第49回 雪へ続く遠回り
中央道は通行止めだった。
今年から天皇誕生日になった十二月二十三日を翌日に控えた金曜の夜、店長に嫌味を言われながらごっそりとバイトのシフトを抜けた僕達は、四台の車に分乗して京都東インターから名神に乗った。
「とりあえず多賀で一回休憩な。ほな、出発しよか」
伝令に回った全ての車で、同じユーミンのあの曲がかかっていて僕は吹き出しそうになった。
かくいう僕の車も、もちろん同じ曲がカーステから流れている。
「やっぱりスキーに出かけるときはこの曲ですよねー」
助手席のサキチが上目遣いで楽しそうに言った。
「でも、舞子ちゃん一緒じゃなくて大丈夫なんですか?せっかくのクリスマスなのに」
「誘ったんやけどな、バイト先がクリスマスディナーで予約いっぱいやし、あと、舞子、足の下が滑るスポーツ無理らしくて」
「そうなんですねー。じゃ、私がハルヒトさん独り占めー」
あれ?僕の事は"中田さん"って呼んでたんじゃないのか?
まあ、別にいいけど。
タツヤのソアラには、最近タツヤが付き合い出したというナオコというエラいべっぴんさんが乗っている。ヒロくんのアコードワゴンにはヨーコ、サクラのシビックはマサキが運転している。その後部座席にはタカトモ・ミナコカップル。
クリスマスが日曜日で、前日が今年から祝日になった週末、誰も皆考えることは同じようで、名神は大津を過ぎたあたりから既にルーフに板を積んだ車でいっぱいでノロノロ運転になっていた。
二時間かかってやっとたどり着いた一回目の休憩、多賀のパーキングも停める場所を探すのにも一苦労。
トイレの列に並び、コーヒーを買って出てくる。
と、交通情報案内板の前でヒロくんとマサキが白い息を吐きながら途方に暮れた顔をしているのが見えた。
「どうしたん?」
タバコに火を点けながら近づくと、二人で情報版を指差す。
目をやると、米原ジャンクションの先に赤いバッテンが付いていた。
その上にオレンジ色の文字が流れる
"中央道、雪のため通行止め"
「えー?どうすんねんこれ?」
アメリカンドッグをかじりながらやってきたタツヤも文字を見て声を上げた。
「どうしたん?」
女性陣も集まってきた。
「あ、これ、北陸道いけるやん?」
僕は地図の上の方を示して手を左から右へ動かした。
福井、石川、富山、新潟。
糸魚川で高速を降りてそこから南へ下れば、栂池まではそんなになさそうに見える。
「えー?新潟周り?」
「すげー距離やな」
皆は口々に言うが、それしか辿り着けそうな道はない。
すぐに「しゃあない、行こか」となった。
というか、冷静に地図を見ると、実はこっちの方が早い気さえする。
みんな「新潟」って言葉に惑わされすぎだ。
そこからは順調。
時々バックミラーに吊るしたトランシーバーで連絡を取って休憩を取りながら、朝の五時には糸魚川のインターを降りた。
サキチは助手席でウトウトと船を漕いではハッと目を覚まして首を振り、またウトウト…を繰り返していた。
「寝ててええで」
「えー?私が寝てる間に変なことしようと思ってるんでしょ?」
「なんでそうなる」
「しないんですか?」
「せえへんわ」
「つまんないの」
そんな本気なのか冗談なのか分からない会話を交わしながら、スキー場に到着したのは六時過ぎ。
ホテルのチェックインどころか、リフトも動いてない。
夜通し走って早朝について、リフトが動く時間まで車で仮眠を取るというのが僕達のいつものパターンだった。
「ほな、後ろ行くで」
フルフラットにしてラゲッジスペースと繋いだ後部座席には、クッションとブランケットが積んである。
僕がブランケットに潜り込むと、サキチが腕の間にするりと入ってきた。
「おい、近いって!」
「寒いですー」
「じゃ、いいけど、何もしないでね」
わざとらしく女の子みたいな声で言うと、
「なにかするの私ですか!?」
と言って、でも、やはり相当に眠かったのだろう、そのまま寝てしまった。
僕の胸に鼻先をくっつけて眠るサキチの姿に、僕は去年の春に舞子と行った四国うどんツアーの帰り道のことを思い出していた。
僕の眠気が限界に来て、こうやって舞子と眠った加西パーキング。
あの時、今のサキチと同じように僕の胸に鼻先をちょこんとくっつけて眠る舞子は、本当に小さな生き物みたいで、やけに可愛かった。
舞子は昨夜、ひとりでどうしていたんだろう?
イブイブの今夜も、イブの明日も、ひとりでどう過ごすんだろう?
そう考えると、僕はホイホイとこのスキーツアーに参加を決めてしまったのは浅はかだったんじゃないかという自責の念にかられ始めた。
舞子と一緒にケーキでも食べていたほうが良かったんじゃなかったのか?
舞子はひとりで膝を抱えて泣いてるんじゃないか?
いやいや、と僕はそんな自分の妙な妄想を振り払った。
今までだって、僕の深夜シフトや、今年の正月の帰省や、広研の合宿や、舞子を夜ひとりにしたことなんて何度でもあるじゃないか。
舞子はあっけらかんと、「おかえりー」と言ってくれてたじゃないか。
それに、この前買ったスノーボードは絶対にやりたい。
春からは社会人になってしまうんだから、学生みたいに時間もなくなるだろうし、今やれることは学生の内にやっておきたい。
きっと舞子は、夜はクリスマスディナーでクタクタになって寝て、起きたらゴローちゃんと鴨川デルタに散歩に行って、昼は仲のいいあのシナコさんって元同僚のお姉さんとランチだって行くだろう。
大丈夫だ。
そう思うことにした。
◇ ◇ ◇ ◇
「おーい!起きろー」
窓を叩くタツヤの声で僕達は目を覚ました。
「ラブシーン見てもたー!」
みんなに向かって大声で騒ぐタツヤは、やっぱりバカだ。
よし。天気は最高、眠気は取れた。
リフトは動き出したばかりで、ゲレンデはまだ空いてる。
「ほな、僕はこいつを乗りこなせるまでひとりで頑張っとくわー!」
「なんかまたハルヒトがおかしなもん始めたな!」
「目立ちたがりやな、やっぱり!」
「怪我すんなよ!」
そう言ってみんなリフトに散っていく。
見てろ。
明日にはお前らと一緒にこいつで新雪を飛ばしながら滑ってやる。
そう思いながら、僕は新品のスノーボードを担いで初心者用ゲレンデに向かった。
朝日に照らされた新雪が、眩しかった。




