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元自衛官、ゾンビ無双す。AIドローン、人間性を得る  作者: makubes


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18/42

15話「残花」

 搬入を終えると、事務員に院長室へ呼ばれる。


 向かい合うと、眼鏡の奥の隈が、前に会った時より濃い。

 若い頃はさぞ綺麗だっただろうと思わせる輪郭に、

 疲労と覇気がせめぎ合っている。


 インフラが崩壊して一年あまり、この規模の病院を潰さずに保ち続けている。

 その一点で、手腕は疑いようがなかった。


「いきなりだけど、あなたにしか頼めないことがあるの」

 疲れた目をこちらに向けて、宮本はそう切り出す。

「他の人には、まだ言えないことだけど」


 冬の間に、島のあちこちから人が流れ着くようになった。

 避難民を受け入れてから、病院の機能は限界に達している。

 入院患者と避難民を合わせて、常時三十人近くを診ている。

 鎮痛剤も抗生剤も、在庫は残り僅かだという。


 表向きは平静を装っている。

 けれど話を聞く限り、病院はもう薄氷の上にあった。

 宮本は言葉を選び、一つずつ丁寧に置いていく。


「薬が尽きれば、誰に使うか選ぶことになる」

 声がわずかに震えていた。

 それだけは避けたい、と宮本は続ける。


 島の反対側に、まだ誰も手をつけていない大きな病院がある。

 規模はここより大きく、薬品の在庫も期待できるという。


「危ないことを頼んでいるのは分かってる」

「それでも、お願いできないかしら」

 宮本の視線は、まっすぐこちらに据えられている。


 しばらく黙ってから、頷く。

 宮本の肩から、力が抜けるのが分かった。


 デスクの端のカレンダーには、今日の日付に丸がつけてある。

 その先の数日にも、薄く印が並んでいた。

 抗生剤の残数を、日割りで数えた跡らしい。




 軽トラのエンジンをかけると、キーロンが位置情報を読み上げる。

「目的地まで、道なり四十二キロ」


「遠いな」

「距離だけならな。信号も対向車もない、四十分もかからない」


 窓を開けると、去年の冬とは違う匂いの風が入ってくる。

 枯れ草ではなく、土と若葉の匂いだ。

 道端の桜は、もう散りかけている。

 風に流された花びらが、アスファルトに張り付いていた。


「去年の今頃は、何してたかな」

「発生から二十日前後だ。お前は毎朝、腕の数値ばかり聞いてきた」


「そうだったか」

「記録ではそうなっている。覚えていないなら、記録の方を信じろ」


「次の交差点を右だ」

 言われるまま右折すると、田畑の間を抜ける開けた道に出る。


 宮本から渡された地図には、目的地が赤いマーカーで囲まれている。

 書き込みは、施設名と簡単な建物概要しかない。



 目的地が近づくにつれ、見覚えのある景色が増えていく。

 最初は気のせいだと思った。

 似たような病院は、いくらでもある。


 緩やかなカーブを曲がった先に建物が見えた瞬間、確信に変わる。

 三階建ての本館、正面玄関の庇の形、駐車場の位置。

 どれも、覚えのある配置だった。


「構造一致率、九十四パーセントだ」

 キーロンが淡々と告げる。

「衛星画像の建物輪郭と、お前の過去の位置ログを照合した」


「過去の位置ログ」

「発生直後、お前がここに立ち寄った記録が残っている」


 ハンドルを握る指に、力がこもる。


 駐車場の入り口には、救急車が数台、ドアを開けたまま乗り捨てられていた。

 タイヤは劣化してひび割れ、荷室の扉には引っかき傷が幾筋も残っている。

 搬送しようとして、できなかった車だ。


 あの日、ここで血液パックを漁った。

 あの夜から今までに流れた時間が、急に重さを持って迫ってくる。


「停めるぞ」

 軽トラを駐車場の隅に寄せる。



 正面玄関のガラス扉は、当時のまま割れて開いていた。

 あの日群がっていた人影は、どこにもない。

 電気の通っていない院内は、窓から入る光しか頼るものがなかった。


 床には埃と枯れ葉が吹き溜まっている。

 受付カウンターの上に、小動物の骨らしきものが転がっていた。


「反応はゼロだ」

 キーロンが熱源探知の結果を告げる。

「生体も個体も検出していない。ただし、奥までは電波が届かない」


 ロビーを抜け、奥の通用口から中へ進む。

 通路の先は光が届かず、懐中電灯の輪が闇を削っていく。


 棚はことごとく倒れ、床には割れた薬瓶の破片が散らばっていた。

 隅には空き缶や使用済みの包帯が、無造作に積まれている。


「誰か先に入ってるな」

「埃の積もり方からすると、かなり前だ。お前と同業の回収屋だろう」


 案内標識に従い、階段へ向かう。

 非常階段は窓が小さく、一段上がるごとに闇が濃くなる。

 三階、中央検査室。

 行き先は、もう地図を見なくても分かっている。



 中央検査室のドアは、蝶番が錆びて半開きのままだった。

 中の配置は、記憶とほとんど変わっていない。

 冷蔵庫の脇に、傾いた点滴スタンドが立っている。

 支柱の根元には、乾いて黒ずんだ血の跡があった。


 ここに座り込んでパックを数えた感触が、不意に蘇る。

 足りるのか足りないのか、指で何度も同じ数を数え直した。

 掻き集めたパックをリュックに詰め込み、走って逃げた。


 家に帰り着いてから、自分の腕に自分で針を刺した。

