↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元自衛官、ゾンビ無双す。AIドローン、人間性を得る  作者: makubes


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/42

10話「朝凪」

 空はまだ紺色を残している。

 漁港のすぐ脇、堤防に立ち、サビキ仕掛けを海へ投げ入れる。

 波の音だけが辺りを満たす。


 傍らのクーラーボックスには、あらかじめ海水を汲んでおいた。


 仕掛けを落としながら、あの日のやり取りを思い出す。


「棚はこのあたりだ。潮の流れを見て、少し沖に投げるといい」

 老人は皺だらけの手で、仕掛けの結び方を一つずつ示してくれた。

「撒き餌はケチるな。魚が寄らなきゃ意味がない」


 言われた通りに、コマセを海に撒く。

 最初の一投で、竿先がぶるりと震える。


 仕掛けを引き上げると、鈴なりに掛かったアジが跳ねる。

 一匹どころではない。

 針のほとんどに、それぞれ食いついている。


「個体数、想定を上回る」

「漁獲圧の低下による増加と推定」


「擦れてないってことか」


「その通りだ」

「今後もこの調子なら、漁業資源としては悪くない兆候だ。人類にとっては別の話だが」


 軽口に付き合いながら、次の仕掛けを打つ。

 釣り上げるたび、教わった通りにドライバーを脳天へ突き入れ、素早く締める。

「暴れさせるな、身が傷む」

 あの時の声を思い出しながら、手早く一匹ずつ仕留めていく。


 締めた端から、クーラーボックスへ放り込んでいく。

 海水に浸けておけば、乾いて傷むよりはましだ。

 氷まで積めれば良かったが、この状況では贅沢だ。


 三投目を過ぎたあたりで、クーラーボックスの底はもう見えない。


「収納容量、限界に到達」

 キーロンの声に、蓋を閉めながら苦笑する。


「入りきらないな、これは」


 仕掛けを一旦置き、目と鼻の先の漁港まで歩く。

 備え付けの発泡スチロールをいくつか失敬し、抱えて堤防へ戻る。

 空いた箱に海水を汲み入れ、締めた分から詰めていく。

 竿先はまだ震え続けている。


 海水で念入りに手を洗い、指先に鼻を近づけて確かめる。

 冷やす手立てが海水だけでは長くは持たない。

 家には寄らず、軽トラをそのまま港南高校へ向ける。




 校庭に着くと、すでに賑やかな声が飛んでいる。

 朝倉が子供たちを座らせ、何かを言い聞かせている最中だ。

 その輪の中から、一人の子供が真っ先に駆け出してくる。


「蓮! それ魚!」

 悠人だ。

 箱を覗き込む前から、もう跳ねるような足取りになっている。


「お菓子の代わりだ」

 クーラーボックスを地面に下ろすと、悠人はすぐさま蓋に手を掛ける。

 発泡スチロールも校庭の隅へ並べていく。


「えー、お菓子がいい」

 周りの子供たちから、口々に文句が飛ぶ。

「魚とかいらない」


「お前らな」

 悠人が箱の中を覗き込みながら、得意げに言い返す。

「これ絶対うまいって」


 人だかりの奥から、老人がゆっくりと歩いてくる。

 包丁を一本、腰に提げたまま箱を覗き込む。


「貸してみろ」


 一匹つまみ上げ、腹と鰓をひと目で検分する。


「悪くない」


 老人が魚を手に取ると、鱗とゼイゴを落とす手つきに迷いがない。

 腹側、背側、背側、腹側と刃を入れ、手早く三枚におろしていく。

 あっという間に、身が薄く並ぶ。

 子供たちが、その手元を食い入るように見つめていた。


「すごい、はやい」

 悠人が声を上げた。


 校舎の方から、炊きあがったご飯の匂いが漂ってきている。

 朝倉が大きな鍋を運んでくる。

「ちょうど炊けたところなんです」


 刺身を皿に盛り、ご飯と一緒に子供たちへ配っていく。

 薄く透き通った身が、陽の光を受けて艶やかに光っている。

 悠人が真っ先に手を伸ばし、一切れ口に運ぶ。


「うまっ」

 叫ぶように言うと、隣の子供にも勧め始める。

「な、うまいだろ!」


 誰からともなく、輪になって食べ始めた。

 子供たちは皿を抱えたまま、夢中で箸を動かしている。

 小さい子は箸がうまく使えず、指で摘んで口へ運ぶ。

 醤油を垂らしすぎた子が顔をしかめ、隣の子に笑われている。


「もちもちしてる」

「甘い!」

「ご飯と交互に食べるとやばい」


 口々に叫びながら、あっという間に食べ進めていく。

 あちこちから、おかわりの声が上がる。

 朝倉が笑いながら、順番に刺身を足していく。

「喧嘩しないでくださいね、ちゃんと皆さんの分ありますから」


 骨と皮だけになった魚が、まな板の脇に積み上がっていく。

 老人はその様子を眺めながら、つまみ食いするように一切れ口に入れ、満足げに頷いている。

 悠人がおかわりを終え、腹をさすりながら仰向けに寝転がった。


「もう動けない」

 そう言いながらも、皿にはまだ何切れか残している。


