↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元自衛官、ゾンビ無双す。AIドローン、人間性を得る  作者: makubes


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
15/42

12話「救急搬送」

 校庭のざわめきが、不意に色を変える。

 子供の甲高い叫び声が響き、それを追うように大人の怒声が重なる。


 顔を上げると、校庭の隅に人だかりができている。

 輪の中心、地面にうずくまっているのは中年の女だった。

 生徒の誰かの母親らしい。


 顔は土気色に近く、額から汗が止め処なく噴き出している。

 肩を上下させる呼吸が、近づいて初めて分かるほど浅い。


「お母さん!」


 女生徒が泣きながら縋りつく。

 周りの大人たちは遠巻きに立ち、手を出しあぐねている。


 朝倉が手首を取って脈を確かめる。

 その顔が、見る間に強張っていく。


 縋りついたまま、女生徒が切れ切れに言う。

「ずっと発作が続いてて……薬も、ここにはなくて」


 権藤も追いついてきて、朝倉と短く目配せを交わす。

 二人の視線が、同時にこちらへ向く。


「矢代、病院まで出してもらえないか」

 権藤が先に口を開く。

「軽トラも運転できる人間もいる」

「ただ、道中で群れに当たったら荷台ごと終わりだ」

「銃を撃てる連中は警備班に張り付いてる。抜いたら今度は学校が空になる」

「調達班も今朝から出払ってて、こんな時に限って、な」


「分かった」


 校舎裏の軽トラへ向かう。

 荷台には担架代わりの毛布が畳んで積まれている。

 病人輸送用に、あらかじめ確保されていた車両らしい。


 自分のジムニーから装備一式を移し、助手席に積む。

 バールと散弾銃、ドローンのケース。

 最後に荷台を軽く揺すり、毛布の崩れがないのを確かめた。


 権藤が女を抱え上げ、慎重に横たえる。

 女生徒がすがるように荷台の縁を掴む。


「私も行きます」

 朝倉が言いかけたところに、権藤が割って入る。

「先生はこの子を見ててくれ」

「俺が付き添う」


 朝倉は一瞬迷う顔をしたが、頷く。

「必ず、連れて帰ってきてください」


 女生徒の肩を抱き、宥める朝倉の声が遠ざかっていく。


 権藤が荷台に飛び乗り、女の頭を膝に乗せる格好で腰を落ち着ける。


「揺らすなよ」

「できるだけ、な」


 運転席に乗り込み、エンジンをかける。


「バイタル、微弱だが確認できる」

「病院まで、二十分」


 キーロンの声はいつも通り平坦だったが、数字がやけにはっきり耳に残る。


 アクセルを踏み込む。

 荷台から、権藤の押し殺した声が聞こえてくる。

「しっかりしろ、もうすぐだからな」


 道中、対向車どころか人影一つ見当たらない。

 路肩に放置された車の脇を、時折すり抜けるだけだ。


 カーブを曲がると、白い建物が見えてくる。

 三階建ての病棟。

 正面玄関には土嚢とバリケードが積まれ、簡易の検問所じみた造りになっている。


「港南の権藤です!」

 荷台から身を乗り出し、権藤が声を張る。

「急患です、通してください!」


 見張りの男が顔を確認するなり、慌てて手を振って合図する。

「開けろ、港南だ!」


 バリケードの一部がずらされ、道が開く。


 敷地に乗り入れると、駆け寄ってきたのは白衣の女だった。

 四十手前くらいだろうか。

 髪をひっつめ、目つきは鋭いが動きに迷いがない。


「患者は」

 開口一番、それだけを聞いてくる。


「荷台だ」

「意識、混濁してる」


 女はすぐに脈を取り、瞳孔を確認し、短く指示を飛ばす。

「ストレッチャー、こっち」


 どこからともなく現れた男二人が担架を運んでくる。

 女生徒の母親は、あっという間に建物の中へ運び込まれていく。


 残された俺たちの前に、痩せた年配の女が歩み寄ってくる。

 白髪混じりの髪をきっちりとまとめ、眼鏡の奥には濃い隈がある。

 白衣の下から、隠しようのない貫禄が滲んでいる。


「院長の宮本です」

「うちの遠藤が、失礼しました」

 宮本が軽く頭を下げる。


「命に関わる時は、ああなるので」

「詫びられることじゃない」


 宮本の視線がこちらに向く。

「あなたが、噂の」


 値踏みするでもなく、ただ興味深そうに見られている。


「矢代だ」


「矢代さん」

 宮本が繰り返す。

「処置が終わるまで、少しかかります」


 軽トラの荷台に腰を下ろし、待つ。

 権藤は玄関の前を意味もなく行ったり来たりしている。

 建物の影が、駐車場の白線を一本分ほど飲み込んだ頃だった。


 作業着姿の男が小走りに現れる。

 三十半ばだろうか、日に焼けた顔に人の好さそうな笑みを浮かべていた。

 その視線が、一瞬だけ患者の運び込まれた入り口へ流れる。

 気づかなければ見落とすほど短い間だ。


「笹川です。いや、話には聞いてましたが」

 しげしげとこちらを眺め回す。

「もっとごつい大男かと思ってたら、意外と普通の方なんですね」


「悪かったな」


「あ、失礼しました」

 笹川が頭をかく。

「悪気はないんです、いつもこれで嫌われるんで」


 言いながらも、視線は軽トラの助手席へ流れている。

 さっきまで落ち着かなかった目が、急に止まった。

「それより、例のドローン。モジュール式だって聞いたんですが、本当ですか。よければ、ちょっと見せてもらえませんか」


