↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元自衛官、ゾンビ無双す。AIドローン、人間性を得る  作者: makubes


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/42

14話「初雪」

 湯気がどんぶりの縁から立ち上っている。

 味噌の匂いが部屋にこもっていた。

 棚から酢の瓶を取り、どんぶりの上で軽く傾ける。

 色がわずかに変わるのを見届けてから、箸を差し入れた。


 麺をほぐし、持ち上げては落とす。

 湯気が散るのを待って口に運んだが、それでも熱い。

 舌の先が痺れた。

 箸をしばらく置く。


 空になった袋の口を折り畳んで、端に寄せる。

 表面に浮いた油が、少しずつ動かなくなっていく。


 ふと、ずっと前に個人商店の棚で見つけた、

 手つかずのアイスの味が頭をよぎる。

 あの時は溶ける前に急いで齧った。

 今は冷めるのを待っている。


「今日は冷えるな」


「八月時点の最高気温は三十四度だった」

「本日は七度だ」

「落差は二十七度になる」

「三か月半での推移としては急激な部類に入る」


「道理で寒いわけだ」


 スープに酢の酸味が溶けて、味が締まる。

 どんぶりの底が見えてくる。

 汁まで飲み干し、湯気で曇った窓を袖で拭う。

 外はまだ薄暗い。


 視線を感じて、足元を見る。

 茶白の毛玉が玄関の前にちょこんと座り、こちらを見上げている。

 拾った頃の頼りない骨っぽさはもうない。

 暗い廊下でも、図体だけで存在感がある。

 尻尾が、床を何度か叩く。


「バル、わかった」

「少し待ってくれ」


 鍵を外して細く開けると、隙間ができた瞬間に体をねじ込んで外へ滑り出ていく。

 振り返りもせず、白く息を吐きながら駆けていく背中を見送る。

 毎朝のことだ。

 日が暮れる頃には、決まって同じ場所で待っている。


「本日は港南学校と病院への定期搬入だ」

「積み込みは通常通りでいいか」


「通常通りでいい」


 防寒着の袖に腕を通す。

 ジムニーのエンジン音が朝の住宅街に響く。


「半径十二キロ圏内で、未探索の小規模施設は残り四件だ」

「うち二件には、すでに他の生存者による回収痕がある」


「実質二件か」

「そうだ。周辺の個人宅についても、大半が既踏破済みだ」


 窓の外を、シャッターの下りた店が次々と流れていく。

 割れたガラス、開けっ放しの扉、空になった棚。

 半年前は宝の山だった場所が、今はただの抜け殻だ。


「そろそろネタ切れってことか」

「今のペースなら、年内に回り切る」


「早いな」

「週に三件ずつ潰していれば、そうなる」


 アクセルを踏み込む。


 校門をくぐると、権藤が真っ先に駆け寄ってくる。

 後ろからケースを下ろし、二人で校舎へ運び入れる。


「急に冷えてきたな」

「前、開けっぱなしで平気なのか」


 権藤の視線が、防寒着の合わせ目のあたりで止まる。


「慣れてる」

「元自衛官は違うな」


 悠人たちが遠巻きに覗き込んで、缶詰の数を数えているのが見える。


 病院の検問を抜け、残ったケースを下ろしていく。

 土嚢の隙間を吹き抜ける風が、頬を刺すように冷たい。

 笹川が搬入リストを片手に、中身を一つずつ確認していく。


「今日は缶詰多めですね、助かります」


 積み上げが半分ほど終わった頃、遠藤が小走りにやってくる。

 病棟から抜けてきたばかりらしく、片手にはまだ体温計を握ったままだ。


「あの、幼馴染が、以前食糧倉庫で働いていて……」

「大きいところなんです」

「まだ手つかずかもしれなくて」


 場所を聞くと、記憶を辿るように少し早口になる。

 普段、患者に処置内容を説明する時の口調とは、心なしか違う。


 言われた場所には、心当たりがある。

 ドローンの巡回ログに何度か映り込んでいた、あの灰色の大屋根だ。

 規模が規模だけに、後回しにし続けていた場所だった。


 笹川がリストから顔を上げ、遠藤の横顔にちらりと目をやった。

 ペン先が、同じ行の上で止まっている。

 しばらくして、またリストをなぞり始める。


「行くか」


「他に選択肢がない」

「統計上、選択肢が一つの時は迷うだけ無駄だ」


 リアゲートを閉め、運転席に乗り込む。

 バックミラー越しに、笹川がまだこちらを見ているのが映る。


 記憶にある方角へ車を走らせる。

 灰色の大屋根が、これまで回ってきたどの店舗よりも桁違いに大きい。


「延床面積は、これまでの平均的な店舗の十五倍以上と推定する」

「十五倍か」


「効率的な巡回ルートを算出するには、内部構造の情報が不足している」


 珍しく、歯切れの悪い言い方だった。


「お前でも読めないことがあるのか」

「情報がなければ推測はできない。当然のことだ」


「入口の候補は三か所ある」

「いずれもシャッターが完全に下りている」


 隙間にバールを差し込み、体重をかけてこじ開ける。

 軋んだ金属音が、静かな倉庫街に響いた。


 埃と、かすかに饐えた匂いが鼻をつく。

 非常灯はとうに死んでいる。

 懐中電灯の光の輪だけが、闇の中に細く伸びている。

