↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元自衛官、ゾンビ無双す。AIドローン、人間性を得る  作者: makubes


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/42

3話「境界」

 ジムニーのエンジンをかける。

 後部座席に積んだままの買い出しの袋が視界の端に入るが、今それを気にしている場合ではない。


 出発前に、ドローンを起動する。

 リストバンドの操作パネルからコマンドを送ると、玄関先に置いていた機体がゆっくりと浮上し、上空へと消えていく。


 操作自体に、戸惑いはない。

 畑違いの人間ばかり集められた新設の運用隊で、飛ばすことだけは嫌というほどやらされた。


「先行させとく。何かあれば言う」

「頼む」


 ハンドルを握り、キーロンの示すルートに従って走り出す。


「次の交差点を右だ」

「わかってる」


 走り慣れた道のはずなのに、景色がどこかよそよそしい。

 信号無視で突っ切った車が路肩に乗り上げたまま放置されている。

 歩道にはコンビニ袋や靴が散らばり、持ち主の姿はない。


「……昨日までと同じ街とは思えないな」

「感傷は後にしろ。もうすぐ着く」


 キーロンの声には相変わらず抑揚がない。

 それが今はかえって落ち着く。


 病院の敷地が見えてくる。

 正面玄関に近づくにつれ、異変の輪郭がはっきりしてくる。

 人だかりのように見えたものは、統率の取れない群衆だ。

 怒号、悲鳴、何かがぶつかる鈍い音。

 救急車のサイレンが遠くで鳴り続けているが、誰も動かす気配がない。


 車を減速させる。

 正面玄関の自動ドアは開けっ放しで、中から白衣の人影がよろめきながら出てくるのが見える。

 歩き方がおかしい。

 この距離でも、そこだけははっきり分かる。


「正面は無理だな」

「同感だ」


「他に入り口は」

「搬入口がある。裏手だ。人が少ない可能性が高い」


 ハンドルを切り、建物の裏へ回り込む。

 駐車場を突っ切り、フェンス沿いの細い道へ入っていく。


 裏手に着くと、確かに正面ほどの騒ぎはない。

 搬入口らしきシャッターは半分開いたままになっている。

 中は暗く、何があるか見通せない。


 車を停め、エンジンを切る。

 静寂が急に重くのしかかってくる。


「……病院、昔から苦手なんだよな」


 理由を深く考えたことはない。

 あの匂いと静けさが、どうにも性に合わない。


「行くしかないんだよな」

「他に選択肢があるとでも言うのか」


 言葉に詰まる。

 後部座席に積んだままのバールを引き抜き、手に握る。

 重さが、いつもより気になる。


 深呼吸をひとつ挟み、車を降りる。

 搬入口のシャッターの隙間に体を滑り込ませ、院内の暗がりへ足を踏み入れる。


 院内は薄暗い。

 非常灯の緑色の光だけが、廊下の輪郭をぼんやりと浮かび上がらせている。


「ドローン、先行させる」


 リストバンドの操作パネルに触れると、搬入口の天井付近で待機していた機体が音もなく動き出し、廊下の奥へと消えていく。


「映像、見えてるか」

「ああ。左に進路取れ。突き当たりにエレベーターホールがある」


 キーロンの指示に従い、足音を殺しながら進む。

 壁伝いに歩を進めるたび、非常灯の光が影を長く伸ばす。


 どこか遠くで、何かが崩れ落ちるような音がする。

 一度、二度。

 規則性はない。


「進行方向とは逆だ。優先度は低い」


 感情の読み取れない声が、そのまま判断の根拠になる。

 止まる理由がないなら、進むしかない。


「保管場所はどこだ」

「中央検査室。三階だ。輸血用の血液パックは、通常そこの冷蔵設備にまとめて保管されてる」


「三階か……エレベーターは」

「使うな。動いてる保証がない。階段だ」


 階段の入り口までは、思ったより静かに辿り着ける。

 踊り場の窓から差し込む外光を頼りに、一段ずつ上っていく。


 踊り場を折り返したところで、ドローンが不意に高度を落とし、天井際の暗がりに張り付く。


「どうした」

「黙ってろ。二階の非常口、内側からドアを叩いてる音がする」


 耳を澄ますと、確かに一定の間隔で、鈍い打撃音が響いているのが分かる。

 誰か、あるいは何かが、閉じ込められているのか、閉じ込めようとしているのか。

 判断はつかない。


「進めるか」

「今のところは。ドローンは戻す、目立たせたくない」


 二階の踊り場を過ぎたところで、ドローンの映像に動きが映り込む。


「止まれ」


 声に反応して足を止める。

 リストバンドの画面には、廊下の先で何かが動いている様子が映っている。


「……何だ、あれ」

「元患者だろうな。点滴スタンドを引きずってる」


 画面の中の人影が、ゆっくりとこちらへ顔を向ける。

 距離はまだある。

 だが、廊下の構造上、避けて通る道はなさそうだ。


「戦うしかないか」

「他に案があるなら聞くが」


 ない。

 バールを両手で握り直し、階段を上がりきる。


 人影――患者衣をまとった、かつては入院患者だったのだろう男が、こちらに気づいて動き出す。

 歩みは遅いが、着実に距離を詰めてくる。

 その後ろの暗がりから、もう二つの影が壁伝いに現れる。


「三体」


 バールを握る手のひらが汗ばんでいる。

 柄を握り直す。

 まだ重い。

 一歩、二歩。

