↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元自衛官、ゾンビ無双す。AIドローン、人間性を得る  作者: makubes


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
30/42

27話「三人」

 ローターが唸りを上げる。

 四つの風が地面を叩き、埃と乾いた葉を巻き上げた。


 屋上の床が、視界の中でみるみる小さくなっていく。

 給水タンクの丸い影、フェンスの網目、監視カメラの支柱。

 どれもが、上昇するごとに輪郭を失っていく。


 高度十メートル。

 モールの屋上全体が、四角い一枚の板のように収まった。


 高度五十メートル。

 駐車場の白線が、意味を持たない縞模様になる。

 搬入口へ続くスロープだけが、白く浮いて見えた。


 高度二百メートル。


 視界が一気に開ける。

 市販機ならとうに姿勢を乱している高さのはずだが、

 機体は揺らぐ様子もなく風を切っていく。


「本体性能100%維持、快調だ」

 キーロンが、誰にともなく呟いた。


 街が、輪郭を持った地図として広がっていく。

 碁盤目状の道路、点在する屋根、川のように蛇行する幹線道路。


 モール到着から六百八十三時間、日数にして二十八日が経っている。


 眼下にあるのは、一か月前とは違う街だった。

 シャッターの下りた店が増え、割られたガラスも増えている。


 視界の端に、この映像が重なっている。

 体は屋上に置いてきた。意識の半分が、上空の風を掴んでいた。


「対象、増加傾向」

 キーロンの声が、小さく挟まる。


「モールに入ってからの街の推移を整理しておく。聞くか」

「……言え」


「モールに入って十日目に、送電が止まった。水道はその二日後、ガスはさらに数日遅れて止まっている。この街の基幹インフラは、そこですべて死んだ」


 ドローンが高架の下をなぞる。

 信号機が、黒い箱になってぶら下がっていた。


「略奪が目立ち始めたのは、警察が消えてからだ。最初に狙われたのはドラッグストアと食料品店で、次が住宅だった。警察車両の稼働を確認できたのは、十三日目が最後になる」


