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新訳 曽我物語 〜 復讐系なろうの原点、父を殺された兄弟の二十年の復讐譚 〜  作者: 条文小説


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2-3 悲しみの涙はやがて、修羅の炎へ

挿絵(By みてみん)


 曽我物語そがものがたりは、鎌倉時代に富士野で起きた曾我兄弟の仇討ちを題材にした軍記物風の英雄伝記物語。作者・成立年ともに不詳。後年、能や歌舞伎などの演劇や物語・小説の題材となり人気を博し、文芸界に「曽我物」と呼ばれるジャンルを築いた。「日本三大仇討ちもの」の一つとされる 出典:Wikipedia

 源氏と平氏が覇を競い、多くの血が流れた激動の時代。伊豆の地に流された源頼朝は、愛する我が子を殺され、最愛の女性を奪われ、暗い絶望の淵に沈んでいた。


 人はあまりにも深い喪失に直面したとき、歴史の中に自分と同じ悲しみを探してしまう。


 頼朝がその孤独な夜に思いを馳せたであろう、遥か異国に伝わる、二つの悲恋――絶世の美女 王昭君 と、そして 楊貴妃 の物語ついて語ろう。


 昔、漢の国に王昭君という、それはそれは美しいきさきがいた。彼女の美しさは、空を飛ぶ鳥がその姿に見惚れて羽ばたくのを忘れ、地上に落ちてしまうと言われるほどだった。


 しかし、運命は残酷だ。漢の皇帝は、北方の強大な異民族「胡国ここく」との争いを避けるため、和睦の印として、最愛の昭君を敵の王へと差し出さねばならなくなった。


 別れの朝。皇帝の悲しみは、まさに身を裂かれるようであった。昭君もまた、住み慣れた宮殿と愛する人を離れ、言葉も通じぬ荒野へと連れ去られる運命に、幾度も袖を濡らした。


「……陛下。どうか、悲しまないでください」


 昭君は、泣き崩れる皇帝に最後の手がかりを残した。


 「私がこれまで使っていたこのしとねに、私の姿を写し留めておきました。……どうかこれを枕にして、眠ってください。そうすれば、私はきっと貴方の夢の中へ会いに行きましょう」


 昭君が去った後、皇帝は彼女が残した褥を抱きしめ、夜な夜な泣き伏した。すると、不思議なことが起きた。

深く、深い眠りの中。夢とも現実ともつかぬ朦朧とした意識の境界で、昭君が姿を現した。


 宮廷の華やかな香りをまとい、微笑みながら皇帝の側へ歩み寄る彼女。二人はその束の間の逢瀬の中で、現実では叶わぬ愛を語り合った。しかし、夢から覚めれば、そこにあるのは冷たい褥だけ。窓の外には、彼女を連れ去った北方の空が、どこまでも虚しく広がっている。


 一方、胡国へと向かう道中の昭君は、絶望のどん底にいた。見渡す限りの四方の山々、見知らぬ里。涙で視界は霞み、一瞬たりとも袖が乾く間はない。ふと、遠ざかる故郷の漢宮を振り返り、彼女はこう詠じたという。


蒼波そうはみちとおくして、白霧はかうさんふかし」


(青い波の道は遥か遠く、連なる山々はどこまでも霧深い)


 万里の旅路。二度と戻れぬ空。その孤独と悲哀は、千年の時を超えて、今の頼朝の胸に深く突き刺さっていた。


「……なぜ、彼女を失わねばならなかったのだ」


 かつて唐の国(中国)で、一世を風靡した恋の悲劇があった。玄宗皇帝と、絶世の美女・楊貴妃。安禄山の乱という戦火の中で、皇帝は軍の反乱を鎮めるため、最も愛した后である楊貴妃を死に追いやらねばならなかった。乱が収まっても、皇帝の心は晴れない。


「彼女はどこへ行ったのか。せめてもう一度、魂にでも触れたい」


 皇帝の執念は、ついに人知を超えた。彼は神通力を持つ「蜀の方士ほうじ」を呼び寄せ、三千世界すべてを探索するよう命じたのだ。


 方士は術を使い、天を駆け、地を巡り、ついにたどり着いた。そこは、浮雲が重なり、生身の人間など到底たどり着けない伝説の地――蓬莱宮。方士が宮殿の扉を叩くと、二人の可愛らしい童女が現れた。


