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花紋様の宝石姫  〈魔の森でスローライフ始めます〉  作者: おかき


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9/11

9話 綺羅のトラウマ

綺羅はセルスに連れられて、商業ギルドとやらの建物の前に立っていた。

セルスが大きな扉を開いた瞬間、建物の中は静寂に包まれた。

誰一人動かず言葉を発する事なく、ただセルスと綺羅へと視線を向けた。


綺羅は怖くなり、一歩後ずさってしまう。


(値踏みされている?違う……睨まれてる?嫌な視線しか感じない……)


綺羅へと向けられる様々な視線をセルスが遮る。背中に綺羅を隠し、ギルドの中の人達に冷ややかで厳しい視線を向けた。


 彼女を傷付けるな


そう言わんばかりの視線で圧をかけた。


綺羅に嫉妬を向けていた女性。

セルスに秋波を送る女性。

綺羅の容姿に見惚れていた男性。

何より、セルスと一緒にいる綺羅の価値を値踏みしていた貴族達には強い圧をかけた。


セルスは全員が視線を逸らしたのを確認し振り返ると、怯えて顔色を悪くした綺羅の手を掬い上げた。


「私は有名ですから、皆が興味で見てしまうのです。もう大丈夫ですから受付に向かいましょう」


セルスは壁側に綺羅を立たせ腰に手を回し人々から綺羅を隠した。

受付に立つ受付嬢は笑いを堪えながらセルスに対応する、


「クスクス……いらっ……しゃいませ、セルス様」


「何がおかしいんだ?」


小さく笑う受付嬢にセルスが鋭い視線を向けたが、気にする事もなく受付嬢は綺羅に顔を向け、見下したような笑みを向けた。


「ごめんなさいね。貴女に対する態度にセルス本人に悪気はないの。でも、壁側を歩かせて貴女を隠したがるから……おかしくって。だって普通なら堂々と並んで入るじゃない?それを人の目から隠すって、ねぇ……」


受付嬢はセルスと親しげだという雰囲気を綺羅に向け、綺羅の扱いを「おかしい」と言った。


綺羅はどう対応して良いか分からず、居心地悪そうな表情で受付嬢を見ると、その視線をそのままセルスへと向けた。

困った顔の綺羅の頭をポンと撫でると、ニヤニヤと綺羅を見る受付嬢の前にセルスは手をついた。


「セリ、ギルマスに用事があるから話を通せ」


セリと呼ばれた受付嬢はセルスに顔を向けた。


「お前が俺に気安く接する事を許した覚えは一度もない。ただの受付嬢が俺の婚約者を貶める好意をして許されると思うなよ」


「え?は?婚約者?」


「綺羅は私の大事な婚約者だ。他の男の視線を向けられるのは不愉快だから綺羅を隠した。今だって早く綺羅を隠したいくらいだ。それを、お前は何を勘違いしている?ギルマスがお前を俺の買い取り専属にしたからと言って、お前個人と親しくなったつもりはない。それに、お前のような女が俺は一番嫌いだ」


セルスにバッサリと言葉で斬られた受付嬢は固まったまま動かない。

セルスは「チッ」と舌打ちをすると、それを耳にした綺羅の肩が小さく跳ねた。


「ごめん、柄が悪かったね」


そう言うと一番端の大人しそうな受付嬢の前にセルスは綺羅を連れて移動した。

綺羅は机の前に立ちその背後にセルスが立つ。綺羅を後ろから外套で囲い込んでいる。


綺羅は背中にあたるセルスの胸の温もりに、心臓がドキドキしていた。


「な、何かご用でしょうかっ」


眼鏡をかけた小さな受付嬢がセルスを見上げて声をかけた。


「ギルマスを急いで呼んでくれ。今すぐに来なければ、魔物をこの先グリンダのギルドにはおろさない。そう伝えろ」


小さな受付嬢は急いで体を反転させ、走って奥へと消えていった。

直ぐにドタバタと大きな音を出しながら、お腹のでっぷりした男性が急いで奥から出てきた。


「セ、セルス様。急な用件とのことで……」


「これを鑑定して買い取って貰いたい」


と、綺羅が用意した胡椒の木箱を机に置いた。

木箱を開け「胡椒ですか?」そう言いながらでっぷりした男性が数粒摘むと口に入れる。


「っ!これは、素晴らしですな」


「ギルマスなら分かるだろうと持ってきた」


(あ、このでっぷりさんがギルドマスターなのね)


