第15話 適応の先
数分のインターバルを挟み、準決勝第二ゲームが始まる。白石凛はレバーに手を置いたまま、静かにモニターを見つめていた。
第一ゲームは取った。
だが安堵はない。
むしろ胸の奥には緊張感があった。
LETHALは一度見たものを覚える。
そして次には対策してくる。
天城レオとの試合を見て理解していたはずだった。
それでも実際に向き合うと、その圧力は想像以上だった。
(ここからが本番ね)
凛は小さく息を吐く。
不思議と恐怖はなかった。
あるのは高揚感だった。
ここまで試合中に変化する相手は初めてかもしれない。
だからこそ負けたくない。
ランクマッチで敗れた時から抱き続けている感情は変わらなかった。
勝ちたい。
それだけだった。
「Round 1――Fight!」
試合開始。
凛はすぐには動かなかった。
第一ゲームと同じことはしない。
同じ攻めは通用しない。
そう確信していたからだ。
慎重に距離を測りながら牽制を振る。
Celesが前へ出れば、Kaiも距離を調整する。
互いに様子を見る立ち上がり。
しかし数十秒も経たないうちに凛は違和感を覚えた。
(もう……来てる)
下段を見せれば止められる。
投げを狙えば抜けられる。
接近すれば迎撃される。
すべてが読まれているわけではない。
だが確実に対応されている。
第一ゲームで集められた情報が、今まさに武器として使われていた。
「おおっと!」
実況の黒田が声を上げる。
「Kaiの対応が明らかに変わっています!」
「来ましたね」
鬼塚が頷いた。
「これがLETHAL選手の強さです。ただ反応しているわけじゃありません。相手の行動を整理して、危険な選択肢から順番に潰しているんです」
凛の口元がわずかに歪む。
悔しい。
だが同時に感心してしまう。
(本当に試合中に強くなるんだ)
試合は中盤へ進む。
凛が攻める。
Kaiが止める。
凛が変える。
Kaiも変える。
その繰り返しだった。
投げを見せれば抜けられる。
下段を混ぜれば置き技が飛んでくる。
距離を詰めれば迎撃される。
ほんの数分前まで通っていた行動が、少しずつ通らなくなっていく。
観客席からは絶えず歓声が上がり続けていた。
『レベル高すぎる』
『読み合いの速度がおかしい』
『決勝戦みたいだ』
コメント欄も熱狂に包まれる。
「LETHAL選手が白石選手の攻めを整理していますね」
鬼塚の解説が聞こえる。
凛も同じことを感じていた。
投げは警戒される。
下段は止められる。
接近ルートも絞られる。
少しずつ。
確実に。
自分の得意な攻めが消されていく。
普通なら焦る場面だった。
だが凛は笑っていた。
(面白いじゃない)
ここまで試合中に成長する相手は滅多にいない。
だからこそ燃える。
トッププレイヤーとしての闘争心が熱を帯びていく。
終盤。
体力はCelesが三割。
Kaiが五割。
状況は不利だった。
だが凛は冷静だった。
まだ終わっていない。
LETHALは強い。
それは認める。
だが完璧ではない。
第一ゲームでも感じた。
未知の選択肢への対応だけは僅かに遅れる。
そこしかない。
そこを通す。
凛は前へ出る。
最速ステップ。
投げを匂わせる。
Kaiが反応する。
その瞬間だった。
特殊移動。
今まで見せていなかった軌道。
会場がどよめく。
Kaiの反応が一瞬だけ遅れた。
(通った!)
凛の攻撃がヒットする。
歓声が爆発した。
「通ったぁぁ!」
黒田が絶叫する。
コンボ。
追撃。
さらに追撃。
体力差が一気に縮まる。
観客席から大歓声が響く。
まだ勝てる。
まだ届く。
凛の胸が高鳴った。
だが次の瞬間だった。
コンボ終了後の起き上がり。
凛が攻めを継続しようとしたその時。
Kaiが最速で前進する。
鋭いカウンター。
画面が揺れる。
会場がどよめいた。
「うまい!」
「そこを狙うのか!」
鬼塚も思わず声を上げる。
凛は理解した。
(そこまで読んでたのね)
悔しさが込み上げる。
だが同時に笑みも漏れた。
強い。
本当に強い。
だからこそ倒したい。
その感情がさらに大きくなる。
Kaiのコンボが始まる。
追撃。
さらに追撃。
体力が削られていく。
そして最後の一撃が決まった。
「K.O.!!」
第二ゲーム勝者。
LETHAL。
会場が大きく沸き立つ。
これで一勝一敗。
勝負は最終ゲームへ持ち込まれた。
凛は静かに息を吐いた。
負けた。
しかし俯くことはない。
むしろ瞳には強い光が宿っていた。
確かに攻略された。
確かに対応された。
だがこちらも見えたものがある。
未知の選択肢は通る。
崩せる瞬間は存在する。
まだ勝てる。
まだ終わっていない。
「本当に凄い試合です」
黒田の声にも熱がこもる。
「白石選手が修正するたびにLETHAL選手も修正してくる!」
鬼塚も頷いた。
「技術や反応速度だけの勝負ではありません。どちらが先に相手の思考を崩せるか。その戦いになっています」
凛は再びレバーを握り直した。
最終ゲーム。
勝てば決勝。
負ければ敗退。
目の前にいるのは間違いなく今まで戦ってきた中でも最高クラスの強敵だった。
それでも迷いはない。
攻略されるなら、その先を行く。
適応されるなら、さらに適応する。
白石凛は静かに集中を高めながら、運命の最終ゲームを待った。