「どなたですか? 玉妃様(楊貴妃の仙界での名)は今、お休み中ですよ」


「唐の皇帝の使いです。どうか、お取次ぎを」


 やがて雲海が沈み、異界の夕暮れが訪れた頃、一人の女性が姿を現した。かつて皇帝が狂おしいほどに愛した、あの楊貴妃である。方士は礼を尽くし、皇帝が今も彼女を想い、悲嘆に暮れていることを事細かに伝えた。


 楊貴妃は静かに涙を流し、皇帝への「証拠」として、自分のかんざしを半分に割って方士に手渡した。しかし、方士は首を振った。


「……玉妃様。簪は世にありふれた品です。これだけでは皇帝陛下は、私が本当にあなたに会ったと信じられないかもしれません。お二人だけの、『秘密の合言葉』はないでしょうか?」


 楊貴妃はしばし沈黙した後、寂しげに微笑んで語り始めた。


「……あれは、天宝十四年の七月七日、七夕の夜でした。私たちは夜空を見上げ、二人だけで誓ったのです」


 『天にありては、願わくは比翼ひよくの鳥となり、地にありては、願わくは連理れんりの枝とならんと』


(常に二羽で飛ぶ比翼のように、二本の枝が一本の幹となるように)


「天が長く、地が久しくとも、この誓いだけは永遠に尽きることがないと。……この言葉を陛下にお伝えください。そうすれば、疑われることはないでしょう」


 そう言い残し、楊貴妃の幻影は消え去った。方士は急ぎ都へ戻り、皇帝にすべてを奏上した。皇帝は「間違いなく、あの日あの時の誓いだ」と涙に咽んだという。


 そして伝説はさらに続く。玄宗皇帝は「飛車」と呼ばれる空飛ぶ乗り物に乗って、尾張の国に舞い降り「八剣やつるぎの明神」という神になった。楊貴妃もまた日本に渡り、あの三種の神器の一つ、草薙剣を祀る「熱田あつた明神」になったと伝えられている。


 伊豆の館で、頼朝はこの王昭君の物語を噛み締めていた。


(……ああ、皇帝たちの悲しみは、今の私の悲しみそのものではないか)


 頼朝にとって、奪われたのは「后」だけではない。伊東祐親の手によって、冷たい淵の底に沈められた我が子・千鶴ちづる


 そして、無理やり引き離され、別の男の元へと嫁がされた愛する女性。


 かつて、共に赤いとばりの寝室――紅閨こうけいで愛を誓い合ったあの日々。その幸せが大きかった分だけ、今の孤独は耐え難い。頼朝は、千鶴がかつて握っていたであろう小さな玩具や、彼女との思い出の品を抱きしめる。


 ただ、冷たい時雨が窓を叩く音だけが、彼の問いに答える。権力という名の「暴力」の前に、愛する者を守れなかった己の無力さ。それは、どれほど高貴な血を引いていても、今の彼が「流人」という名の弱者に過ぎないことを、残酷に突きつけていた。


 だが、源頼朝は、ただ悲しみに暮れるだけの王で終わるつもりはなかった。褥を抱いて泣くだけでは、失ったものは戻らない。夢の中で逢うだけでは、現実は変えられない。


(……皇帝たちは夢に逃げた。だが、私は違う)


 頼朝の瞳に、宿命の炎が灯る。自分からすべてを奪った平家。孫を殺し、娘を奪った伊東祐親。


 悲しみは、頼朝の心の中で、平家一門を焼き尽くすため、そして自分を裏切った伊東の一族を根絶やしにするための激しい執念へと変わっていく。


奴等やつらに⋯報いを与えねばならない。」


 こうして頼朝の悲劇は、静かに「反撃」の物語へと姿を変えていき、やがて来る源氏再興の時のときの声へと繋がっていくのであった。




曾我物語 巻第二 (明治四十四年刊 國民文庫本)




