↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元自衛官、ゾンビ無双す。AIドローン、人間性を得る  作者: makubes


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/42

6話「良いゾンビ?」

 カレーの匂いが、キッチンいっぱいに広がる。

 今朝は鍋に湯を沸かし、パックを沈めた。

 こんな世界でも、うまいものはうまい。


「スパイスカレーが、食べたいな」

 独り言のつもりだった。


「贅沢言うな。スパイス類の備蓄はゼロだ」


「聞いてない」

「聞かれる前に答えるのが効率的だ」


 スプーンを止め、リストバンドに目を落とす。


「そういえば、この前」

「バージョンアップとか言ってなかったか」

「本社の定期更新だ。気にするな」


「もう少し、人間らしい返しはできないのか」

「今ので十分人間らしいと思うがな」


 言い返せず、カレーの残りをかき込む。

 軽口の切れが前より鋭くなっている気もするが、確かめる術はない。



 食べ終えた皿を流しに置き、居住区の隅に積んだ資材を見て回る。


 合板は、あと数枚。

 番線も、残りは片手で数えられる程度だ。


 血液パックのラベルに、目をやった。

 消費期限は、思っていたより早く迫っている。


 棚の隅、充電を終えたドローンのバッテリーで目が止まる。

 屋上で最後に見た映像が、頭をかすめる。


 物陰ばかりを選んで歩いていた、あの個体。


 深く考える前に、合板の枚数を数え直す。


「合板の残量は、持って三日だ」

 キーロンが先回りして告げる。


「あのホームセンターはもう空だ」

「積み残していた発電機と資材も、何往復かで運びきっただろう」


 もうそんなに経つのか。


「わかってる」


「次の資材置き場なら、もう調べてある」


 舌打ちしそうになるのを堪える。

 仕事だけは早い。


「どこだ」

「あの倉庫だ。前回以降、新しい反応は出ていない」


 女に嵌められて拘束され、目が覚めたら賊ごと片付いていた場所だ。


「賊のアジト跡地で物資集めか」

「俺としては、もう行きたくない」


「効率の話をしているだけだ」

「感傷はそっちの担当だろう」


 残数をもう一度目でなぞる。

 行くしかない。


 出発前に、ドローンの巡回ログを開く。

 昨夜のうちに撮れていた分の映像を、リストバンドで流し見ていく。


 途中、キーロンの声が挟まる。


「ついでに言っておくと」

「例の分類不能が動いた方角の延長線上に、今日行く倉庫がある」


 映像を送る指が止まる。


「追ってるのか、あれを」

「追ってはいない。位置が重なったから報告しただけだ」


「気になるなら勝手に気にしてろ」


 突き放す言い方のわりに、それ以上は何も言わない。

 映像の続きを、黙って流す。



 ガレージへ降りると、軽トラの荷台の陰から茶白が顔を出す。

 空の皿を、前足で二度叩く。


「わかってる、ちょっと待て」


 ドライフードだけは大量に確保してある。

 袋から皿へ、ザーッと流し入れる。


 茶白が尻尾を立てる。


 そろそろ、名前くらい付けてやらないとな。


 軽トラを発進させる。

 窓を開けると、焦げた臭いの薄れた風が入り込んでくる。


「窓は閉めておけ。騒音レベルが上がって、お前の声が拾いにくくなる」

「それは助かる」

「……集音の感度を上げた」


 ハンドルを握ったまま、口の端が緩む。




 倉庫が見える距離まで来たところで、ドローンを先行させる。

 エンジンを切り、リストバンドに映像を呼び出す。


 棚の隙間、崩れた段ボールの陰。

 白い箱がいくつか覗いている。

 印字までは読み取れない。


「箱の形状は医薬品の規格に近い。中身までは確認できない」

「血液パックの可能性は低いが、使える薬は入っているかもしれない」


 映像が奥へ進んだところで、息を詰めた。


 倉庫の中央付近、崩れた資材の間に、人影のようなものが動いている。

 一体の死体の前でしゃがみ込み、何かを口へと運ぶ。

 しばらくすると立ち上がる。

 数歩先の別の死体の前に移動して、また同じ動作を繰り返す。


 一体にかじりつくのではない。

 順番に、少しずつ、確かめるように。


「反応、一体」

 キーロンの声から、いつもの抑揚が抜けている。

「前回の分類不能個体との一致率、推定六十パーセント」


 着ている服は薄汚れているが、大きな損傷も返り血もない。

 荒れた倉庫の中で、そこだけが妙に浮いて見える。


「あれか」

「前に見た、あの分類不能」


「断定はできない」

「だが、特徴は近い」



 倉庫の裏口から、バールを手に踏み込む。

 薄暗い通路の先、崩れた棚の隙間から光が漏れている。


 足音を殺して進む。

 埃と、饐えた臭い。

 あの日と同じだ。


 通路を抜けたところで、視線がぶつかる。


 死体の傍にしゃがんでいた影が、ゆっくりとこちらを向く。


 構える間もなく、声が届く。


「やあ、僕は悪いゾンビではないよ」


 軽い、人懐っこいとさえ言える口調だ。

 握ったバールの柄が、掌の中で軋む。



「なぜ、死体を少しずつ食ってる」

「さあ、なぜだろうね」


 はぐらかすような答えに、奥歯を噛む。


「ゾンビは人間を食べるものじゃないのか」


「ゾンビとは何か、それこそ難しい問題だね」

「君は、自分がまだ人間だと思っているのかな」


 言葉が返せない。

 問いのはずなのに、値踏みされているような響きがある。


「答えたくないなら、それでいい」


「そう怒らないでくれよ」

「僕は、君を襲う気は今のところないんだ」


 それで警戒を解く気にはならない。

 だが、バールを握る腕から力が抜けていく。



「もう質問はないのかな」


 黙っていると、影は死体の傍を離れ、出口とは違う方向へ歩き出す。


「では僕はもういくよ」


 背を向けたまま、軽い調子で付け加える。


「君に必要なものはあっちにあったよ」


 言い残し、崩れた棚の隙間へ姿を消していく。

 追う気は起きない。



 言われた方向へ回ると、事務机の引き出しに古びたファイルが残っている。

 中には地図とメモの束。

 高校らしき建物を囲む矢印。

 見張りの配置を示す殴り書きと、日付らしい数字が並んでいる。


 賊どもが生きていた頃に立てていた、襲撃の計画だ。


「なんだ、アレは」


 答えを期待したわけではない。


「分類不能」

「それ以上の情報がない」


 ファイルを小脇に抱え、軽トラへ戻る。

 合板と番線を荷台に積み込み、白い箱をその上に重ねた。


 積み終えて、運転席に乗り込む。

 倉庫を後にする。




 ガレージに軽トラを収めても、出迎えはない。

 工具箱の陰、丸めた毛布の上で茶白はまだ丸くなって眠っている。

 エンジン音くらいでは起きない図太さも、もう板についてきた。


「今日は留守番、上出来だったな」


 答えるはずもないが、声をかけておく。

 耳が、わずかに動く。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。