12-9 最終章 〜 七十年の歳月を超え、聖女たちは光のなかで再会する 〜
曽我物語は、鎌倉時代に富士野で起きた曾我兄弟の仇討ちを題材にした軍記物風の英雄伝記物語。作者・成立年ともに不詳。後年、能や歌舞伎などの演劇や物語・小説の題材となり人気を博し、文芸界に「曽我物」と呼ばれるジャンルを築いた。「日本三大仇討ちもの」の一つとされる 出典:Wikipedia
富士の裾野を揺るがした、十七年越しの復讐劇――『曾我物語』。その激動の幕が下りてから、さらに長い年月が流れた。
高麗寺の奥深き庵。曾我の母と姉、そして出家した虎と少将。四人の女性が語り合った鎮魂の一日は、終わろうとしていた。
「……では、私たちはこれで。虎殿、少将殿、どうかお健やかに」
母と姉は、名残惜しさに何度も振り返りながら、二宮の里へと帰路についた。虎と少将は、二人の後ろ姿が見えなくなるまで門の前に立ち、見送った。その目には、悲しみではない、静かな「覚悟」の涙が浮かんでいた。
庵に戻った二人は、夜の勤行(初夜の礼讃)を始める。
「南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏……」
その声は細く、しかしどこまでも真っ直ぐに、夜の森へと溶け込んでいった。
里に戻った母と姉もまた、虎たちに教わった「念仏の法門」を一日たりとも欠かさなかった。
かつては「あの子たちのいない世が恨めしい」と嘆き続けた彼女だったが、晩年はただ静かに、息子たちが待つ浄土を夢見ていた。
病に臥せっても、口を突くのは恨み言ではなく阿弥陀様の名号。そして六十の暮れ方。彼女は安らかにその生涯を終えた。
「やっと……会いに行けるわ」
その顔は、十七年前のあの悲劇の日以来、もっとも穏やかな微笑みを湛えていたという。
ある夜。大磯の庵で眠る虎と少将の夢に、眩い光が差し込んだ。
光の中から現れたのは、あの日散ったはずの十郎祐成と五郎時致だった。だが、その姿は血に塗れた復讐者ではない。頭には宝石の冠を戴き、身には黄金の飾りが輝いている。
二人は、虎たちの前に静かに跪き、手を合わせた。
『……長い間、私たちのために祈り、弔ってくれてありがとう。その功徳のおかげで、私たちは今、天界の極致に座ることができた』
十郎が、虎の目を見つめて微笑む。
『貴女との誓い、愛が、私たちを解脱へと導いてくれた。この恩徳は、億万年経っても報い切れるものではない』
二人はそのまま、虚空へと飛び去っていった。虎が夢から覚めたとき、そこにはかつての「恋しさ」よりも、深い「確信」が残っていた。
「……ああ、間違いなかった。私たちの祈りは、届いていたのだわ」
それからの虎と少将の生活は、もはや人間のそれというよりは、天上の住人のようであった。
漢の高祖が振るった名剣も、今や誰かの宝物となり、秦の始皇帝が築いた豪華な都も、今はイバラの茂る野原となった。この世のすべては移ろい、変わる。変わらないのは、ただ一点。自分たちが信じた「誠の道」だけ。
月日は流れ。二人の尼の年齢は、ついに七十歳に達していた。
五月の末。あの日、兄弟が命を懸けて戦った「あの季節」が巡ってきた。虎と少将は、少しの衰弱はあったものの、苦しむ様子もなく西の空に向かって座った。肩を並べ、膝を組み、端座合掌。
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」
百遍の念仏が、二人の口から重なるように漏れ出たその時。
ピーヒョロ、シャンシャン……。
空から不思議な音楽が聞こえ、あたりにはこの世のものとは思えない香気が漂った。
雲の切れ間から光が降り注ぎ、無数の菩薩たちが二人を迎えに降りてくる。
二人は、まるで眠りにつくように、穏やかに息を引き取った。
七十年にわたる「曾我の呪い」という名の物語が、最高ランクの「往生」という形で完結した瞬間だった。
曾我物語 ―― 完結。
曾我物語 巻第十二 (明治四十四年刊 國民文庫本)
〔母、二宮行き別れし事〕
