11話「初夏」
振りかぶったスレッジハンマーが、床に置いた懐中電灯の光を弾いて鈍く光る。
叩きつけると、金属同士がぶつかる甲高い音が保管庫の壁に反響する。
一撃目、扉の中央がわずかに沈む。
二撃目で蝶番のあたりに亀裂じみた筋が走り、縁の塗装が粉のように散る。
「変形率、二十パーセントを超えた」
キーロンの声が淡々と数字を刻む。
「あと少しだ」
肩の筋が軋む感覚はあるが、痛みとしては遠い。
扉の下端が浮き、蝶番の片方が根元から折れる。
もう一度叩き込んだ瞬間、残りが耐えきれず外れ、扉は分厚い音を立てて内側へ倒れ込む。
舞い上がった埃が、懐中電灯の光の中をゆっくりと沈んでいく。
棚には、拳銃と実包の箱が整然と並んでいる。
数は、案外少ない。
だが、隣の棚に目をやると、様子が違う。
防弾チョッキが数着、盾がまとめて立てかけられ、警棒の束が棚の端に転がっている。
防弾チョッキを一着手に取ると、拍子抜けするほど軽い。
着る側の負担を考えて選ばれたものだろう。
盾は表面に無数の傷が刻まれていて、実際に使われていたことをうかがわせる。
棚の隅、証拠品らしきラベルが付いた布包みが目に留まる。
解くと、鞘に収まった日本刀が出てくる。
銃刀法絡みの押収品か、自主提出品か、ラベルの文字までは読み取れない。
「これは掘り出し物だな」
抜き放つと、刃は懐中電灯の光を受けて鈍く輝く。
柄を握った感触も悪くない。
正眼から八相、大上段と、見様見真似で持ち替えてみる。
それらしい格好がつくたびに、口元が緩むのが自分でも分かる。
同じ布包みの下に、もう一振り紛れていた。
厚みのある刃、鍔もない無骨な作りの剣鉈。
柄はゴムのグリップで滑り止めが利いている。
見た目に華はないが、重心が手にしっくり収まる。
「こっちは地味だな」
軽トラの荷台に、順に積み込んでいく。
最後の一つを載せ終えたところで、保管庫を振り返る。
空になった棚が、懐中電灯の輪の中で白く浮かぶ。
学校に着くと、元県警の男がすぐに駆け寄ってくる。
荷台を覗き込み、しばらく言葉を失っている。
「防弾チョッキまで……」
男は拳銃の箱を一つ取り上げ、手のひらで重さを確かめる。
「保管庫の中身、ほとんど手つかずだったんですね」
「使い方は任せる」
言い置いて、荷下ろしを続ける。
荷台の縁に手をかけ、こちらから切り出す。
「こっちにも、いくつか回してもらえるか」
「銃器、少しでいい」
男が顔を上げる。
「もちろんです」
箱を覗き込み、小さく笑う。
「持ち出し簿も書かずにこれだけ運び出したら、現役の頃なら首が飛んでますね」
「使うつもりなら、拳銃が扱いやすいと思いますが」
拳銃の箱を差し出され、言い訳を探すより先に本音が出る。
「自衛隊でも、実弾なんてそんなに撃ってない」
「もともと、得意でもなかった」
男が箱を置く。
束の間、黙る。
「部隊は」
「兵站だ。撃つより運ぶ方が本業だった」
拳銃の箱を荷台の隅に置き、男が学校の倉庫へ引っ込む。
戻ってきた手には、水平二連の散弾銃が一丁ある。
あの銃砲店から持ち帰り、学校に預けていた在庫の一つだという。
「散弾なら、多少狙いが甘くても当たる」
「精度より数で押す武器だ」
「今の俺には、これがいいか」
「同意する」
「ただし反動は拳銃の比ではない」
男が頷き、弾薬箱を運び出すのを手伝ってくれる。
傍で聞いていた元猟師が、話に割り込んでくる。
「ライフルもあるにはあるがな」
「あれは、相当うまくねえと当たらんぞ」
散弾銃で十分だ、と言いたげに肩をすくめる。
「試し撃ちなら、山の中がいい」
「音も響かないし、獣も逃げてる」
「開けてるとこ、あるのか」
「昔、伐採した跡地がある」
「見晴らしはいいぞ」
場所を聞き終えると、拳銃は結局護身用として腰の後ろに収める。
主力は散弾銃、そう決めて荷物を積み直す。
伐採跡地は、想像以上に開けていた。
蝉の声が、盛りの頃より間遠になっている。
斜面を切り開いた土地に、切り株がまばらに残っている。
空を遮るものがない。
「上空、視界良好」
「周囲三百メートル、反応なし」
ドローンが低く旋回し、キーロンの声がそれを追う。
「しばらくは大丈夫そうだな」
