10話 綺羅とセルスの事情
綺羅は木の香りで目覚めた。
重い瞼をゆっくり開くと、見慣れた天井が視界に入った。
ぼおーっと天井を眺めていると、右手の温もりに気が付いた。
綺羅が体の右側に視線を向けると、ベッドに伏せて眠るセルスが見えた。
綺羅の右手を宝物のように大切に包み込み眠っている。
蒼いサラサラの髪をそっと撫でた。
昼間は青に近く、夜は緑に近い色合いになる不思議な髪をそっと撫でてみる。
「んっ……」
くすぐったいのか、セルスがゆっくりと瞼を開いた。
綺羅はその瞳が自分に向けられるのをじっと見ていた。
(綺麗な瞳……)
淡い金色の瞳が綺羅を視界に入れたと同時に、セルスは飛びつくように綺羅を抱きしめた。
「目覚めてくれた……」
ホッとした声だった。
綺羅の体温を確かめるようにセルスにギュッと抱きしめられる。
まだ体の重たい綺羅は抵抗する事も出来ずにされるがまま。
でも、自分を心配してくれる温かな腕に包まれることは嫌ではなかった。
セルスの腕の温もりを綺羅は心地よいとさえ感じていた。
「ごめん。綺羅が楽しみにしていた街歩きを、嫌な事に巻き込んでしまった」
抱きしめる綺羅にセルスは謝罪した。
「セルスさん、少し話をしませんか?」
(曖昧なままの関係は一番誤解を招くもの。婚約の事と、ギルドと街で会った女性の事をきちんと話を聞いた方がいい)
それに、自分の過去の話も……。
セルスは「失礼するよ」綺羅に声をかけると、横抱きにして寝室からリビングへと移動する。
急に抱え上げられ、恥ずかしさより驚きで固まってしまう。
セルスの膝に乗せられそうになったが、話をしたいからと、ソファーに降ろしてもらった。
「台所を使っていいかな?紅茶を淹れるよ」
綺羅が許可をすると、手際よくセルスが紅茶を淹れてくれた。
「どうぞ」
綺羅の前に紅茶が置かれ、セルスの淹れてくれた紅茶を口にする。
「美味しい」
誰かに淹れてもらう紅茶は美味しいかった。
「そう?良かった」
セルスはにこやかに答えると対面に座り紅茶を口にする。
「うん。上手く淹れれて良かった」
セルスは満足すると綺羅へと視線を向けた。
「話はギルドと街の女性の事?」
セルスが問いかけると、綺羅は頷いた。
綺羅の表情からは嫉妬で問い詰めたいというような気配はなかった。
ただ、事実が知りたいと視線が訴えていた。
(嫉妬だったら嬉しかったけど……)
「ギルドの女性は私の専属受け付け嬢だった。彼女は仕事は一番出来る人だ。
冒険者は国を転々とするから、各ギルドに専属がいる。商業ギルドも冒険者ギルドにも。
私は彼女達には仕事相手としてしか接していない。以前綺羅にも言ったけれど、女性に好意を抱いたことはなかったから」
セルスは彼女を仕事相手として見ていた。好意を寄せられている事にも気が付いていたけれど、少しでも反応すればそれを好意だと勘違いする。
何をしようと、何を言おうと放置していた。一つのギルドにいるわけではないから。
「わかりました。ギルドの女性はあちらの片思いだったのですね」
「いやいや、セリだけじゃない。エレンもだ。あいつはパーティー追放まで話が進んでいるんだ」
エレンと呼ばれる女性は、兎に角男性が好きらしい。
パーティーで色恋のトラブルを起こしては追放や解散をされ、ギルドでは要注意人物の扱いらしい。
「俺は綺羅が好きなんだ。他の女性はどうでもいいんだ」
真っ直ぐな視線での告白に、綺羅の顔は真っ赤になった。
熱くなる顔を手で扇ぎながら、セルスへと問いかける。
「セルスさんとは会って間もないのですよ?好かれる要素が分かりません。それに、少し気になるのですが……名前も綺羅呼びですし、口調も態度も時々悪くなります。本当のセルスさんはどちらなのですか?」
二面性を持つ男性なら側にいることを遠慮したい。
元彼を思い出してしまうから。
「っ!ごめん。冒険者なのもあって元々口は悪いんだ。丁寧な言葉を使うのは、綺羅……っさんに嫌われたくないし好印象を持たれたかったからで……柄の悪さを隠していたわけではないんだ」
苦笑い顔をしながらそう話してくれた。
「セルスさんは俺って使う方が楽なの?」
「どちらかと言えば、そうだね……」
「セルスさをんが楽な話し方で大丈夫です。丁寧だったり乱暴だったりだとセルスさんも疲れるだろうし、正直言ってセルスさんを信用してよいのか分からなくてなるから」
信用出来ない。その言葉を聞いて、セルスが慌てる。
「いつもの俺でいるから、嫌わないでっ。性格の悪さも隠さないからっ」
必死に言葉にするけれど、綺羅はそこまで追い詰めるつもりはなかった。
ただ、普通にして欲しかっただけで……。
「嫌いにはなりません。ただ、私の過去に関係するので隠さずありのままのセルスさんでいて欲しかっただけです。私の我儘ですから。それに、セルスさんは性格は悪くないですよ?親切で優しくて、とても温かい人です」
綺羅の真っ直ぐに紡がれる言葉にセルスは泣きたくなる。
好きな人から内面に目を向けられ褒められる。擽ったい気持ちと、ポカポカする温かさに包まれていく。
「あ!その前に、倒れた私を運んでくれたのですよね。ありがとうございます」
綺羅は深く頭を下げた。
