第42回 しおりと舞子
ところで先月十三日のヒットスタジオ以降、
RCサクセションのカバーをやっている僕たちのバンド内では、タイマーズの話題で持ちきりだった。
キヨシローにしか見えないZERRYが率いる謎のバンド。
ドカヘル姿の四人がテレビで突然、
「FM東京、腐ったラジオ」
と歌い出し、
古舘伊知郎が苦笑いで謝罪していた。
「アレがほんまモンのロックやな!」
タカトモは本気で興奮していた。
そうして、僕たちのバンドの活動は、ライブに、練習にと活性化していった。
それは、十一月になって神山祭でのライブのあとも継続し、
「ハルくん、次の土曜日、ブラックレイン見に行かない?松田優作」
「あ、ごめん、バンドのリハやわ」
「ふーん。仕方ないねえ」
なんて会話も増えていった。
更にラグビーの方も秋の大会が始まり、日曜日は滋賀県まで練習や試合で出かけてばかりになっていく。
最初は毎回ついてきていた舞子も、徐々に家にいる事が多くなっていった。
「じゃあ私は、しおりさんとご飯食べて買い物行ってくるねー」
舞子はすっかり姉妹のように仲良くなったしおりと出かけたり、僕が練習から帰ってくると二人で晩ごはんを作って待っててくれることもあった。
しおりは、一回目の離婚の後と同じように、また祇園のラウンジで働くようになっていて、毎日夕方からレストランのバイトに行って日曜日は休みという舞子とは生活ペースも上手く噛み合うようだった。
「ハルくん、免許合宿の時、しおりさんがいるのに他の女の子にも手を出してたんだって?」
舞子は笑いながらそんな話をしてくる。
僕のいないところでどんな話をしてるのやら。
僕のアパートで三人でご飯を食べていても、
「あー!分かります!ハルくんそういうところあるある!」
「でしょ?この人は自分が褒められる事が一番好きなんよ」
「ですよねー」
と、タッグを組んで攻め込んでくるようになった。
気がつけば、僕のアパートで、三人で晩ごはんを食べるのが普通みたいになっていた。
「舞子、ごめんな。なんか最近あんまり舞子と遊んでないな」
そう言うと舞子は、一瞬の間を開けて微笑み、
「大丈夫だよ。ハルくん、やりたい事いっぱいあるもんね。私はしおりさんと遊んでるから」
と言ってくれた。
その言い方が、いつもよりほんの少しだけ静かに聞こえたけれど、でもまあ、とりあえずは安心なんだろう。
そう思うことにした。
◇ ◇ ◇ ◇
「ね、ハルくん、今度の祝日も何か予定あるの?」
ずっと土日出かけている僕にしびれを切らしたように舞子が言った。
勤労感謝の日は久しぶりに何の予定も入っていない。
そう言うと、舞子は顔をぱっと輝かせた。
「じゃあさ、しおりさんと三人で、カツオ食べない?」
「え?しおり?カツオ?」
舞子の話によると、二回めの結婚で二年過ごした四国の職場で仲良くなった人が、カツオを真空パックで送ってきてくれたらしい。
ただそれが半身の背と腹で一本ずつあって、とても一人では食べ切れないから三人で食べないかとしおりから誘われたと。
「ええな。バーナーもあるし、炙ってたたきにして、にんにくと生姜とネギ散らして、あ、ポン酢買いに行かな切れてるわ。明日舞子、バイト先まで車で送っていって、花菱買うてくるな。六角油小路町」
「うん。あ、しおりさんがOKだったら電話欲しいって」
「おっけー」
しおりに電話して、僕の部屋の台所で炙るからその日はこっち来てと伝えると、何だか歯切れが悪い。
「う~ん…カツオ炙るの、ガスバーナーか…」
あの少し鼻にかかってかすかにハスキーなミルキーボイスが受話器の向こうから聞こえる。
内容はカツオだが。
「どしたん?」
「ええんやけど、できたら藁で焼けないかな?それと、ポン酢じゃなくて塩たたきにしたいな」
本場では藁で焼くというのは聞いたことがあるが、"塩たたき"というのは初耳だ。
しおりの説明では、これも現地での食べ方で、藁で炙ったカツオをスライスしたらまな板の上に並べて塩を振り、玉ねぎとワケギ、ミョウガなんかををどっさり乗せて、柚子酢をふりかけて手でバンバン叩いて、文字通り"たたき"にして食べるという。
現地から真空パックで送ってきたカツオなら臭みなんかないから生姜もにんにくも要らないと。