「保証はしない、現状の確認に過ぎない」
切り株の一つに空き缶を並べ、十数メートル離れて構える。
散弾銃を握るのは初めてで、構えの感触がしっくりこない。
引き金を引くと、肩に軽い衝撃が抜ける。
拍子抜けするほど、こらえる必要もなかった。
空き缶が弾け飛び、耳の奥に反動の余韻が残る。
「命中」
二発目を続けて撃つ。
肩は軋まない。
次の姿勢に戻るのが、自分でも早い。
銃を折る。
空薬莢が二つ、足元の草の上に落ちた。
新しい弾を押し込み、閉じる。
「反動制御、平均より速い」
「筋力強化の影響と見て間違いない」
同じ手順を何度か繰り返す。
最後の一つが消えたところで、弾の箱も空になった。
しばらく耳鳴りだけが続く。
銃身の熱がグローブ越しにも伝わってくる。
荷物をまとめ、斜面を下り始める。
下生えを踏み分けたところで、木立の陰から一体、ふらりと現れる。
銃声に誘われたのか、ちょうどいい距離まで寄っている。
背の荷から、日本刀を引き抜く。
正面から袈裟に振り下ろす。
手応えは、あった。
だが刃は肩口で止まり、骨に食い込んだまま動かなくなる。
力を込めて引き抜こうとすると、刃自体がぐにゃりと曲がる。
柄を握ったまま、しばらく動きが止まる。
「……マジかよ」
「刃こぼれではない」
「変形だ。初撃で使用不能になった」
舌打ちして刀を地面に放り、腰の剣鉈に手を伸ばす。
振り向いてきた一体の頭に、迷いなく叩き込む。
厚みのある刃が、抵抗もなく肉に沈む。
膝から崩れ落ち、動かなくなる。
日本刀を拾い上げる。
鞘に戻そうと、曲がった刀身を無理に押し込む。
途中で引っかかり、まるで入っていかない。
角度を変え、何度も押し込み直す。
「収まらないなら諦めろ」
「時間の無駄だ」
鞘ごと日本刀を投げ捨てる。
「期待してたのに」
「期待値が高すぎた」
「こっちは、当たりだった」
剣鉈を軽く振って、血を払う。
「刃厚のおかげだ」
「地味だが、壊れにくいものほど信頼していい」
息を一つ吐き、再び斜面を下り始める。
数日後、脇道を流していたドローンが横転した宅配トラックを映す。
「この道は、まだ一度も映していない」
「荷崩れの形跡から、横転は急ハンドルによるものと推定する」
荷台の帯には、見覚えのない配送会社のロゴが入っている。
「荷台の扉は閉じたままだ。中身は手つかずの可能性が高い」
「回収を勧める」
現場に着くと、運転席側の惨状がまず目に入る。
シートは黒っぽく変色し、フロントガラスには蜘蛛の巣状のひびが広がっている。
周囲を見渡すが、動くものは何もない。
「血の量は少なくない。ただ、周囲に個体の反応はない」
誰が、何に、と考えかけて、途中でやめる。
今はそれより荷物だ。
荷台の扉を開けると、段ボールがぎっしりと積まれている。
ラベルを見ても、中身までは分からない。
軽トラの荷台に、一つずつ積み込んでいく。
思ったより収まりがよく、一度で運びきれそうだった。
積み終えたところで、荷台の扉を閉める。
運転席には、目を向けなかった。
学校に着くと、段ボールの山を降ろす前から人が集まってくる。
悠人が真っ先に箱の一つに飛びつく。
「なにこれ、開けていいか」
「好きにしろ」
封を爪で引っ掻き、ガムテープごと力任せに引きちぎる。
「うおっ!」
段ボールの角を破りながら開けると、中から出てきたのは子供用の靴だった。
サイズが合わず、悠人が肩を落とす。
「はずれかよ」
別の箱からは、レトルトカレーが大量に出てくる。
「先生!カレーだ!」
また別の箱には、電池と充電式のライトが詰まっている。
開けるたびに歓声や落胆が交互に上がる。
「これ全部、中身が分からないんですか」
朝倉が箱の山を見渡しながら聞いてくる。
「さっぱりわからん」
「宝くじみたいですね」
言いながらも、次の箱に手を伸ばしている。
子供たちは箱を取り合いながら次々と開けていく。
「喧嘩しないの!」
朝倉が箱を取り合う二人の間に割って入る。
「順番ですよー」
当たり外れの声が校庭に響き続ける。
積んできた段ボールが、あっという間に半分になっていく。
空になった荷台に、寄りかかって一息つく。