「見せるのは構わないが」


「対象は初対面の第三者だ」

 キーロンの声がリストバンド越しに割り込む。

「ドローン仕様の開示は推奨しない」


「機体だけだ、中身まで見せるわけじゃない」


「……それなら、許可する」

「ただし電源は落としたままにしろ」


 助手席からケースを引き出し、荷台の上で蓋を開ける。

 折り畳まれたドローンが姿を現すと、笹川の目の色が変わる。


「これ、フレームはカーボンですよね」

 覗き込みながら、指先で軽くアームに触れる。

 撫でるというより、傷がないか確かめるような触れ方だった。

「うわ……この傷、ちゃんと使ってる傷ですね」

 声の速度が、さっきまでより一段上がっている。

「モーター、四発それぞれ独立制御ですか。変形機構持ちのMSみたいな構造ですね、これ」


「らしいな」

「詳しいのは、そっちに聞いてくれ」


「アーム接続部の設計は悪くない」

 キーロンが答える。

「ただし三番モーターのマウントは、経年で緩みやすい構造だ」


「あ、それ分かります」

 笹川が食いついた。

「振動が集中しやすい位置ですよね、この形状だと」

「うちの発電機も同じです、マウント周りの疲労。増し締めとワッシャーで誤魔化してますけど」


「その場しのぎとしては妥当だ」

「記録しておこう」


「AIに褒められたの、人生初です」


「褒めてはいない」

「事実を評価しただけだ」


「……ですよね」

 笹川がそれでも嬉しそうに笑う。

「次に来た時、工具持って見させてもらっていいですか。うちにベアリングの予備、多分合うのがあります」


「お前がやるのか」


「僕は元、工場の設備保全担当だったんで」

 笹川が胸を張る。

「病院の発電機も、換気システムも、大体僕が見てるんで」


「この施設の発電機は稼働率が高い」

 キーロンが割り込む。

「その状態を長期にわたって維持している例は、統計的には少数派だ」


「お前が言うなら、任せる」

「壊すなよ」


 畳んだドローンを無造作にケースへ放り込むと、笹川の眉がぴくりと動いた。

「あ……そんな乱暴に入れると、アームの付け根が」

 言いかけて、口をつぐむ。

「いや、すみません。矢代さんの機体ですし」


「気になるなら言えよ」


「……次から、置き方だけでも気をつけてもらえると」

 笹川が小さく頭を下げる。


 ふと思い出したように、建物の方へ顎をしゃくる。

「さっきの患者さん、峠は越えたみたいですよ」

「こういう時、僕にできるのは電気を止めないことくらいなんで」


「笹川さん」


 少し離れた場所から、宮本の声が飛ぶ。

 それだけで、笹川の背筋が伸びた。


「あ、はい」


 さっきまでの早口が嘘のように、声が急に小さくなる。

 宮本が短く何か言いつけると、笹川は何度も頷きながら小走りに離れていった。

 機械の話をしている時とは、別人のような後ろ姿だった。


 助手席に、権藤が乗り込んでくる。

 女生徒の母親は、意識が戻らないまま病室に移されたと聞いている。


 エンジンをかけ、病院の敷地を出る。

 しばらく、権藤は窓の外を眺めたまま黙っている。


「助かった、恩に着る」

 ぽつりと漏らす。

「校長に言えば、調達班を無理にでも呼び戻せたかもしれんが」


「言わなかったのか」


「言う暇がなかった、というのもあるが」

 権藤は自嘲気味に笑う。

「あの人に頼むと、話が長くなる」

「『これを機に護衛体制を見直すべきだ』とか、『次からは事前に相談を』とか」

「人が倒れてる横で、そんな話をされたくなかった」


 ハンドルを握ったまま、黙って続きを促す。


「悪い人間じゃないんだ」

「学校を回すには、あの厳しさも必要なんだろう」

 権藤が窓の外に目を戻す。

「ただ、境目がない。与えても与えても、次の要求が来る」


 道端の廃車を避けながら、ハンドルを軽く切る。


「……すまん、こんな話」

 権藤が我に返ったように言う。

「学校じゃ、誰にも言えないからな」


「聞いてるだけだ」


 しばらく、車内には走行音だけが響く。


「にしても、お前の動きな」

 権藤が思い出したように言葉を継ぐ。

「群れに突っ込んで、金属バット一本で崩していく姿、素人目にも異常だと分かる」


「褒めてるのか」


「羨ましいんだよ、正直」

 権藤は自分の右膝を軽く叩く。

「昔、実業団の内定まで貰ってたんだ、陸上で」

「膝、やっちまってな。手術しても、元の走りには戻らなかった」


 初めて聞く話に、視線だけ横へ向ける。


「それで教師に」


「潰しが効くのが体育しかなかった、というのが正直なところだ」

 権藤の口の端だけが、皮肉っぽく上がる。

「今でも、たまに走ってる夢を見る。目が覚めると、膝が疼く」


「そうか」


「だから、な」

 権藤がこちらを見る。

「お前のその力、無駄にするなよ。俺はもう、二度と手に入らないものだからな」


 言葉に湿っぽさはない。

 帳簿の数字を読み上げるような調子だった。


「校長には」

 権藤が話を戻す。

「今度、お前を護衛に、って話も出てる。断っといた方がいい」

「あの人の『期待』は、際限がないから」


「覚えとく」


 権藤がまた窓の外に目を戻す。

 学校まで、あと十分ほどあった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。