「へー。めっちゃ美味そうやん。でも、藁なあ…そんなんこの辺で売ってへんし、手に入っても炎上げて焼ける場所もなあ…」
「ね、ハルくん、ハルくんの実家ならあるんじゃない?藁。それもらって、この前すき焼きキャンプした琵琶湖畔で焼いて食べようよ!」
電話を聞いていた舞子が言った。
確かに。
実家は兼業の米作農家だから、藁ならいくらでもある。
実家の風呂はいまだに薪で沸かしてるから、焚付に置いてあるのだ。
しおりにそう伝えると、テンションが上った。
「いいねー!琵琶湖!じゃ、そういうことで!」
◇ ◇ ◇ ◇
祝日の前日、この日は僕も夕方からバイトに入るから、昼の内に明日の準備を車に乗せておく。
実家に藁を貰いに行くのは連絡済みだ。
キャンプチェアとテーブル、チャッカマン、まな板、ナイフ、あ、絶対にご飯も食べたいから飯盒と、そうなると焚き火するから薪とスコップも要るな、薬味系はこの後商店街で…と準備しているところに、
「中田さん、お荷物でーす」
とノックが聞こえた。
ドアを開けると、緑と黄色に黒猫のマークの付いた制服の配達員さんが大きな発泡スチロールの箱を抱えて立っている。
「ここに印鑑かサインをお願いします。クール便ですので、開封したら冷蔵庫に入れて下さい」
受け取って差出人を見ると、氷見の大叔母さんからだ。
品目欄には「カニ」と書いてある。
大叔母さんは氷見で、冬の寒ぶりが名物の旅館を経営していて、時々こうして北陸の海産物を送ってきてくれる。
テープを剥がし、発泡スチロールの蓋を取ると中にはズワイガニのメス、氷見では「香箱ガニ」と呼ばれる小さめのカニが五杯も入っていた。
氷漬けになっているのだが、鮮度が良いことが一目で分かった。
「わー!カニだー!!!」
舞子が大きな目を更に大きく見開いて声を上げた。
匂いにつられてやってきたゴローちゃんも箱の中を覗き込んでいる。
「ね、これどうやって食べるの?」
「う~ん…殻開いて中のカニ味噌と内子と外子、そんで茹でた脚の身をほぐして丼にして食べるのが最高やけど、明日持っていってメインはカツオの塩たたきあるから、真っ二つにぶった切って味噌汁やな。もう、カニの出汁で最高やで」
「うわー!それ楽しみすぎる!」
大叔母さんにお礼の電話をかけると、明るい声がすぐに出た。
「はい、──あら、ハルくんけ? どうしたんや?」
「大叔母さん、カニ届きました!ほんまにありがとうございます!」
「おー、届いたけ。よかったやろ。 昨日の朝、港で揚がったんを、そのまま氷詰めして送ったんよ。きときとして、ええ色しとったやろ?」
「はい、すごい立派でした」
「ほんなんよ。香箱は漁期が短いさけね、ある時に送っとかんと。 内子も外子も、今年はよう入っとるよ」
「ほんまにありがとうございます」
「うんうん。早めに食べてま。 味噌汁でも丼でも、なんでもおいしいさけ」
「友達と明日料理するんで、味噌汁にしようかなと」
「ええやんそれ。香箱の出汁はほんと別格やからね。 あんた器用やし、上手にすると思っとったよ」
「いえいえ、そんな」
「ま、風邪ひかんようにしときま。 また寒ぶり揚がったら送るよ」
「ありがとうございます!」
電話を置いたら商店街の八百屋さんに買い物に出かける。
柚子、ワケギ、玉ねぎ、細ねぎ。
あ、味噌がそろそろなくなるからこれも買いに行かないと。
味噌屋さんは御所の向こう。
二人で今出川を西にペダルを漕ぎ、堀川を下る。
晴明神社を越えたらすぐだ。
お店に入ると、ほんのりとした麹の甘い香りと熟成された味噌の濃厚な香りの温かな空気が満ちていた。
「すみません、赤味噌下さい」
僕が買っている間、舞子は店の奥にある巨大な樽を見上げていた。
「すごいやろ、その樽」
「うん。」
舞子はお店の人の方に向き直って尋ねた。
「これ、何年くらい使ってるんですか?」
「百年くらいですかねえ…そろそろ限界ですわ」
お店の人が笑いながらそう言った。
「うひゃー、また百年!でも、京都ではまだ若い方なんだよね?」
そういう舞子をニコニコしながら見送ってくれた。
「おおきに」
◇ ◇ ◇ ◇
勤労感謝の日、朝から雲ひとつない真っ青な高い空の下、百万遍でしおりを拾った。
助手席の舞子が振り返って笑い、後部座席のしおりが小さく手を振る。
僕達三人は、琵琶湖に向けて大原の道を抜けていった。