 相手の足音が、自分のそれと重なる。


 振り下ろした一撃が、頭部を捉える。

 湿った音とともに、目の前の人影が崩れ落ちる。


 手の中のバールを見下ろす。


 軽い。

 こんなに軽かっただろうか。


「残り二体。左奥」


 言われた通りに踏み込む。

 一体目。振り抜く。二体目。返す刃で、というほど上等な動きでもない。

 ただ腕を振っただけだ。骨の砕ける感触が、掌に届く前に終わっている。


 喉の奥から込み上げてくるものがある。

 堪えきれずに、その場でえずく。


「間抜け、ぼさっとするな。動体反応、まだ拾ってる」


 口元を拭って顔を上げる。

 噛まれた腕が、鈍く疼く。


 廊下の壁に手をつく。

 こんなものに慣れる日が来るとは思えない――そう考えている自分の呼吸が、もう整っていることに気づく。


「別の階からもう一体、こっちに向かってる」

「……ちょっと待て」

「待てない」


 三階に上がると、案内表示に「中央検査室」の文字を見つける。

 ドアは半開きになっている。

 中を覗くと、幸い人の気配はない。


 冷蔵設備を開けると、整然と並んだ血液パックが目に入る。

 棚の下段には、輸血用のチューブや器具一式が収められた箱もある。


「これで全部か」

「必要な分は揃ってる。持てるだけ持って戻れ。処置は家だ、ここは長居する場所じゃない」


 パックと器具をリュックに詰め込んでいく。

 手が微かに震えているが、作業自体は止まらない。


 リュックの重さを背負い直し、来た道を引き返す。

 階段を駆け下りる。

 柄を握る手のひらが、さっきの感触をまだ覚えている。




 自宅に戻り、リュックの中身をリビングの床に広げる。

 血液パック、チューブ、針、その他見覚えのない器具がいくつか。

 何から手を付ければいいのか、正直分からない。


 リストバンドの画面から検索をかける。

 スマホは相変わらず圏外のままだが、こちらの回線だけは問題なく繋がる。

「輸血 やり方」「静脈路確保 自己」

 出てくるのは医療従事者向けの情報ばかりだ。

 それでも動画をいくつか流し見ながら、手順をなぞっていく。


「随分と付け焼き刃だな」

「うるさい。他に方法があるなら言えよ」

「ない。だから見てるんだろう」


 突き放すような物言いのまま、キーロンは要点を淡々と読み上げていく。

 針の角度、血管の位置、固定の仕方。

 感情の抜けた説明が、かえって落ち着きを与えてくれる。


 腕の内側、青黒く血管が浮き出た箇所を消毒する。

 針を近づける手が震える。

 一度、目を閉じてから開ける。


「躊躇うな。時間の無駄だ」

「わかってるよ」


 一気に刺す。

 だが、狙った角度が甘かったのか、血管を捉えきれない。


「外れてる。角度が浅い」

「言われなくても分かってるよ」


 位置を変えて、もう一度。

 それも駄目だ。

 三度目、四度目と繰り返すうちに、腕の内側はまともに見られない有様になっていく。


「五回目だ。次で決めろ」

「うるさい」


 奥歯を噛んで、針を刺し直す。

 今度は、鈍い痛みと共に赤い色がチューブに流れ込み始めるのを確認する。

 血液パックをソファの背もたれより高い位置に吊るし直すと、赤い筋がゆっくりと腕へ向かって下りていくのが分かる。


 肩の力が抜ける。

 ようやく、という気持ちが一瞬だけ胸を過ぎる。


 うまくいっているのかどうかも判断できないまま、ソファに背を預ける。


 天井を見上げる。

 腕の付け根から、じわりと熱のようなものが広がっていくのが分かる。

 血液が体に入っていく感覚なのか、それとも別の何かなのか、区別がつかない。


「……効いてる、のか」

「データ上は、進行してる」


「進行って、良い方にか」

 返事はない。


「おい」


 答えが返ってくる前に、視界が急に霞む。

 体の力が抜けていく。

 何かを言おうとした声が、うまく音にならない。


 意識が、ゆっくりと沈んでいく。



 目を開けると、部屋は薄暗い。

 カーテンの隙間から、高い日の光が差し込んでいる。


 体を起こそうとして、体の節々が軋むのを感じる。

 リストバンドの画面に触れる。

 日付の表示が、記憶にあるものから丸一日以上進んでいる。


「……何時間、寝てたんだよ」


 答えるキーロンの声は、いつも通り抑揚がない。


「かなり長い間だ。詳細な数字を知りたいか」

「今はいい」

「一つだけ言っておく。例の締切――七時間のカウントは、とうに過ぎてる。それでもお前はまだそこにいる」


 その一言をどう受け止めればいいのか、すぐには分からない。


 体を起こし、ソファから立ち上がる。

 腕の包帯を見下ろす。

 染みができているが、それ以上のことは分からない。


 窓に近づき、カーテンに手をかける。

 一瞬、開けるのを躊躇う。

 開けた先に何があるのか、分かるのが怖い。


 それでも、指先に力を込めてカーテンを引く。


 外の景色に、思わず息を止める。


 見慣れていたはずの街並みが、どこか違って見える。

 あちこちから、細く黒い煙が立ち上っている。

 数えきれないほどの数だ。

 遠くでは何かが崩れる音が、鈍く響いている。


 自分の体に何が起きたのか、輸血がうまくいったのかどうかさえ、まだ分からない。


 窓の外を見つめたまま、しばらく動けずにいる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。