 五回刺し直して、ようやく管が通った。

 効いているのか、と聞いた。

 キーロンは答えなかった。


 同じ部屋に、同じ足で立っている。


 冷蔵庫の扉を開ける。

 庫内灯はつかない。

 並んだパックは、どれも変色して萎んでいた。


「保存不能だ。全数、使用不可と判定する」

「電源が落ちて一年放置されたパックに、期待する方がどうかしている」


「分かってた」

「分かっていて開けたのか。効率評価は最低ランクだ」


 空になった手を、しばらく冷蔵庫の縁に置いたままにする。



 旧病棟へ続く連絡通路に踏み込んだところで、キーロンの声が硬くなる。

「反応、多数。八、いや十一」


「多いな」

「密集度も異常だ。通常個体なら、この距離感で固まらない」


 通路の先の薄闇に、人影がいくつも重なっている。

 白衣、作業着、私服。格好はばらばらだ。

 先に物資を漁りに来て、そのまま戻れなかった連中の成れの果てだろう。


「群れ化個体、確認。学習行動による同調反応だ。指揮系統は存在しない」

「関係ない。来るなら来い」


 背中のスリングから、長バールを引き抜く。

 片側に平たいこじ開け刃、反対側に爪状に湾曲した鉤。

 柄の中ほどを両手で握り、切っ先を前に向ける。


 先頭の一体の喉元を、こじ開け刃で突き上げる。

 返す動作で横に薙ぎ、二体目の側頭部を叩き潰す。

 そこから先は、数える間もなく腕が動いていく。

 長柄の重さを感じない。


「六体撃破。残り五」

「数えなくていい」


 肩で息をしながら、バールを握り直す。

 腕には、さっきまでなかった重さが溜まっていた。


 残りが間を空けずに突っ込んでくる。

 統率などない。

 それでも、数は厄介だ。


 二体がほぼ同時に踏み込んでくるのを、柄で捌く。

 一体の腹を石突きで突き上げ、もう一体に鉤を叩き込む。

 三体目が組み付こうとしてくる。

 柄の中程で押し返し、崩れた体勢へ振り下ろした。


 残る二体は、距離を取ってこちらを窺っている。

 これまでの群れには、なかった動きだ。


「学習した。お前の攻撃パターンを避け始めている」


「本当に知恵がついてるのか、これ」

「限定的だが、否定はできない」


 一体が回り込むと見せかけ、急に姿勢を低く落とす。

 真下から、食らいつくように跳んでくる。

 反射的に肩を引く。

 紙一重の距離で、歯が空を噛んだ。

「あぶねっ」

 体勢を崩した相手へ、間を置かず石突きを叩き込む。


「今のは読めなかったのか」

「攻撃パターンを避ける学習の裏返しだ」

「回避に成功した個体ほど、動きが読みにくくなる」


「先に言え」

「言う前に終わっていた」


 最後の一体は、仲間が倒れたのを見て後退ろうとする。

 その背中に追いつき、一撃で沈める。


 通路に、十一体分の影が崩れ落ちている。

「反応、消失。全滅確認」

 キーロンの声は、いつも通り平坦だ。

 その場に立ったまま、しばらく息を整える。


「今までと違うぞ」

「回避行動を学習する個体は、これまで確認していない」


 続きを待ったが、キーロンは何も足さない。


 奴らも、何か変わってきているのか。

 考えを振り払って、バールを担ぎ直す。



 通路を抜けた先に、薬品庫の扉があった。

 ドアノブは回るのに、扉がびくともしない。


「鍵じゃないな」

「ノブが回って扉が動かないなら、内側から塞がれている可能性が高い」


「中に誰かが閉じこもったってことか」

「その人物がどうなったかは分からない」

「塞いであったなら、中身は無事かもしれない」


 扉の隙間に、バールの平たい先端を差し込む。

 体重を乗せると、内側で木の軋む音がした。

 さらに一段、力を込める。

 乾いた破断音とともに、折れた閂ごと扉が内側へ倒れ込んだ。


 懐中電灯を向けると、隅に白衣の職員が座り込んだまま事切れていた。

 傍らには、空の錠剤シートが幾つも散らばっている。

 噛まれた形跡は、どこにもない。


「反応はない。死後、推定十か月以上が経過している」


 この人が、扉に閂をかけた本人なのだろう。


 舞い上がった埃の向こうに、薬品箱を並べた棚が続いている。

「消毒液、抗生剤、鎮痛剤。数量は想定の三倍を超えている」


 リュックに詰められるだけ詰め、残りは箱ごと抱えて、軽トラまで何度か往復する。

 出る前に、職員の体に自分の上着を掛けた。




 港南病院に戻ると、宮本が院長室からわざわざ玄関まで出てきていた。

 運び込んだ箱の中身を、笹川と遠藤が手早く確かめていく。

「予想以上だわ」

 薬品の量を見て、宮本の表情が僅かに緩む。


 次の瞬間、両腕が伸びてきて、きつく抱きしめられる。

 反応が遅れた。

 宮本の背中は、思ったよりも小さい。


「ありがとう」

 声が微かに震えていた。

「私があと十歳若かったら、素直に惚れてたかもしれないわね」

 冗談めかした声色だったが、目は笑っていない。


 宮本はすぐに体を離す。

 背筋を伸ばしてスタッフの方へ向き直り、指示を飛ばし始めた。



 軽トラに戻り、エンジンをかける。

 道端の桜は、朝よりさらに花を落としていた。


「あの冬から、随分経ったな」

「発生から三百八十七日だ。感傷に浸るには早いのか遅いのか、判断がつかない」


「お前が言うと台無しだな」

「正確なだけだ」


 アクセルを踏み込み、来た道を引き返す。


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