 アーケードの下で、シャッターが内側からめくれ上がっている。

 路上に段ボールと衣類が散らばり、靴が片方ずつ転がっていた。


「二十日を過ぎたあたりで、感染個体の数が、人間の数を上回った。街で確認できる生存者は、モールに入った頃の半分を切っている」


 ドローンが住宅街の上へ滑る。

 開け放たれた玄関が、いくつも並んでいた。

 出てくる者も、入っていく者もいない。


「増加は続いている。ただ、ここ十日で緩やかになった」


 返す言葉はなかった。


「それと、感染個体の動きが変わり始めている」


 カメラが繁華街の方角へ寄る。

 交差点を、二十体ほどが同じ方向へ歩いていた。

 互いに見交わす様子はない。

 それでも間隔を空け、同じ速さで、建物の影が落ちる側ばかりを選んでいる。


「群れてるのか」

「そう見える。ただ、互いに合図を送り合っている形跡はない。各個体が別々に、同じ結論に行き着いたと見るのが妥当だ。群れていた方が生き残りやすい、という結論に」


「考えてるってことか」

「考えている、とまでは言わない。学習はしている」


 島で片づけた群れを思い出す。

 あそこまで固まるのに、何か月かかったか。


「島でも同じ傾向は出ていた。

 ただし、あちらではもっと時間がかかった」


「この街は、速いな」

「密集の起点は、繁華街と避難所指定施設の二箇所だ。

 群れの大半も、そのどちらかから出てきている」


 視線を右へ流す。

 それに合わせてドローンのカメラが旋回し、

 路地裏の暗がりを舐めるように映した。


「視線の移動が非効率だ」


「なんだそれ」

「注視点の切り替えが早すぎる。同じ場所を二度なぞっている。走査効率は平均を下回る」


 鼻で笑った。


「文句あるならお前が飛ばせよ」

「同期プロトコル上、操縦権限はお前にある。私は効率化を提案しているだけだ」


「……」


 しばらく、沈黙が続いた。

 ドローンだけが、風に流されながら高度を保っている。


「もう、一年以上になるんだな」


 ぽつりと、言葉が出た。

 キーロンは、すぐには返さない。


「島からずっと、お前は一緒にいた」


 俯いたまま続ける。


「最初の頃だって、愛想がなかったわけじゃない」

「それでも、今の方が明らかに口数が多い。皮肉も増えたし、先回りもする。あのアップデートからだよな、お前が変わったの」

「事実の指摘か、それとも感想か」


「両方だ」


 キーロンは、また一拍置いた。


「人間は、道具にすら人間性を求める。そういう傾向がある、というだけの話だ」


「決めつけんな」

「決めつけてはいない。観測に基づく一般論だ。お前が私に人格を見出しているだけで、私自身が変化したかどうかとは、別の問題だ」


 小さく息を吐く。

 それ以上、言葉は続かなかった。

 ドローンは高度を保ったまま、街の輪郭をなぞり続けている。



 映像の端、住宅街の外れで何かが動いた。


「対象、三名。移動中」


 キーロンがカメラを寄せる。

 乱れた足取りで走る人影が、三つ。

 後方から追ってくる数体との距離を、じりじりと詰められていた。


「距離を詰めろ」


 ドローンが、低空へ滑り込む。

 拡大された映像の中、先を走る一人は明らかに歩幅が小さい。

 腹を庇うように前屈みになり、もう一人がその背を支えて併走している。

 少し遅れて、三人目が振り返りながら、

 二人を追い立てるように腕を振っていた。


「対象の一名、妊婦と推定。確度九十二パーセント」


 キーロンの声に、感情の色はない。


 追いつかれるまで、あと何分か。

 ぼんやりと、そればかり数えていた。


「感染個体との接触、あと二十五分」


 答えない。


「推定、あと二十分」


 まだ答えない。


「推定、あと十九分」


「……何回言うつもりだ」

「必要な回数だけだ」


 短く息を吐き、屋上の縁から視線を外して駆け出した。

 階段を二段飛ばしで下り、サングラスをかける。



 地下駐車場のシャッターが上がる数秒が、やけに長い。


 ジムニーのエンジンが唸る。


「無線、モールへ」

 キーロンの声に、無線のスイッチを叩いた。


「垂水さん、聞こえるか。妊婦を含む三名、救助に向かう。しばらく戻らない」

 無線の向こうで、少し間があった。


「了解、気をつけろよ」

 拳銃を突きつけられていた頃の硬さは、その声のどこにもなかった。


「歓迎用のビールは一ダース確保している」

 ハンドルを握ったまま、口の端がわずかに動く。


「気が早い」

「段取りは早いくらいで丁度いい」


 無線が切れる。

 タイヤを軋ませ、ジムニーでスロープを駆け上がった。



「右に二体。距離八十」

 キーロンの誘導が、矢継ぎ早に続く。

 ハンドルを切りながら、頭の中で迂回ルートを組み替えていく。


「その先、瓦礫で封鎖。次の角を左折」

 左へ振った。


