第53回 大晦日
年末の京都は、去年とはまるで別の街のように賑やかだった。
昭和最後の年末に漂っていた、あの"息をひそめる感じ"はどこにもない。
阪急や高島屋や大丸は歳末大売り出しの垂れ幕を出し、去年は控えめだった飾りつけも今年は堂々としている。
御幸町通を歩けば、ちいさな漬物屋の前から柴漬けやすぐきの樽を開ける香りがふっと漂ってくる。
白味噌屋の店先には、木桶に布をかけた味噌がずらりと並び、"雑煮用 白味噌 量り売り"の札が揺れていた。
錦市場には人が溢れ、冷たい空気の中で、みんなの吐く白い息まで楽しそうだった。
路地に入ると、表のにぎわいとは打って変わって静かだ。
冬の日差しが細い路地の奥まで届かず、ひんやりしている。
どこかの家の台所から、昆布出汁を温める匂いがふっと流れてきた。
通りに面した格子戸のすき間からは、「ほな、年越し蕎麦は三人前ね」という台所の声がこぼれてきた。
行き交う人は多いのに、どこか静かで、
ひとりひとりが"自分の家の年末"に向かって忙しく歩いている。
京都の冬は、街全体がひとつの家みたいだと毎年思う。
晴れているのに、遠くの比叡山は白く霞んで見える。
鴨川の水面はぴんと張りつめたように澄んでいて、河原を歩くと、踏むたびに霜が"シャリッ"と鳴った。
南禅寺の境内には薄い霜が降り、蹴上のインクラインは霜で真っ白になっていた。
疎水沿いの石畳は凍ってすべりやすく、そこを通る学生たちが息を白くしながら笑って歩いていく。
去年は、昭和が閉じる空気の中で街全体にどこか影があった。
けれど今年の京都は違う。
人も店も町家も、みんな普通に、いや、去年の分まで楽しもうとしているみたいだった。
浮かれた明るさと、京都の冬の静けさが、少し不思議に共存していた。
◇ ◇ ◇ ◇
「はい、ハルくん、コーヒー入ったよ」
机に向かう僕の原稿用紙の横に、舞子がマグカップを置いてくれた。
「どう?進んでる?」
心配そうに顔を覗き込む舞子に、曖昧な笑みを返して頷く。
クリスマスまでがっつりとスノボーツアーで遊んでしまった僕の卒論制作は、年明けの一次提出を控えて、お尻に火がついていた。
"ただの感想文"と断じられた僕の卒論、教授からの助言で、共同幻想論と構造主義の視点から、ホイチョイ映画とユーミンのマーケティングやプレゼンテーションを分析し直すことで、確かに"ただの感想文"ではなく、"学術論文"ぽくなりつつはあったが、今度は僕の中で割り切れないものが生まれてきた。
「単位貰えたらそれでええねんから、それ以上考える必要ないで!」
タツヤは笑うが、僕はそんな風には割り切れない。それでは嫌だった。
自分でも面倒臭い性格だ。
今の状態では何かが足りない。
このテーマを最初に考えついた時に感じたときめき、そう「ワクワク」が足りないのだ。
では「ワクワク」の正体とはなにか?
──それは「ポップ」である。
それが、ここ数日、ああでもないこうでもないと自分の文章をこねくり回した末にたどり着いた一つの指針だった。
そして、その「ポップ」を卒論に息づかせるために僕が辿り着いたのが、吉本隆明とレヴィ・ストロースに加えて、村上龍を加えるということだった。
彼の作品の根底に流れる「快楽主義」、"テニスボーイの憂鬱"で描かれた「キラキラと輝くシャンパンの泡みたいに、輝く自分を見せることしかできない」という思想を、この論文に取り込むことで、教授に認められながら僕も納得できるものになる気がする。
"キラキラした虚構"をどう扱うか──それがこの卒論の核心なのだとようやく気づいた。
そうして僕のアパートの机に積み上げられた参考文献の山に"限りなく透明に近いブルー"に始まる彼の著書の数々が加わり、僕は「卒論を仕上げなければならない」というプレッシャー以上に、論を組み立てる面白さにハマり、舞子とはスノボーから帰った翌日河原町にプレゼントのモフモフ耳当てを買いに行ったきり、遊びに行くこともせず、それどころか食事の世話から洗濯から掃除からゴローちゃんの世話から、それこそ生活の全てを、舞子に委ねた状態になっていた。
「ほらハルくん、銭湯行くよ」
そんな声に引きずられるように立ち上がるのが毎晩になった。
舞子はほとんど、僕の生活を丸ごと支えてくれていた。
そして。
その甲斐あって、大晦日を明日に控えた三十日、ついに自分でも納得のいく論文がとりあえずではあるが完成した。
年明け、教授にみてもらうのが楽しみだ、そう思えるものが。
◇ ◇ ◇ ◇