綺羅は二人のやり取りを目で追った。

ギルドマスターは綺羅に今更ながら気が付き驚いていた。


「うわぁっ!人……?ですな……」


セルスの外套に包まれた綺羅が見え、ギルドマスターは驚いていた。


「私の婚約者の綺羅だ。この胡椒は綺羅が作っている」


ギルドマスターはキラリと目の色を変え、綺羅を見つめた。


「胡椒を貴女様が作られていると?どこかと契約をされていますか?まだでしたら、是非ともこのギルドで契約を交わしませんか?」


机の向こうからお腹をつかえさせながら、綺羅に迫ってくる。

ギルドマスターの額をグィーとセルスが押しやった。


「とりあえずこれを買い取ってくれ。契約うんぬんは、私から説明をしておくから今は無しだ。これから用事がある。時間がないから、早くしてくれ」


セルスの話にギルドマスターは渋々了承し、胡椒を持って裏に戻って行った。


受付の背後では大騒ぎとなっていた。

謎の美女はセルスの婚約者だと伝わると、色々と嫌な雑音が耳に入ってきた。


(セルスさんは格好良いから女性が放って置かないわよね。私が婚約者で大丈夫なのかな?虐められたりしないわよね?)


綺羅は聞こえる言葉にいちいち反応してしまう。

「はぁー」

と、綺羅の小さなため息を聞いたセルスが外套をキュッと締め付け、綺羅を閉じ込めた。


「大丈夫です。気にしないで下さいね」


綺羅の耳元で優しく伝え、顔を上げたセルスは後ろで騒ぐ人達をギロリと睨んだ。

騒ぎは一瞬で止み、ギルドの中は静かになった。


「お待たせしました。金貨四枚でいかがでしょうか」


トレイに金貨を四枚並べてギルドマスターが戻ってきた。

そして、もう一枚ギルドマスターが金貨を足して五枚となる。


「お祝いの気持ちです」


優しい笑顔で綺羅へトレイを差し出した。

綺羅がセルスを見上げると、セルスが頷いた。


「ありがとうございます」


綺羅は笑顔でお礼を伝えた。


「んん〜可愛いっ!」


セルスが言ったのかと綺羅が見上げると、セルスの視線は前を向いていた。

視線を追うと、眼鏡の小さな受付嬢と綺羅の視線がぶつかった。

受付嬢は我に返り慌てて口を手で覆った。


「ギルマス、専属をセリから彼女に変えてくれ。セリが俺と親しいと勝手に触れ回っていることを知っている。どうでも良かったから放置したが、今は綺羅がいる。嘘の話を広められるのは迷惑だからな」


セルスがギルマスへ話をすると、ギルマスがチラリと視線をセリに向けた。ショックを受けたのか、呆然としていた。


「それに婚約者である綺羅を貶める発言もした」


「大変申し訳ありませんでした。セリには再教育を受けさせ受付からは外します。新たな専属はメリーで宜しいのですね」


眼鏡の小さな受付嬢はメリー。

セルスは綺羅へ好ましい視線を向け、可愛いと言った事が気に入ったらしい。


「メリーか、宜しく頼む」


セルスの言葉にメリーが我に返り、綺羅とセルスを交互に見た後「精一杯務めます」と、挨拶を交わした。


セルスは外套から綺羅を解放し手を繋ぐとギルドを後にした。

ギルドマスターが「綺羅様!是非契約をっ」背後で叫ばれたので、綺羅は振り返り頭を下げる。


メリーに小さく手を振ると、メリーはブンブンと大きく手を振り返してくれた。

綺羅はクスクス笑いながら、セルスとギルドを後にした。


ギルドでの様子は時間をかける事なく、街中に広がった。


「綺羅さんの必要な物と、砂糖を買いに行きましょう」


「砂糖は一番欲しいです。後、パンを作りたいので器具も見たいです」


その後は二人で台所用品と、砂糖や調味料を買った。

調味料を鑑定して、日本にあった調味料に近い物を購入出来た。


流石に味噌はなかった。

でも液体の調味料が手に入り、綺羅はホクホクな表情をしていた。


沢山あるはずの荷物は、セルスがマジックバッグに収納してくれたので、楽に街歩きが出来た。

空間魔法とやらも使えるらしく、商業ギルドの建物すら収納出来るらしい。


「そろそろ夕食をとって森に帰りましょうか」


辺りは茜色にいつの間にか色付いていた。

建物の隙間から沈む夕日を、綺羅は寂しいと感じていた。


(この世界に来て初めて楽しいと感じた。ギルドで嫌な思いもしたけれどセルスさんが守ってくれた……)