「推定到達、五分」

 信号のない交差点を、減速せずに突っ切った。



 現場が見えた瞬間、追っていた個体の一体が、先頭の女に手を伸ばしていた。


 車を横付けし、ドアを蹴り開けて外へ出る。

 手には、1500ミリの長バールを握っていた。


 まず、腕を伸ばした個体の頭部に、長い柄を活かした一撃を叩き込む。

 間合いは詰めすぎない。

 血飛沫の届かない距離から、柄の長さで沈める。


 二体目が、横から迫った。

 背に回していた散弾銃を引き抜く。

 二連式で、装填は二発だけだ。

 群れが、細い路地で押し合うように重なった。


 その一瞬を逃さず、引き金を二度引く。


 轟音とともに、重なっていた個体がまとめて崩れ落ちた。

 残弾はない。

 ここからは、長バール一本で応じる。


 三体目。四体目。

 返り血を浴びない角度を選び、淡々と数を減らしていく。


 最後の一体が倒れてから、短く息を吐いた。


「……状況終了」



 妊婦は、地面に座り込んだまま動けずにいた。

 その隣でもう一人の女がしゃがみ込み、震える背を支えている。


「大丈夫か」


 支えていた女が、こちらを見上げて言った。


「菱沼といいます。この人、芽衣っていうんですけど、妊娠中で……もう、歩けなくて」

「わかってる。乗れ」


 ジムニーの後部を指す。


 車の反対側から、男が一人、転がるように駆け寄ってきた。


「拓海です。妻がお世話に……ありがとうございます、本当に」


 拓海が、何度も頭を下げる。

 その横で芽衣は肩で息をしながら、それでも自分の足で立とうとしていた。


 乗り込む前に、拓海がぽつりと言った。


「僕らがいた避難所、バイカーの集団に襲われて……もう、あそこには戻れません」


 何も言わず、ドアを閉めた。



 モールに戻ると、地下駐車場のシャッターの前に人だかりができていた。


「無事でしたか!」


 守屋が、真っ先に駆け寄ってくる。

 その後ろで、垂水が両手を腰にあて、満足げに頷いていた。


「言った通りだろう。ビールは冷えてる」


 車から降りた芽衣を見て、千鶴が息を呑んだ。


「妊婦さん……」

「はい。もうすぐ、なんです」


 芽衣が小さく笑う。

 疲れの滲んだ目元が、そこでようやく緩んだ。



 受け入れに、反対する者はいなかった。


 菱沼が、硬い面持ちで一歩前に出た。

「獣医です。人間は専門外ですけど、できることは手伝います」


「医療知識のある人が増えるのは、普通に助かるし」


 笹川がそれだけ言い、千鶴と守屋が頷いた。

 拓海が深々と頭を下げ、菱沼もそれに倣う。


 蒼が菱沼の周りをぐるぐると回りながら、興味津々に見上げた。


「お姉さん、動物のお医者さんなんだって」

「そうだよ」


 菱沼が苦笑いする。

 そこへ、休憩室の方から茶白の猫が顔を出した。


「あ」


 蒼が声を上げた瞬間、バルカは尻尾を膨らませて身構えた。


 菱沼が膝をつき、そっと手を伸ばそうとする。

 バルカは低く唸り、爪を空振りさせて後ずさった。


「うわ、やっぱり駄目か」


 横で、笹川が笑う。


「蓮さん以外、誰にも懐かないんですよ、こいつ」

「なるほど……」


 菱沼は無理に触れようとせず、少し離れた場所からバルカを観察した。


「毛艶は悪くないですね。片耳の欠け方も、もう治りきってる。年齢は、生後一年半くらいかな」

「詳しいな」


 短く言うと、菱沼が顔を上げた。


「去勢は、考えてますか」

「……そこまで考えてなかった」


 バルカは警戒を解かないまま、足元にだけそっと寄ってきた。



 夕方、フードコートに家具店のテーブルが並び、白いクロスまで敷かれた。


「これ、どこの高級店」


 笹川が笑いながら、クロスの皺を伸ばす。

 厨房からは、焼けた肉の匂いが漂ってきた。

 守屋がステーキの皿を運んでくると、蒼が歓声を上げる。


「肉!」

「野菜も食べえ、野菜も」


 千鶴が、屋上の農園で摘んだ小松菜を皿の端に添えていく。


「一ダース確保してるって言っただろ」


 垂水が缶ビールを配り、笹川がワインの栓を開けた。


「ようこそ、モールへ」


 守屋が缶を掲げると、拓海と菱沼が戸惑いながらも笑って応じた。


「電気、点いてるんですね」

 缶を受け取った拓海が、天井の照明を見上げた。


「地下の非常用発電機です。軽油さえあれば、まだ回る」

 垂水が缶を開けながら答えた。

「水も、屋上と地下のタンクにたっぷりあるんで。当分は困りません」


 芽衣は炭酸水のグラスを、両手で包むように持ち上げる。


「あと、アイスもあるよ!」

「デザートまであるんですか」


 拓海が、目を丸くした。


 にぎやかな食卓から少し離れた椅子で、ステーキを切る。

 足元では、バルカが丸くなっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。