 〔王昭君わうぜうくんこと


 むかしかん王昭君わうぜうくんまうせしきさきを、胡国ここくえびすられ、胡国ここくたまひしに、名残なごりそではきがたくして、なげかなしみけるに、王昭君わうぜうくんが、なげあまりに、「みづからがしきししとねに、姿すがたうつとどめて、しきたまへ。われゆめたりて、あふべし」とちぎりける。漢王かんわうかなしみて、しとねまくらにして、たまひしかば、ゆめともく、またうつつともく、たりて、折々(をりをり)あひにけり。昭君せうくんが、胡国ここくへのみちすがら、なみだにくるる四方よも山共ともさとともねて、そでのひるかりけり。おもひのあまりに、旧栖きうせいかへりみて、「蒼波さうはみちとほくして、はかうさんふかし」とえいじつつ、漢宮かんきゆう万里ばんりたびそらいまおもひにられたり。すけ殿どのも、若君わかぎみうしなはれさせたまひし御心おんこころ、くわらくのうしなひ、かなわぬわかれのそでなみだ紅閨こうけいつらなりしかぎりなり。


 〔玄宗皇帝げんそうくわうていこと


 れば、あかぬきた御方かた御名残おんなごりは、玄宗皇帝げんそうくわうてい楊貴妃やうきひまうせしきさき安禄山あんろくざんいくさために、えびすくだたまふ。御思おもひのあまりに、しよく方士はうじつかはしたまふ。方士はうじ神通じんつうにて、一天いつてん三千さんぜん世界せかいたづねまはり、太真しんゑんにいたる。蓬莱宮ほうらいきゆうこれなり此処ここにきたつて、玉妃ぎよくひにあひぬ。ところいたりてれば、浮雲ふうんかさなり人跡じんせきかよふべきところならねば、かんざしきて、とぼそたたく。双鬟さうくわん童女どうによ二人出でて、「しばらこれたまへ。玉妃ぎよくひは、おとのごもれり。ただし、何処いづくより、如何いかなるひとぞ」とふ。「とう太子たいし使つかひ、しよく方士はうじ」とこたへければ、うちりぬ。ときに、雲海うんかい沈々(ちんちん)として、洞天とうてんれなんとす。悄然せうぜんとして、まつところに、玉妃ぎよくひたまふ。これすなは楊貴妃やうきひなり。右左みぎひだりをんな七八人。方士はうじいつして、皇帝くわうてい安寧あんねいふ。方士はうじ、こまかにこたふ。ひをはりて、玉妃ぎよくひしるしとや、かんざしをわきて、方士はうじにたぶ。とき方士はうじ、「これは、つねものなり支証ししようたず。叡覧えいらんにそなへたてまつらんに、如何いかなる密契みつけいりし」。玉妃ぎよくひしばらあんじて、「天宝ぽう十四年の秋七月七日の、天にりて、ねがはくは比翼ひよくとりりて、ねがはくは連理れんりえだ天長てんちやう地久ちきうにして、つくことからんと、らず、そうせんに、おんうたがるべからず」とひて、玉妃ぎよくひさりぬ。方士はうじかへまゐりて、皇帝くわうてい奏聞そうもんす。「ことり、方士はうじあやまし」とて、飛車ひしやり、てう尾張をはりくににあまくだり、八剣やつるぎ明神みやうじんあらはたまふ。楊貴妃やうきひは、熱田あつた明神みやうじんにてぞわたらせたまひける。蓬莱宮ほうらいきゆうすなはところとぞまうす。兵衛佐ひやうゑのすけ殿どのは、若君わかぎみきた御方かたおん行方ゆくへらせたてまつものかりしかば、なぐさたまことかりけり。

〜参考記事〜

国民文庫「曾我物語」明治44年 / 菊池眞一研究室

https://share.google/uMQE6XFcSP1zbLr1W


〜舞台背景〜

 この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、原文の体裁を、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。

 せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の迫力や雰囲気を感じてもらえたらと思います。この原文併記という形式は教科書はまだしも小説ではあまり見ない試みです。もし面白い試みだなと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。

 逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければ率直なご意見として謹んで承りたいと思います。

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