 見上げても、天井まで光が届かない。


「内部構造、判明分をマッピングする」


 リストバンドの画面に俯瞰の見取り図が展開されていく。

 まだ半分以上が空白のままだ。


「反応、棚の陰に二」


 最初の一体は棚に寄りかかるようにして立っている。

 振り向きざま、頭部に剣鉈を叩き込む。

 鈍い音とともに崩れ落ちた。


 背後で床を擦る音。

 振り向きながら懐中電灯を走らせると、光の中に二体目の顔が浮かぶ。

 そのまま踏み込んで、側頭部を薙いだ。


「奥にもう少しいる」


 棚が数列まとめて将棋倒しになった一角を乗り越え、暗がりの中を手探りで進む。

 光が届く範囲は狭く、輪郭が朧げにしか見えない。

 距離感を掴み損ね、刃先が一体の肩をかすめただけに終わる。

 体勢を崩しかけたところへ別の腕が伸びてくる。

 身を捻ってかわし、光を顔に向けてから仕留め直す。

 一体ずつ、慎重に間合いを測りながら片づけていく。


 最後の一体が崩れ落ち、静寂が戻る。

 詰めていた息を一つ吐いて、刃に付いたものを布で拭う。


 ほどなくドローンの映像が、通路の先の鉄製の扉を捉える。

 薄く灯りが漏れている。


「反応、扉の内側」

「生体反応は三」


 扉に手をかけると、内側から鈍い音が返ってくる。

 剣鉈の柄尻を隙間に差し込み、支えを弾き飛ばす。


 薄暗い休憩室のような空間に、三人がうずくまっている。

 男が二人、女が一人。

 いずれも作業着姿で、壁にもたれるようにして座り込んでいる。


 物音に気づいた一人が、力なく顔を上げる。

 目の焦点が合っていない。

 唇がひび割れ、白く粉を吹いている。


「だれ……」


 部屋の隅には、開封済みの缶詰やレトルトパックが山のように積まれている。

 雨水を汲んだらしい空のペットボトルが、その倍は転がっている。


「脱水症状の兆候、三名とも」

「意識レベル、中等度から重度」


 車に戻り、飲みかけのペットボトルと未開封のもう一本を持って引き返す。

 三人ともまずむせ、それから一気にあおるように飲み始める。


「ゆっくり飲め、吐くぞ」


 女の方が小さく頷き、それでもペットボトルを両手で抱えたまま離さない。


「ここ、飲み物は扱ってない倉庫で……屋上のタンクの雨水で、どうにか凌いでたんです」

「晴れが続いて、それも尽きて……外まで汲みに行く勇気が出なくて」


「食い物はあったのに、間抜けな話ですよね」


 もう一人の男が、乾いた笑いを漏らす。

 二本が空になった頃、ようやく焦点の合う目つきに変わってくる。


「立てるか」

「多分」


 支えながら立たせる途中、壁際の資材ラックに目が留まる。

 千五百ミリはある長バールが立てかけてある。

 想像より軽く、それでいて手の中でしっかり力が入る。

 埃を袖でひと拭いしてから、背中のスリングに斜めに通す。

 石突きが踵に当たる。

 位置を少し上げて、収まるところを探した。


「確認できた四列から外挿すると、倉庫全体の保存食は病院の三か月分に相当する」

「棚の配置が同じであれば、の話だが」


「後で運ぶ。今は連れ出すのが先だ」


 三人を後部座席と助手席に押し込み、病院へ向かう。

 水を飲んだ甲斐あってか、車が動き出す頃には目に光が戻ってくる。


 検問を抜けると、笹川が真っ先に駆け寄ってくる。


「三人も……!」


 窓から中を覗き込み、病棟の方へ向かって大声で叫ぶ。


「遠藤さん! 患者三人搬送!」


 ジャケットの裾を翻して、遠藤が駆けてくる。

 座席にもたれた三人の顔を、一人ずつ確認していく。

 その動きが、不意に止まる。


 遠藤の唇が、名前の形に動く。


「……敦」


 男の一人が、うっすらと目を開ける。


「陽菜……」

 喉に引っかかったような声だった。


「馬鹿。どれだけ心配したと思ってるの」

 声が震えている。


「悪い……水、なくて……」

「もう喋らなくていい。点滴、すぐ用意するから」


 遠藤が処置台の手配に走り出す。

 その背中を、笹川がじっと見つめている。

 担架の持ち手を握り直し、そのまま黙っている。

 運ぶ手だけが、いつもより少し忙しなく動いている。


 処置室の方が急に慌ただしくなる。

 背を向けて、残った二人を運び入れる作業に戻る。


 積み残しを確かめていると、宮本が病棟から出てくる。

 目の下にうっすらと疲れが滲んでいるが、それを隠すように笑顔を作る。


「食糧倉庫、相当な量があったそうですね」


「おそらく三か月分の保存食がある。まだ何も持ち出してない」


「そんなに……」

「それなら、この冬を越えられるかもしれません」

「港南さんにも、少し分けられそうですね」


「また運びに行く」


 運転席に乗り込んだところで、ふと視界の端に白いものが舞う。

 灰色の雲から、粉のような雪が静かに落ちてくる。


「初雪だな」


「本日の観測データと一致する」

「今季初だ」


 しばらく眺めてから、ふと思う。

 バル用に、温かいクッションでも探しておくか。

 丸くなって収まっている姿を思い浮かべる。

 喉の奥で、小さく息が漏れた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。