「舞子、おかげで何とか大晦日からはゆっくりできそうやわ。錦市場に買い物行って、今年もニシン蕎麦とお雑煮作ろ。八坂さんで火ぃもろて」
「わーい!お疲れ様!行こう行こう!でも今年は、最後のシメはテンイチじゃなくて高台寺のお蕎麦屋さんね!」
「分かったー。ほんで、元旦は今年こそ白髭神社まで初詣ドライブ行こう!今年はバイト休みやろ?」
舞子は去年はホテルのレストランのモーニングタイムのバイトをしていたから正月は大忙しだったが、個人経営のレストランの今年は年末年始は休みだ。
「楽しみー」
そういう舞子のもとに、しかし、実家のおばあちゃんから「たまには正月帰っておいで。舞子の顔が見たい」という手紙が届いたのは、翌日の朝のことだった。
舞子の大好きなおばあちゃん。
両親とギクシャクしていた頃も、おばあちゃんだけは舞子の味方だったとこの前話してくれた。
「ハルくん…」
眉尻を下げて申し訳なさそうな顔で僕を見る舞子に、僕は
「ええで。顔見せてきたげて。僕はタツヤとかと遊んでるわ」
と答えた。
が、そんな都合よくはいかないもので、大晦日はタツヤも、ヒロくんも、マサキも、広研の同期も、みんな既に先約済みだった。
「お前、前の日に言うてきて空いてるわけないやん?」
おまけに、実家の両親まで、今年は有馬の温泉宿で年越しから正月の湯治の予定だという。
かくして、恐らくは人生で初めての、一人きりの年越しが決定した。
◇ ◇ ◇ ◇
「じゃあ、できるだけ早く帰って来るから、風邪引かないでね!」
そう言って舞子が京阪で行ってしまった夕方、僕は何にもすることが無くなった。
誰もが家族や恋人や友達と温かな時間を過ごしている大晦日の街に、一人で出かける気もしない。
仕方がないから、商店街に寄って年越しそばとお雑煮の材料を買い、僕はアパートに戻った。
テレビをつけると、美空ひばりの「川の流れのように」のビデオが流れていた。
光GENJI、杏里、石川さゆり、マルシア…次々に出てくる歌手を観るともなく観ている内にコタツでゴローちゃんと一緒にうとうとと居眠りをしてしまった。
テレビからひときわ大きな歓声が流れ、その声で目が覚める。
画面では、少年隊のヒガシが、Winkにトロフィーを渡しているところだった。
目覚ましにコーヒーを淹れる。
テレビからは樹木希林と岸本加世子のCMが聞こえる。
♪お正月を写そう
こたつに入り直してチャンネルを紅白に変えると、武田鉄矢がよく知らない曲を歌っていた。
「贈る言葉歌えよ…」
思わず独り言を言うが、もちろん舞子の返事はない。
ちょっと尾崎放哉の気持ちが分かった。
「知らん歌手多いなー」
また一人で呟きながら、結局最後まで観てしまった。
野鳥の会が出てきたあたりで、僕はテレビを切って買ってきたどん兵衛天ぷらそばのフィルムを剥がし、ストーブの上のヤカンから湯を注いだ。
去年はちゃんと出汁を取ったニシン蕎麦を舞子と二人で食べたなあ、なんて思い出しながら箸を割る。
蓋をそっとめくると、湯気といっしょに、昆布とかつおのまざった、どこか"台所の匂い"みたいな温かさがふっと漂った。
箸で麺を持ち上げる。
細めの油揚げ麺が、湯を吸ってやわらかく揺れる。
鍋で茹でる蕎麦とは違う。
けれど、この軽さと香りは、これはこれで悪くない。
つゆをひと口すすった瞬間、胸の奥の空っぽのところに、じんわりと何かが染みていくようだった。
鮮烈な旨さじゃない。
でも、寒い夜にひとりで食べるには十分すぎるほどの温度がある。
ふと部屋の静けさが耳に戻る。
舞子は大阪へ帰っていて、テレビを消すと、本当に何の音もしない。
その静けさの中で、湯気だけがゆっくりと揺れていた。
天ぷらを箸でつまむと、もう半分つゆを吸って重たくなっている。
かじると、"サクッ"でも"ふわっ"でもない、なんとも言えないへなりとした食感で、でもそこに油と出汁が混ざって、妙に落ち着く味になる。
「……うまいな、これ」
小さく呟いた声が部屋に沈む。
誰にも返事されないのが、逆に寂しさをはっきりさせた。
けれど、熱い蕎麦をすすっていると、
その寂しささえ、湯気に紛れて薄ぼんやりと溶けていく。
舞子と食べるちゃんとした年越しそばとは全く別物だが、この夜には、これくらいでちょうどいいのかもしれない。
ストーブの上のヤカンがシュンと鳴り、その音だけが、やけに温かかった。
耳をすませると、遠くで「ごぉーん」と鐘の音が揺れた。
百万遍のあたりだろうか。
静かな部屋の隅に、その低い響きだけがゆっくりと染みこんでいった。