 老人が近づいてきて、無言のまま肩を叩く。

「よくやった」

 短くそう言うと、また輪の方へ戻っていく。

 骨ばった手のひらの感触が、しばらく肩に残っている。

 気づけば、皿を抱えて輪の中に座っている。




 隣で刺身を摘んでいた男が、皿を置いて腰を上げた。

 日に焼けた顔、迷彩柄の上着。

 見覚えがある。

 バリケードの上、猟銃を担いで立っている姿を何度も見ている。

 避難してくるまでは猟師をしていたらしい。


「兄さん、大した稼ぎだな」

 並んだ発泡スチロールを見て、感心したように言う。

「その調子なら、頼みごと聞いてくれんか」


 銃砲店の名前を挙げる。

 猟師だった頃、世話になっていた店だという。

 確かめに行くには今の状況では分が悪すぎる、と男は続ける。


「あそこ、まだ手つかずかもしれん。中身、見てきてもらえんか」


 場所を聞き、頷く。




 銃砲店は、住宅街の外れにある。

 近づく前から、人影が店の周りを取り巻いているのが見える。


「店舗周辺に個体三十前後。密集している」


 あの学校の一件ほどではないが、それに次ぐ密集だ。

 シャッターには、無数の爪痕と打撲の跡が刻まれている。

 鉄格子の一部は歪んでいるが、破られてはいない。

 中身の価値を考えれば、頷ける光景だ。


 バールと金属バットを手に、うろつく個体を一体ずつ片付けていく。

 数をこなすごとに、呼吸が整っていくのが自分でも分かる。

 最後の一体の頭部に、一撃を入れる。

 バールを地面に擦り、倒れた個体の服で拭き上げる。


 シャッターは、下端がわずかに浮いている。

 歪んだ鉄格子の隙間にバールを差し込み、全体重をかける。

 軋みながら、指が入るほどの隙間が開く。

 バールを持ち替え、てこの位置を変えながら少しずつ押し上げていく。

 腕と背中に一度ずつ力を通し、腹這いで潜れるだけの高さを稼ぐ。



 店内は薄暗い。

 棚がいくつか倒れ、ガラスケースが割れている。

 だが完全に荒らされてはいない。

 レジ横に積まれた資材で、簡易のバリケードが組まれた跡がある。


 その内側に、三体。

 揃いの作業着に、店の刺繍が入っている。

 最後まで、ここを守ろうとしていた者たちらしい。

 一体は今も、工具を握ったままだ。


 一体ずつ静かに終わらせる。


 奥の保管庫は、分厚い鋼鉄の扉で閉ざされている。

 バールをこじ入れて力を込めるが、びくともしない。


「こじ開けは非効率だ」

「この手の店なら、工具置き場は右奥にあるのが定石だ」

「そちらを調べてみろ」


 言われた方向に、スレッジハンマーが壁へ立てかけてある。

 両手で持ち上げると、想像していたより重い。

 振りかぶって、錠のあたりへ二度叩きつける。

 三度目で錠前ごと座金が飛び、扉が手前へ浮いた。

 あとはバールを差し込んで引くだけで済む。


 腕の芯が、まだ痺れている。

 これを扉そのものに使ったら、と考えかけて、やめる。


 開いた扉の奥、猟銃と空気銃が整然と並んでいる。

 弾薬の箱も、棚一面を埋め尽くす。


 軽トラの荷台に、一つずつ運び込む。

 最後に、スレッジハンマーも荷台へ放る。


「出発するか」




 学校に戻り、荷物を降ろす。

 銃と弾薬の量に、居合わせた大人たちが息を呑む。


 その中に、見覚えのない男が一人いる。

 背筋の伸び方と、荷物を検分するような目の動かし方が、他の大人たちとは違う。

 足元だけ、官給品らしい編み上げ靴のままだ。


「元、県警の者です」

 男はそう名乗り、猟銃を一丁手に取って点検する。

 左手が、何も提げていないベルトを一瞬なぞってから離れる。


「これだけ集められるなら」

 男は静かに言う。

「警察署の保管庫も、当たってもらえませんか」


 拳銃と、署員用の実包程度のはずだ、と続ける。

 量としては銃砲店ほどではないが、種類が違う。

「誰かに先を越される前に、確保しておきたい」

 発生から日数が経っている以上、いつ奪われてもおかしくない、と付け加える。


「案内も兼ねて、俺も行きます」

 男は真剣な顔でそう申し出た。


「いや、一人でいい」

 短く答えると、男は少し意外そうな顔をするが、それ以上は食い下がらない。


 答えは、今すぐ出さない。

 軽トラの荷台に積まれた猟銃の束へ、一瞬だけ目をやる。




 自宅に戻ると、玄関先で丸まっていた猫が顔を上げる。

 クーラーボックスに残っていた一匹を、コンロで軽く炙る。

 骨を取り除き、身だけを綺麗に皿に並べる。

 猫は匂いを嗅ぎ、一瞬だけこちらを見てから齧りつく。


 バーボンの瓶をそのまま呷りながら、茶白の背を眺める。


「バルカ」

「お前の名前だ」

 試しに口に出してみる。

 猫は顔も上げず、皿に齧りついたままだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。