第25話 新星
スコアは2-2。
優勝まであと一先。
敗北まであと一先。
大型大会決勝戦はついに最終局面へと突入した。
配信画面には《Kai》と《焔舞》が向かい合う姿が映し出されているが、ここまでの四先で積み重ねられた情報量は凄まじく、もはや両者とも相手の行動パターンや癖を把握し切っているはずだった。
黒田が緊張した声で言う。
「いよいよ最後です!」
「この一先で優勝者が決まります!」
星乃ルナも思わず身を乗り出していた。
「すごい……本当に最後なんだ……」
鬼塚は静かにモニターを見つめる。
「ええ。ただ――」
そこで言葉を切った。
ロードが終わる。
FINAL SET
FIGHT
試合開始。
そして。
開始直後。
鬼塚の目がわずかに見開かれた。
「……そう来ましたか」
黒田も気付く。
「え!?」
「LETHAL選手、今までと動きが違う!?」
これまでの蓮は相手を観察し、情報を集め、試合中に修正を重ねていくタイプだった。
だが今は違う。
開始と同時に前へ出た。
止まらない。
距離を取らない。
様子見もしない。
《Kai》がひたすら前へ進む。
桐生も一瞬だけ反応が遅れた。
今まで見せていた蓮のスタイルではなかったからだ。
下段。
ヒット。
コンボ。
起き攻め。
さらに前へ。
コメント欄も驚く。
『攻める!?』
『今までと違う』
鬼塚が静かに説明する。
「ここまでの四先で十分情報を集め終えたんでしょう」
「だから今は観察ではなく実行に移っています」
桐生はすぐに立て直す。
さすが国内トッププレイヤーだった。
暴れ。
切り返し。
差し返し。
焔舞の高火力コンボ。
体力差が消える。
試合は再び五分。
だが蓮は止まらなかった。
攻める。
崩す。
攻める。
また攻める。
今までなら一度下がっていた場面でも前へ出る。
一度距離を取っていた場面でも踏み込む。
まるで大会を通じて積み上げた全てを信じ切ったような戦い方だった。
桐生の表情が初めて変わる。
(読まれている)
今までなら通っていた選択肢。
これまで機能していた崩し。
その全てに《Kai》が先回りしている。
蓮は反応しているのではない。
予測している。
いや。
理解している。
準決勝から続いた長い戦いの中で、桐生蒼真というプレイヤーそのものを。
黒田が思わず声を上げる。
「攻め続ける!」
「LETHAL選手、一切引きません!」
星乃ルナも興奮していた。
「すごい……!」
「ずっと前に出てる!」
中盤。
体力。
LETHAL六割。
桐生四割。
初めて蓮が明確にリードした。
しかし桐生も終わらない。
焔舞の怒涛の連携。
崩し。
投げ。
高火力コンボ。
一気に体力差が縮まる。
残り体力。
両者三割。
決勝戦にふさわしい激戦だった。
コメント欄も流れる。
『どっちだ』
『最後まで分からん』
中央。
二人が向かい合う。
数秒にも満たない静寂。
だがその一瞬の中に無数の読み合いが存在していた。
そして。
桐生が動く。
蓮も動く。
次の瞬間。
《Kai》がわずか半歩だけ前へ出た。
それはこの大会で何度も見せてきた動きだった。
しかし意味が違う。
誘い。
桐生の反撃を引き出すための布石。
焔舞の技が振られる。
蓮は待っていた。
回避。
空振り確認。
最速入力。
《Kai》の最大火力始動。
カウンターヒット。
画面が止まる。
黒田が絶叫した。
「入ったああああああああ!!」
鬼塚も思わず声を漏らす。
「決まった……!」
高難度コンボ。
一度もミスしない。
長い。
だが速い。
観戦者全員が見守る中、《Kai》は最後までコンボを完走した。
桐生の体力が消える。
そして。
K.O.
一瞬。
配信全体が静まり返ったように見えた。
次の瞬間。
黒田の叫びが響く。
「決着うううううううう!!」
「優勝は――LETHAL選手ぅぅぅぅぅぅ!!」
星乃ルナも立ち上がっていた。
「すごい!」
「本当に優勝しちゃった!」
鬼塚は小さく笑う。
「見事でしたね」
「最後の一先は完全に別の選手でした」
結果表示。
LETHAL 3
桐生蒼真 2
無名。
所属なし。
配信経験ほぼなし。
大会経験もほぼなし。
高校二年生。
そんな少年が国内トッププレイヤーたちを次々と倒し、優勝候補筆頭だった桐生蒼真との激闘を制し、大会の頂点へと立った。
コメント欄は止まらない。
『優勝おめでとう!』
『伝説誕生』
『何者なんだよ』
『LETHAL最強!』
画面の向こうで蓮は大きく喜ぶこともガッツポーズをすることもなかった。
ただ静かにコントローラーを置き、勝利画面を見つめる。
その表情はいつも通り落ち着いていた。
だが胸の奥には確かな実感があった。
ゲーセンで積み重ねてきた無数の対戦。
誰にも知られなかった努力。
何度も負けて、何度も考えて、何度も強くなってきた時間。
その全てが今、この瞬間につながっていた。
こうして。
正体不明の新星として現れた神谷蓮――LETHALは。
初めて出場した大型大会で優勝を成し遂げたのだった。