「騒ぎと綺羅が倒れた理由は関係あるの?」
セルスから先に問われ、綺羅は日本で起きた元彼と二股のお相手とのトラブルを全て話した。
「怖いのです。巻き込まれ、また刺されたり追いかけ回されるのが……」
セルスは手をギュッと握りしめた。
(綺羅は俺といる事が嫌になったのだろうか。おれは、離れた方が良いのだろうか……)
目を閉じそう考え綺羅を見る。
(無理だっ……好きなんだ。離したくない)
「綺羅は俺との婚約か嫌?俺は綺羅から離れた方が良い?でもね、離れないよ。
俺は綺羅が好きなんだ。お願いだから、離れようとしないで?」
セルスは綺羅の隣に座ると綺羅の手をとりそう告げる。
綺羅はセルスの瞳に浮かぶ紋が赤く輝いた事に気が付いた。
「瞳の紋が輝いてる……」
綺羅はセルスの瞳を見つめたまま、ポツリと呟く。
セルスは綺羅の視線を外すことはせず、苦笑いを浮かべた。
「綺羅は私の瞳の紋が見えるのですね。ちなみに、何色に光ったのか教えてくれる?」
「えっと…赤く光ったかな。少し暗い赤色?かな」
セルスは綺羅の言葉を聞いて、綺羅に手を伸ばすとゆっくりと抱きしめた。
「ごめん、綺羅……やっぱり手離してあげれない」
息も出来ないくらい強く抱きしめられた。
何がどうなって、こうなっているのか理解出来ない。
けれど、セルスが綺羅へと向ける感情は深く重い事は理解できてしまった。
目を閉じセルスとの出会いから思い返す綺羅。
セルスを侵入者と警戒したけれど、綺羅の寂しい気持ちに気が付いてくれた。
泣けば慰めてくれたし、こうして抱き寄せ温めてくれる。
綺羅はそっとセルスの背中に手を回した。
セルスは一度小さく体が跳ねたが、綺羅の腕が回されたと理解すると、綺羅の体を自身の体に強く引き寄せた。
暫く抱き合い、セルスが腕の力を緩めた。
「まだ綺羅に話せない事があります。でも、いつか必ず伝えるつもりです。その時まで待ってくれますか?」
セルスの瞳は穏やかで嘘をついて誤魔化している感じはない。
「誰にでも秘密はありますから。いつか話してくれれば嬉しいですし、話さなくても構いませんよ?」
(優しいな……やっぱり綺羅は優しくて素敵な女性だな)
セルスはニッコリ微笑むと綺羅の瞳を覗き込んだ。
「綺羅は私が好きですか?こうして抱きしめても嫌じゃない?」
綺羅の今の気持ちを知りたくて、セルスは問いかけてみた。
綺羅は少し考えている様子……。
「セルスさんのことは、その……好きなんだと思います。抱きしめられても嫌ではないですし……。温かくて緊張してドキドキしてしまいます。
きっと好きになったんだと……っ」
きちんと気持ちを伝えようとした綺羅だが、セルスに抱きしめられ言葉を続ける事が出来なかった。
「ありがとう。俺も綺羅が好きだ。仮の婚約者ではなくて、本当の婚約者になって欲しい」
「はい。よろしくお願いします」
綺羅はセルスから離れ、頭を下げた。
セルスも頭を下げた。
「あの……あの後、騒ぎはちゃんと落ち着いたのでしょうか?」
街中で高ランクのパーティーが仲間割れをしていたのだ。
「エレンはダンジョンの調査が終わったら、パーティーから外れてもらうことになる」
綺羅が倒れた後、セルスはエレンに対して綺羅が好きな事、婚約者であり大切な女性だときちんと伝えた。
怒りに任せることはせず、きちんと伝えたらしい。
アレクセルとスレーナも、エレンにダンジョン調査が終わったらパーティーから外れてもらうと伝えた。
最初は興味で噂のダンジョンに来たけれど、今は正式に冒険者ギルドから調査依頼が出され受けていた。
四人の名前で受けたので、ダンジョン調査が終わるまでパーティーを組むことになった。
「エレンと綺羅が会う事はないし、会わせないから心配しないで」
エレンと呼ばれる女性が外されることに、綺羅は申し訳なく思う。
(私とセルスさんが出会わなければ、あの人はまだ一緒に冒険出来ていたのに……)
落ち込む綺羅を見て、セルスが問いかけた。
「エレンを外さなかったら、あの女はきっと俺にくっついて回る。部屋に押しかけて来る時もある。まぁー、結界張って入れないけれど。綺羅はそんな女が俺の側にいても平気?何も思わない?
俺は嫌だよ。綺羅を好きな人が綺羅の側にいるなんて許せない」
セルスの話を聞いて想像してみる。
宿なら何とか回避出来るかもしれない。でも、冒険者なら野宿もあるのよね?
(………嫌かも)
「嫌かもしれない……」
不機嫌そうに答えた綺羅に、セルスは甘い笑みを浮かべた。
(嫉妬だよね?フフフッ……嫉妬か……)
「綺羅が気にする必要はないよ。エレンの自業自得だから」
その後は街で買った品物をセルスがマジックバッグから出してくれた。
動けるようになった綺羅はセルスと一緒に森に入り果物を沢山収穫した。
(明日はジャムをつくろう)
綺羅は明日の予定が決まって嬉しそうにしている。
セルスは明日の夜からダンジョン調査に入る事になる。
セルスは綺羅と離れる事に寂しく思うが、綺羅がダンジョンから帰って来たら手作りジャムでお菓子を焼いてくれる約束をしてくれた。
お菓子のためにダンジョン調査をさっさと終わらせようと、心に決めたセルスだった。