夕日を寂し気に見つめる綺羅を見て、セルスは綺羅を森に帰したくないと思っている。

そんな我儘を口にしないように綺羅の手を引き、以前見つけて綺羅を連れて行きたいと思っていた店へと向かう。


綺羅は寂しさが込み上げる。


セルスは離れたくない気持ちに支配される。


黙ったまま歩く二人の前に、大騒ぎでこちらに向かってくる人達が見えた。


「最悪だな……」


セルスから漏れる魔力がピリッと綺羅の肌にあたる。

セルスは綺羅の腕を引き、外套の中に隠した。

綺羅の顔はセルスの胸にくっついていて、ドキドキが止まらない。

離れようと藻掻く綺羅に、セルスが声をかけた。


「厄介な奴が来てしまいました。良いと言うまでこうしてください」


綺羅は厄介事はごめんだと、セルスの胸に顔を寄せ腕を腰に回して離れないようにする。


「くっ。我慢だ、耐えろ、俺!」


ボソボソ囁く声は綺羅には届いてはいなかった。


「セルス!どう言う事よ!」


大きな声で叫びながら近付いてきたのはエレンだ。

後ろからはアレクセルとスレーナが追いかけてエレンの体を掴み引き留めている。


「どう言う事とは、なんだ」


セルスからは聞いた事のない低い声が聞こえた。

綺羅はその声が怖くて、回した腕に力が入った。

セルスは綺羅を怯えさせたいわけではないので、綺羅の背中を優しく擦る。


「知らない女を連れてデートしてるって!誰よっ!私が誘ってもデートしてくれないくせにっ」


悔しそうに喚き散らすエレンを、街の人達は興味津々で見学を始めた。野次馬に囲まれたままエレンは気にせずセルスに声をかける。


「私の事が好きでしょう?だって、パーティーに入るのを許してくれたじゃない。女性と組まないセルスが、私を引き入れてくれたのよ?」


(セルスさんは好きな人がいたの?婚約者がいるって、不味いんじゃない?)


綺羅の回した腕が離れるのを感じ、セルスは外套から手を離し綺羅を抱き込んだ。

綺羅は抜け出せずジタバタするが、敵わないと諦めた。

セルスの外套から出てきた女性を視界に入れたエレンが引き離そうと手を伸ばした。


バシッ


何かを叩く重い音が綺羅の耳に届く。

綺羅はセルスの胸に顔を押し付けられていて、振り返る事が出来ない。


「汚い手で俺の大事な婚約者に触れるなっ」


セルスはエレンに怒りの魔力を放つ。

ビリビリとした魔力を纏い、近付く事を許さなかった。


(もしかして、セルスさんが女性を叩いた?)


プルプル震える綺羅の背中をポンポンと叩いて落ち着かせる。


「お前の事が好きだと?笑わせるな。お前の事は大嫌いだ。スレーナがお前が一人で可哀想だと言うからパーティーに入るのを許しただけだ。それに、パーティーに入れば男と関係を持つ。恋人同士の仲を引き裂く。そんな女に好かれたくもないから色恋禁止の誓約を交わしたんだ。スレーナが何度も頭を下げるから、許して放置していただけだ」


エレンは知らなかった事実に顔を真っ青にした。


「でも、ヒーラーの私が外れたらセルスも困るでしょう?いいの?私を手放して」


はぁー。

セルスは大きなため息を吐くと、ジロリとエレンを睨みつけた。


「俺は回復魔法が使えるから、お前なんかいなくて平気だ。ただアレクセルとスレーナを回復してくれれば俺は魔力を温存して戦える。だからヒーラーを入れただけだ。ヒーラーがいなくても、別に三人でも充分なんだよ」



(これって男女の修羅場では?私、巻き込まれたの?)


綺羅は前世、付き合っていた彼氏に二股をかけられていた。相手の女性に綺羅の存在が知られて職場の前で刺されそうになった。

直ぐに不誠実な彼氏とは別れたけれど、元彼はストーカーのようになり、お相手の女性もしつこく綺羅を追い回した。

結局綺羅は会社を辞めアパートに引き篭もっていた。


疲れた綺羅は祖父母の住む田舎に密かに引っ越し、植物に触れながらようやく心の傷を癒したのだ。


本日二度目の男女の揉め事に遭遇してしまい、癒されたはずの傷がジグジグと痛み始めた。


トラウマが蘇りカタカタ震え始めた。

綺羅の異常な震えに気が付いたセルスだが、綺羅の体から力が抜け倒れそうになる体を必死に支えた。


綺羅の名前を呼ぶセルスの声を耳にしながら、綺羅は意識を手放していた。


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