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第31回 ターミネーターとやかん

新生・鴨川ルクセッションのライブが決まった。

去年、ほぼ出演が決まりかけていた京産大の神山祭は、天皇陛下のご容態悪化による自粛の空気を受けて、学外メンバーのいるバンドは出演不可になった。

が、軽音楽部のタカトモによる根回しの結果、今年こそは出演が認められたのだ。


十一月第一週の週末に向けて、自ずとリハにも熱が入る。


が。


「だいぶマシになったけど、まだまだ厳しいなあ、ハルヒトのウッベ」


タカトモは歯に衣を着せない。


「ごめん。自分でも分かってる」


ギターのコウジも、気まずい表情だ。

実は悔しいけれど、エレベの弦をブラックナイロンに交換したのはそれもあった。


「なあ、こっちの音、聴いてみてくれへんか?」


そう言って取り出したエレキベース、タカトモがリサイクルショップで千円で買ってきたグレコのジャズベを見て、当のタカトモが素っ頓狂な声を上げた。


「え?なんやそれ?黒い弦?しかもサドルのとこになんか挟んでるし!」


それを無視してアンプに繋ぎ音を出す。

丸く柔らかい音が出るブラックナイロン弦に加えて、スポンジを加工してサドルに挟んでミュートしたベースは、「ボン!」と、まるでウッドベースのような音を出した。

アタックが強いのに丸く、サステインは短く、低音が深い。


「とりあえず一曲、合わせさせて」


そう言って合わせてみた結果の反応は上々だった。

フレットのあるエレベだから、当然ピッチは安定しているし、慣れもあってリズムやタイミングもズレない。

それでいて音はウッドベース。


「おー!めちゃええやんけ!ま、先々は本物のウッベ練習してもらうとして、今回のライブはそれでいこや!」


うん。かえすがえすも悔しいけれど仕方がない。


そこからリハは順調に進んだ。

マスターも足でリズムを取りながら笑顔で聴いていてくれた。


◇    ◇    ◇    ◇


「ただいまー」


とアパートに帰ったものの、土曜日だから舞子はバイトに出かけてていなかった。

部屋のど真ん中でゴローちゃんが伸びていたので、いつものように意味もなくひっくり返す。


「にゃー」


突然起こされて怒るゴローちゃんにカリカリを。

ゴローちゃんの尻尾がぱたぱたと床を叩く音が、なんだか心地よかった。


でかいウッドベースを、キャンプ道具と並んで押し入れに片付け、エレベはスタンドに置く。

さて、今日は一人だから何食べよう?

と、ふとテーブルのガラスの天板を見ると、舞子の字で何やら走り書きがあった。


「下鴨神社→三宅八幡宮→上賀茂神社→今宮神社→北野天満宮」


なんだこれ。

一瞬そう思ったが、舞子の字で行き先が順番に並んでいるのを見て、少しだけ感心した。


この頃の舞子は、ただ連れていかれるだけではなくなっていた。

自分で地図を見て、行きたい場所を線でつなぐようになっている。


ふとテレビをつけると、ターミネーターがやかんを振り回して筋肉を誇示した後、カップヌードルを食べていた。


カップヌードルと焼きそばUFOには、謎の中毒性がある。

どちらも特別美味いわけじゃない。

カップヌードルはラーメンというよりは"カップヌードルの味"という独立した特殊な味だし、UFOに至っては"焼きそば"を名乗っているくせに焼いてすらいない。

でも、どちらも、定期的に食べたくなる。

変なクスリとか入ってるんじゃなかろうか?


ともあれ、カップヌードル。いいじゃないか。

いま家にストックはないから、商店街に買いに行こう。

ついでにUFOも買ってこよう。

そう思ってスイッチを切ろうとした時、今度は山城新伍と川谷拓三が中華鍋で衛星放送アンテナを屋根に設置しはじめた。そうだ。どん兵衛も買わなくちゃ。

商店街のスーパー。まだ開いてるはずだ。


──結局、一食でカップヌードル、UFO、どん兵衛と三つ食べてしまった。


僕は何かに勝ったような気分で、同時に何か大事なものに負けた気分でもあった。

さすがに腹いっぱいで畳に転がっているところに、舞子が帰ってきた。


「どうしたの?」


「いや、食いすぎて死にそう…」


「えー!大丈夫?そんなにいっぱい何食べたの?」


「カップヌードルとUFOとどん兵衛…」


「あはははは!美味しそうだけど、それはやりすぎだよー、ハルくん!」


笑う舞子が、ふとテーブルの上の自分が書いたメモに目をやった。


「あ、そうだ!ハルくん、明日忙しい?バンドとかラグビーとか」


「いや、明日は何にもない」


「良かった! ね、明日、自転車でこれだけ回らない? 秋晴れの日に、お餅を食べながら神社を回るって、なんか楽しそうでしょ?」


そう言ってメモを見せる。


「ええよ。お弁当とか作っていく? ていうか、なんで神社巡り? 餅?」


そう訊きながら、僕はもう少し笑っていた。

舞子が自分で地図を見て、明日の行き先を決めている。

それが、なんだか妙にうれしかった。


「お弁当は要らないよ。えっとね…」


舞子の目的は実に明快だった。

午後に僕がバンドのリハに出かけた後、舞子は一人でソファに転がってKBS京都を観ていたら、京都の神社の名物餅の特集が始まったらしい。

確かに、京都の神社にはそういうのは多い。


「それでね、食べて回りたくなっちゃって。地図見たらそのルートだったらここからぐるっと北の方回る感じでいけるかなって」


「ええよー。天気予報は晴れやし、気候もええし、気持ちよさそうやん。面白そうやし」


「やたー!じゃ、お昼ごろから出発ね!朝ごはんは食べないよ」


「おっけー。いっぱいお餅食べよ」


「そうと決まれば、今日も銭湯行ってさっぱりして早く寝ましょう!」


「ほーい」


◇    ◇    ◇    ◇


翌日曜日は天気予報通り朝から雲一つない快晴だった。

十月の風は涼しく、最高のサイクリング日和だ。


「しゅっぱーつ!」


舞子が漕ぎ出すのを追いかける。

まずは鴨川デルタから下鴨神社へ。


朝の鴨川デルタは、まだ少し冷たい空気に包まれていた。

水面が眩しく光り、舞子の自転車のベルがチリンと鳴った。


今日は、僕が舞子を連れていく日ではない。

舞子が引いた線の上を、僕が追いかけていく日だった。

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