていく。
そして。
残り五秒。
両者の体力差は僅か。
ほとんど見分けがつかないほどだった。
「これ……」
凛が集中する。
蓮も息を止める。
残り三秒。
二秒。
一秒。
TIME UP。
試合終了。
判定画面が表示される。
勝者。
《Rin_NOVA》
体力差。
ほんの僅か。
数ドット。
それだけだった。
「マジか」
蓮が笑う。
負けた。
だが悔しさより驚きの方が大きい。
面白い。
純粋にそう思った。
一方で配信画面の向こうでは凛も小さく息を吐いていた。
「危なかった……」
コメント欄が爆発する。
『接戦すぎる』
『誰だこいつ』
『凛が苦戦してるぞ』
『マジで強い』
『初見なんだけど』
凛は画面を見つめる。
LETHAL。
聞いたことのない名前。
だが。
間違いなく強い。
今までのランクマ相手とは明らかに違う。
そして蓮もまた思っていた。
――なるほど。
少し見えてきた。
まだ完全じゃない。
だが情報は集まり始めている。
歩き方。
守り方。
攻め方。
癖。
選択肢。
トッププロだからこそ癖は少ない。
それでもゼロではない。
蓮の視線が鋭くなる。
画面には次の試合のロード画面が表示されていた。
一勝〇敗。
二本先取ルール。
まだ終わっていない。
そして。
本当の読み合いはここからだった。




