2-5 漆黒の逃避行と八幡大菩薩への誓い
曽我物語は、鎌倉時代に富士野で起きた曾我兄弟の仇討ちを題材にした軍記物風の英雄伝記物語。作者・成立年ともに不詳。後年、能や歌舞伎などの演劇や物語・小説の題材となり人気を博し、文芸界に「曽我物」と呼ばれるジャンルを築いた。「日本三大仇討ちもの」の一つとされる 出典:Wikipedia
刺客が迫る漆黒の闇の中、潜龍――頼朝は、ただ一人の従者を連れて決死の脱出を図る。それは、一人の流人が「武家の棟梁」へと変貌を遂げる、運命の夜の物語。
八月下旬の夜。伊豆の山々は、すでに秋の気配に支配されていた。
「……急げ、鬼武。父上の追手はすぐそこまで来ているはずだ」
伊東九郎祐清の助けを得て、辛うじて館を抜け出した源頼朝は、愛馬の足音を殺しながら闇の中を駆けていた。
辺りは、静寂という名の怪物に飲み込まれている。季節外れの冷たい風が吹き抜け、草むらに結んだ露が頼朝の直垂を濡らす。その風の音さえも、今の頼朝には自分を嘲笑う追手の囁きに聞こえた。足元には野辺にすだく虫の声。普段ならば風流に感じるその音色も、今はただ、この世の無常を訴えかける悲しい調べでしかない。
「月も……まだ出ぬか」
有明の月さえ昇らぬ深い闇。道などあってないようなものだ。頼朝は、正規の街道を避け、田んぼのあぜ道を伝い、背丈ほどもある草をかき分けながら進んだ。どこがどこだか分からぬ泥濘の中、頼朝を動かしていたのは、恐怖ではなく、腹の底で燃え盛る「執念」だった。
「……なぜだ。なぜ私なのだ」
馬を歩ませながら、頼朝の脳裏には、冷たい淵に沈められた我が子・千鶴と、無理やり引き離された妻の姿が浮かんでいた。
平家への恐怖に屈した伊東祐親。かつての舅は、いまや最も呪わしい敵となった。頼朝は、暗闇の空を仰ぎ見た。そして、その心の中で、源氏の氏神である正八幡大菩薩に叫んだ。
(南無正八幡大菩薩よ、聞こし召せ!)
それは、祈りというよりは、神への「談判」に近かった。
(神はかつて、源氏の身となって東国に住まい、夷を平らげると誓われたはずだ。……だが、今や源氏の氏は滅び、正統なる血筋はこの頼朝ただ一人となってしまった!)
頼朝の胸に、熱い塊がこみ上げる。
(今、この時。私が栄華の道を開かなければ、一体誰が源氏の家を再興するというのだ。世はまさに末世。人々の心は荒み、源氏の末裔も絶えようとしている。……神よ! もし貴方様に誓いの心があるのなら、早くこの頼朝に運を開かせ、東方の荒ぶる者たちを従わせ給え!)
頼朝の独白は止まらない。
(もし、それが叶わぬというのなら……いっそ私をこの伊豆の名もなき凡夫として果てさせよ。だが、私の本望を遂げさせぬまま、惨めに死なせることだけは許さぬ!)
一晩中、頼朝は心の中で祈り続けた。泥にまみれ、草に打たれながらも、彼の魂はかつての清和源氏の栄光を求めて咆哮していた。それは、孤独な流人の悲鳴ではなく、次代の王となる者が世界に叩きつけた宣戦布告であった。
夜が白み始める頃。頼朝の祈りが天に届いたのか、あるいは彼の執念が運命をねじ曲げたのか。奇跡のような静寂が訪れた。
「……主君、見えてきました」
従者の鬼武が指差した先。そこには、伊東の支配が及ばぬ新たな勢力の館があった。
――北条四郎時政。
伊豆の小豪族に過ぎぬが、その男には野心と、そして流人である頼朝を受け入れるだけの「度量」があった。
「佐殿! お待ちしておりましたぞ!」
館の門が開き、時政が自ら頼朝を迎え入れた。頼朝は、泥だらけの姿のまま馬を下り、時政の目を見た。
「……時政。私は、もう一度立ち上がる」
「ははっ。そのお言葉を待っておりました。我が北条、貴方様の左右の翼となりて、どこまでもお供いたしましょう」
この瞬間、北条氏は頼朝という潜龍にすべてを賭けることを決めた。伊東祐親が平家を恐れて源氏の血を絶とうとしたのに対し、北条時政は源氏の血の中に「新たな時代」の夜明けを見たのである。
頼朝は、北条の館で数年を過ごすことになる。伊東の末が絶え、北条の末が栄えたその理由は、この夜の決断にあった。
不吉な予兆を恐れて未来を殺した伊東祐親と、最悪の夜に神と契約を交わして未来を掴み取ろうとした源頼朝。後に鎌倉幕府を開き、武家社会の頂点に立つ頼朝だが、彼が最も深く、最も激しく運命を呪い、そして神に縋ったのは、この伊豆の暗闇の中だった。
「八幡大菩薩よ。私は……まだ死なぬ」
北条の館の奥、頼朝は静かに目を閉じる。その心には、すでに東国のすべての侍たちが、自分を仰ぎ見て跪く光景が描かれていた。潜龍は、いま、北条の地で目覚めの時を待つ。
曾我兄弟の父・河津三郎の死から始まった悲劇の連鎖は、頼朝という巨大なうねりへと飲み込まれ、やがて平家一門を滅ぼす「源平合戦」という未曾有の大乱へと繋がっていくのである。
曾我物語 巻第二 (明治四十四年刊 國民文庫本)
〔頼朝、北条へ出で給ふ事〕
佐殿も、秘かにまぎれ出でさせ給ふ。頃は、八月下旬の事なるに、露ふき結ぶ風の音、我が身一つにもの寂しく、野辺にすだく虫の声、折から殊に哀れなり。有明の月だに未だ出でざるに、何処を其処とも知らねども、道をかへて、田面を伝ひ、草を分けつつ、道すがらの御祈誓には、「南無正八幡大菩薩の御記文に、我末世に、源氏の身と成りて、東国に住して、夷をたひらげんとこそ誓ひ坐しませ。然るに、人すたれ、氏滅びて、正統の残り、只頼朝ばかりなり。今度、栄華を開かずは、誰有て、家を起こさんや。世既に澆季にのぞみ、人後胤なし。早く頼朝が運を開かせて、東夷を従へしめ給へ。しからずは、当国の匹夫となし、長く本望を遂げしめ給へ」と、御祈誓、夜もすがらなり。感応にや、幾程無くして、御代につき給ひにけり。さても、北条の四郎時政がもとに御座せし也。一向彼を打ち頼み、年月を送り給ふ。
〜参考記事〜
国民文庫「曾我物語」明治44年 / 菊池眞一研究室
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〜舞台背景〜
この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、原文の体裁を、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。
せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の迫力や雰囲気を感じてもらえたらと思います。この原文併記という形式は教科書はまだしも小説ではあまり見ない試みです。もし面白い試みだなと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。
逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければ率直なご意見として謹んで承りたいと思います。