然る程に、日もやうやう傾きて、高麗寺の入相も聞こゆれば、名残尽きせず思へども、各々 立ち出でて、二宮の里へとてこそ帰りけれ。虎、少将は門送りして、後ろのかくるる程見送り、涙と共に、庵室に帰り、初夜の礼讚始めて、念仏心細くぞ申しける。其の後、人々 の行方を聞けば、各々 宿所に帰り、聞きつる法門の如く、造次顛沛、一心不乱に念仏す。昔は、夫婦偕老の別れをしたひ、今は、兄弟のかく成り行く事の思ひや積もりけん、老病と言ひ、歎きと言ひ、六十の暮方に、念仏申して、遂に往生しけるとぞ聞こえける。扨、二人の尼御前、或る夜の夢に、十郎、五郎打ちつれ来たり、頭には、玉の冠をき、身には、瓔珞を飾り、光明赫奕として、各々 を伏し拝み、申しけるは、「此の間、念仏申し、経読み、懇ろに弔ひ給ふ故に、兜率の内院にまうづ。是、しかしながら、夫婦偕老の契り深きに依りて、無為心じつの解脱の因と成る。其の恩徳、億々(おくおく)万劫にも報じ難し」とて、虚空へ飛びさりぬ。虎、夢さめて、只現の心地して、思ひけるは、「五重の闇はれ、三明の月ほがらかに坐します大聖釈尊さへ、耶輸陀羅女の別れを思し召す。況や我等、此の年月恋しと思ふ所に、まのあたり兄弟を夢に見て、昔恋しくなりぬ。然れば、夜の猿は、傾く月にさけび、秋の虫は、枯れ行く草に悲しむとかや。鳥獣までも、愛別離苦を悲しむと見えたり。然れば、此の道は、迷はば、共に悪道の輪廻絶ち難し、悟らば、皆成等菩提因縁なりぬべし。偕老同穴の契り、誠あらば、九品蓮台の上にては、もとの契りを失はず、一蓮に座を並べ、解脱の袂を絞るべし」とて、少将も共に、涙をぞ流しける。扨、彼の二人の尼、志浅からず、虎、峰に上りて、花をつめば、少将、谷に下りて、水を結び、一人、花をそなふれば、一人は、香をたき、共に一仏浄土の縁を結ぶ。谷の水、峰の嵐、発心の媒と成り、花の色、鳥の声、自づから観念の頼りと成る。つくづく思へば、はつふつ転変の理、四相遷流の習ひ、三界より下界に至るまで、一つとして逃るべきやう無し。日月天にめぐりて、有為を旦暮に現し、寒暑時を違へずして、無常を昼夜につくす。然れば、漢の高祖の三尺の剣も、遂に他の宝と成り、秦の始皇のはりの都も、自づから荊棘の野辺と成る。彼を思ひ、是を見るにも、只偏に浮き世を逃れ、誠の道に入るべき物をや。かかりし程に、二人の尼、行業積もり、七旬の齢たけ、五月の末つ方、少病少悩にして、西に向かひ、肩を並べ、膝を組み、端座合掌して、念仏百返唱へて、一心不乱にして、音楽雲に聞こえ、異香薫じて、聖衆来迎し給ひて、ねむるが如く、往生の素懐を遂げにけり。高きも賎しきも、老少不定の世の習ひ、誰か無常を逃るべき。富宝も、遂に夢の内の楽しみなり。殊に女人は、罪深き事なれば、念仏に過ぎたる事有るべからず。斯様の物語を見聞かん人々は、狂言綺語の縁に依り、あらき心を翻し、誠の道に趣き、菩提を求むる頼りとなすべし。其の心も無からん人は、斯かる事を聞きても、何にかはせん。よくよく耳に止め、心に染めて、無き世の苦しみを逃れ、西方浄土に生まるべし。
〜参考記事〜
国民文庫「曾我物語」明治44年 / 菊池眞一研究室
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〜舞台背景〜
すべての因縁が浄化され、魂が光へと還るカタチでグランドフィナーレとなります。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
皆様の貴重なお時間を頂きながらご期待に添えなかった反省点だらけの作品になってしまいました。以下にリンクもございますが、エッセイに本作の反省を総括させて頂いていております。
また、反省点を改善した次作「新訳 北条五代記」を投稿させて頂いています。お時間ございましたら是非ご覧下さい。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。 条文小説 拝




